幸せの花
ある山の山麓に、老人が住んでいた。
「おお、今年も綺麗に咲いたなあ。」
彼の家の裏の山には、毎年紫色の可憐な花が咲いていた。
その花を見ながら、彼は老後をつつましく、幸せに暮らしていた。
あるとき、一人の研究者が偶然その山に立ち寄った。
「見たことのない花だな。」
研究者は花を一つ、採取して帰った。
花を持って帰った研究者は、それを窓際の鉢植えに植えた。
それから、彼はそれまでよりも少しばかり幸せであると感じるようになった。
道に落ちた小銭をよく見つけたり、コンビニで店員さんが綺麗な人だったり。
些細なことではあったが彼はその変化を見逃さなかった。
「これは妙だ。」
慎重な実験の後、研究者はその花が「人を幸せにする成分」を分泌していると発表した。
最初は皆半信半疑であったものの、試してみると確かに効果があった。花を摘みに行く人が増えていった。多くの人々が、今までよりも少しばかり幸せに生きるようになった。
ところが、人々はやがてささやかな幸せでは満足できなくなっていった。
「金持ちになって、楽して暮らしたい。」
「とびきりの美人と結婚したいなあ。」
そのうち、花のエキスだけを抽出しようとする人が現れた。
「エキスを濃くすれば、それだけ幸せになれるはずだ。」
抽出されたエキスは香水に入れられ、それを購入した人々をさらに幸せにした。
ある人は美しい妻を娶り、またある人は実業家になった。
多くの人がこの香水を買い求め、今よりもさらに幸せになろうとした。
多くの香水を作るために、花はどんどん刈り取られていった。
やがて、山いっぱいに咲いていた花は、すっかりなくなってしまった。
幸せのエキスは全く取れなくなってしまった。
エキスがなくなって元に戻った世の中で、人々は苦しんでいた。
以前まで当たり前に享受していた「幸せ」が享受できなくなってしまったからだ。
「ちくしょう、どうして俺の人生はこうも平凡なんだ。」
いまや人々はささやかな幸せを感じることはできなくなっていた。
花が発見される以前よりも、人々は不幸せになっていった。
「うん、今日も良い朝だ。幸せなことだ。」
そう言って老人は布団から出ると、朝食を作り始めた。
窓辺には、たった一輪残ったあの花の鉢植えがおかれていた。
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