★★★ Excellent!!!
最善にして最悪のハッピーエンド 和田島 イサキ
おそらくは何かの記念日らしい、特別な食卓を囲む専業主婦とその夫のお話。
グルメ小説です。いやそれは言い過ぎというか軸はあくまで恋愛か人間関係のドラマ部分にあると思うのですけれど、でも食卓の描写のディティールが凄まじいことになっています。じっくりたっぷり分量を割いて、細部まで丁寧に描き出された食事の様子。その内容そのものの細やかさもあるのですが、より好きなのはそれが主人公の視点を通じて描かれていること、そしてそれゆえに読み取ることができる、微かな心の機微のようなものです。
専業主婦である主人公が、夫とふたりで囲む食卓のために、丹精込めて手ずから用意した食事。献立を考え料理する立場であるからこそ描かれる、それぞれに込められた想いやこだわりに、なによりそれを食べる夫の反応。例えば少食であることや、例え洋風のおかずでも白米を好むところなど。主人公自身はバゲットが好みなのだけれど、でもそこだけは夫の趣味を優先する——というような、これらの細かい描写によって、少しずつ肉付けされていく登場人物のリアリティ。
直接に語られているのはあくまで食卓のメニューそのもの、でもそれを通じて(あるいはそこに絡めて)人物造形や関係性をこちらに飲み込ませてくるところ。その自然さや水準の高さ、というのもたぶんあるのですけれど、でも自分にはそこまで論じられるほどの知見がないというか、単純にこの手法そのものがもうすごいです。『食』って人の個性の出やすいところではあると思うのですが、でもこうして実際にそれを文章で表現するというのは、おそらく見た目ほど簡単なものではないはずです。たぶんできる人にしかできない技術。ごはん要素って出てこない話は本当に出てこないので。
以下、ネタバレというか物語の核心部分に触れます。
その圧倒的な食事描写の末に描き出されるもの、つまりお話の軸となるドラマ部分なのですが、なる…
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