第92話 case92

その日の夜、くるみが家に入ると、珍しく母親がキッチンで料理をしていた。


父親はダイニングの椅子に座り、新聞を読んでいた。


母親が「おかえりなさい」と声をかけると、くるみは「ただいま~って、珍しく帰ってきてる」と言い、父親の向かいに座った。


父親はくるみの姿を見た後、新聞を畳み「装備、見せてみろ」と言い、手を差し出した。


「ないよ」


「A+級になったんじゃないのか?」


「なったんだけど…」


くるみがシュウヤのギルドで起きたことを話し始めると、父親は眉間に皺をよせた。


「あ、鎧はあるよ。 セイジ君に言われて隠してたやつ」


くるみはそう言いながら幻獣の鎧を出すと、父親は更に眉間に力を込めた。


「シュウヤと言ったな? S級ギルドの奴で間違いないか?」


「うん。 あれだったら明日紹介する?」


「いや、少し出てくる」


父親はそう言うとスッと立ち上がり、どこかへ向かってしまった。


くるみは『少し出てくるって、ご飯できたのにどこ行くんだろ?』と思いながら、母親が作った食事を食べていた。



くるみの父親が集会所に入るなり、どこからか鐘が鳴り響いた。


残っていたギルドマスターとサブマスターたちは1列に並び、背筋を伸ばして手を後ろに組み、綺麗に立っていた。


その中にはシュウヤだけではなく、セイジとノリ、本を読んでいた男性の姿もあった。


父親はゆっくりと歩き、シュウヤの前で足を止め、小声で話しかけた。


「娘が世話になったようだな」


「娘…? え? 娘さんがいらしたんですか?」


父親は無言でシュウヤに向けて手をかざすと、シュウヤは何かに縛りつけられたように両手を広げ、苦しそうに悶えるばかり。


が、他のギルドマスターたちは、姿勢を崩さず、微動だにしないまま立っていた。


父親は無言のまま、手をかざし続け「平手打ちまでしたのか…」と、小声で言いきると、シュウヤの胸の中から青と緑が揺らめく、水晶玉が浮き上がってくる。


父親は水晶を手に取り「処刑だ」と短く言うと、魔力の無くなったシュウヤは、その場に力なく倒れこむことしか出来ず、係員に運び出されていた。


「全員聞け。 ハンターの装備を奪うという事は、ハンターの未来、すなわち戦闘を妨げるという事と同等の意味を成す。 よってシュウヤを処刑する。 ギルドは解散だ」


「「イエッサー」」


「それとサブマスター、所持品のすべてを持ち主に返せ。 いいな?」


「い、イエッサー」


父親はそれだけ言うと、建物の外へと向かってしまった。



ギルドマスターたちは「娘って誰だ?」「どの子が娘なんだ?」と言う会話をしていた。


セイジとノリはギルドルームへ入るなり、ノリが「ウィザード教授の娘ってさぁ…」と切り出す。


セイジは少し考えた後「おそらく姫だ。 教授の苗字は姫野だった。 あの魔力は親譲りなんだろうな」と言い切り、ノリは「やっぱりかぁ」と答えていた。




数時間後、シュウヤは突然魔力を失ったことで、立つことすらできないまま、ゲートの外へと放り出されていた。


シュウヤの周りには、目を光らせた魔獣の群れが現れたが、シュウヤは立つことも、声を出すことも、涙を零すこともできないままに、魔獣たちの胃の中へと消えて行った。

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