第17話 ワイン煮

バリー一行が海の国へ向かい数日、目的地にも近づいて翌日には到着するまで歩みを進め、突然降り出した大雨を逃れるために立ち寄った道外れの廃城にて…。




バリー達は一体のエネミーに全滅寸前の状態にあった。


「グッ…セイエン!リンは⁉︎」


「今回収する。

ガト!!」


物陰に隠れたセイエンが小さな鈴のような物を投げるとガトが服の中より飛び出し、鈴が落ちた地点に居たリンの元に一息で駆け抜けたのち、鈴とリンを口に咥えると瞬間移動のようにセイエンの足元に戻ってきた。


「よしよし回収完了…良い子だ。前衛が他に居ないとは言え、無理するね…キミも。

さてさて…廃城の主はまさかの吸血鬼ヴァンパイア、体を霧散させて打撃は効かずに魔力への耐性も高い。

前衛妹ちゃんが欠けて後衛バリーくん達がターゲット…どうしようねコレ。」


まるで人のように…否、埃に塗れた廃城には似つかない人よりも上等で整った洋装を身に纏った吸血鬼は魔力の素養が低いバリーでも一目で分かる濃密な魔力を赤い霧のように振り撒きながらエアリィとバリーを一瞥する。


『フ…ハッハッハッ…!』


「うるっせぇ!」


屋敷に響く高くて大きな高笑いの後、バリーが矢を連続で三本放つ。

生物の弱点である頭と胸、それに加えて右足の位置を確実に捉えた軌道だが矢が吸血鬼の体に触れた途端、赤い霧となってその姿をくらました。


「…ダメだ、撤退!

エアリィ、魔法で防御貼りながら屋敷から出…。」


「バリー!後ろ!」


「なっ…⁉」


いつの間にか周囲を包んで立ち込めていた赤い霧、その一部から再び姿を現した吸血鬼は振り向いたバリーの眼前でまるで子供を見るかのような眼差しで見下していた。


「くっそ…!

逃げろ!」


「痛っ!」


吸血鬼の目に釘付けにされながらもエアリィをセイエンの隠れている方向へと蹴り飛ばす。


「よっし、ナイスキック。」


「ちょっと⁉戻ってセイエン!バリーがまだ…!」


「残念だけど無理かなぁ。

あのままじゃバリーくんだけじゃなくて君も僕もついでにガトも仲良くあいつのエサだ、ここは僕達だけでも逃げて救援を出した方が良い。

多分、立場が逆なら狩人バリーくんもそう言う筈…。

ハイ、目と口を閉じて。」


飛んできたエアリィをキャッチしたセイエンは背中にリンを背負い一目散に壊れた扉の隙間をくぐり、部屋を出ると廊下を下り窓を突き破って屋敷の外へと飛び出した。


部屋を出る直前、エアリィが見た光景は吸血鬼が頭からバリーを掴み、姿だった。















〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「ガト、。」


城から出た門の先にある木陰でランプに火を灯して一息付くと、セイエンが救援要請の旨を書いた書類と鈴をガトの首に巻く、すると猫は一鳴きして夜の闇に溶けるように姿を消した。


「救援が来るまで多分1日前後…。

吸血鬼って言うくらいだから頭から丸かじりとかでは無いだろうけど…バリーくんには気張って貰うしか無いか。」


「無理だよ!吸血鬼アイツ、バリーをあの魔力の霧で包んで…!

僕、戻ってバリーを助けに行く!」


「その気持ちは分かるけど勝てるの?一人で。」


「うっ…。

で、でもセイエンが…。」


「先に言うけど僕は行かないよ。」


「え?なんで⁉

その武器銃と刀は飾り⁉」


「うん、飾り。

持ってるだけで怖い人に絡まれなくなる便利な飾り。

お生憎、僕は君たちと違って自分の利にならない事はしない商人ひきょうものなのよ。

請負人が居なくなるのは僕にとってもマイナスだけど僕が死ぬマイナスと比べたら安いモンだからね。」


「アンタ…!」


セイエンが変わらず飄々とした口調でエアリィを否定、雨音が響く濡れた地面を気にせず横になる。

その態度に怒りを感じたエアリィは杖を向け…。


「…因みに。」


杖を向けた刹那、エアリィの首元には抜かれた刀の切先が向けられていた。


「飾り以外の使い方も出来なくはないよ、この位置なら君が魔法を使うより僕の刀の方が速く刺さる。

まぁ、こんな大道芸出来た所であんな鬼や悪魔の類には文字通り出来ないだろうけどね。

因みにこれは脇差しだけどね。」


エアリィが杖を降ろし、セイエンも刀を収めると涙目のエアリィを木の根に座らせる。


「まぁ、なんとかなるでしょ。

根拠は無いけどゥフ!」


励ますような口調でエアリィの肩を叩いたセイエン、その直後セイエンの視界が180度回転し後方の暗闇を天地真逆で拝む事となった。


「ガトが救援依頼持ってたと思って来たと思ったら何女の子泣かせてるんですか?酒カス会長。」


「コレはコレは『ヒューズ』くんではないかぁ。

ぶん投げる前にワケは聞いて欲しかったなぁ…知らないと思うから教えるけど、人ってぶん投げられると痛いんだよ?」


背後から現れた濡れたスーツを身に纏ったセイエンより一つ頭小さい銀髪の『ヒューズ』と呼ばれた青年、彼がセイエンを後ろから抱え込み後ろに投げる…所謂をかましたのだった。


「アンタが女の子泣かせてる状況なんて『不条理な商売持ちかけて金が足りない状況に詰め寄ってる。』か『酒に酔って手を上げた。』のどちらかでしょう?」


「イヤイヤ、今回は違うよ?

と、言うか酔っても手は上げた覚えないんだけど?」


「…えーと、誰?」


呆気に取られて涙も引っ込んだエアリィ、ひっくり返ったままセイエンが答えた。


「あぁ、ゴメンねエアリィちゃん。

彼は『ヒューズ』くん、我らが商会の役員で僕が留守の間は商会の代表やってくれてる。


そしてヒューズくん、彼女はエアリィちゃん。

出発前に言ってた『面白いハンター』ってのは彼女…の保護者の事。

あと、今横になって気を失ってるこの子はエアリィちゃんが作ったゴーレムのリンちゃんね。」


「エアリィです、よろしく…。」


「ヒューズです、なるほど…噂の…って保護者?」


「実はバリー…あ、僕の仲間がこの中のエネミーに捕われちゃって…。」


事の顛末を話すエアリィ、ヒューズも聞いて少し戦慄の表情を見せたが、直後に少し安心したような表情に変わった。


「それはそうとヒューズくん、救援依頼出してから随分早くない?天狗バケモノにでもなった?

それとも、が関係ある?」


「なってる訳ないでしょ…でも、に関してはある意味正解かもですね。

私からもご紹介します。の皆さんです。」


ヒューズが紹介し、手を向けると夜の闇から『黒い甲冑を纏った戦士』、『両手両足に簡素な義肢を付けた赤衣の魔法使いの男性』、『前の二人に比べて戦闘用の衣装には見えないフード付きの外套を着た銃使いの少女』がランプの灯りの元に姿を現した。


『…よろしく。』

「ハーハッハッハッハ!我々は女神の遣い、混沌カオスたる世に赫き光を差す者なり!

その一翼たる我が『クルーク=カーマイン』の名をその記憶に刻むが良い!」


篭もった声の甲冑の戦士と赤衣の魔法使いが思い思いの自己紹介をする…が、あまりに突飛なためエアリィとセイエンはポカンとした表情で膠着。

大きなため息と一緒に後ろの少女がフードを取って付け加えた。


「はぁ…あんたら、もうちょっとちゃんと喋れないワケ?

えーと、コッチの甲冑コミュ障が勇者…名前は無いって言い張ってるから私達は黒い甲冑から『クロ』って呼んでる。

コッチの両手両足が無い魔法使コミュ障は『ルーク』、『クルークなんちゃら』は自称だから記憶にも記録にも残さなくて良いから。

で、私はその二人に訳あって同行してる狙撃手スナイパーの『リィカ』、よろしく。」


「よろしく、って勇者!?あの?」


「そうだけど…今はそんな事言ってる場合じゃないよね?」


『…行くぞ。』


「僕は…どうすれば…?」


「愚問だな森の眷族よ!己が盟友が窮地とあらば夜の慟哭響動めく魔に力を示し、凱旋の聲を上げるが良い!」


「…はい?」


「一緒に来て良いってさ。」


『…着いてこい。』


「うん!…でも。」


勇者クロに手招きされ、希望を持った目で同行の意思を示すエアリィ。

一行の輪に入った後に横になったリンの方向へと振り向く。


「あ、僕は戦う気なんてないからヒューズくん共々残って早めの晩酌タイm。」

「報告タイムです。」


「…まぁとにかく、妹ちゃんはここで寝かせておくからご心配なくいってらっしゃ〜い。」


「!…ありがとう!」


勇者一行と城に向かうエアリィにセイエン達は手をひらひらと振って見送った。


「らしくないですね、会長が無償で自ら何かを請け負うなんて。

それに安全性も勇者と一緒の方が高いだろうし。」


「僕は刀も銃も抜かないのが信条なの。それに雨の中襲ってくるエネミーなんて居ないでしょ。

妹ちゃんのお守りはついでだよつーいーで。


…それに、勇者なんて『女神の名の元』なんて大層な大義を掲げて無償で武器を振るう人間なんて、僕からしたら魔王よりも気色悪い存在だしね。」


「はぁ…。」
















〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「地より離れし舞踏の間!

闇従えし者潜みし地は其処に相違ないな⁉」


「…え?」


「二階のダンスホールで戦ってたんだよね?」


「あ、うん。

因みに他のエネミーは見なかったよ。」


『…おかしい、前に立ち寄った際には吸血鬼なんて居なかった筈だ。』


「エネミーの分布がメチャクチャなのなんて今に始まった事じゃないでしょ?」


『…確かに

俺が防御する、今回はリィカが撃ち抜いてくれ。』


「りょーかい。

エアリィさん…年齢近そうだし呼び捨てでいい?」


「うーん…僕、エルフだから多分歳はかなり違うと思うけど…別にいいよ?」


「おっけ、エアリィは隙を見て仲間の救出よろしく。」


『…ルークの魔法は建物を破壊する可能性がある

万一のための退路の確保を頼む。』


「フッハッハッハッハッ!必要なかろう、鐵の乙女の弾丸は万物を貫く!

なにせ彼女は『厄災之弾ヴァレット•オブ•ディザスt』…」

「やめろォ!」


リィカは肩に掛けていた長銃ライフルのバッグを振りかぶりルークを叩く。

…が、ルークはそのまま宙へと浮いて逃げた為に重たいバッグに振り回されリィカは一回転してしまった。


「バレットオブ…何?」


『…触れてやるな…古傷が沁みてるだけだ

そんな事より、間もなく着くぞ。』


「そんな事で片付けるなっての…。

私にとっちゃこの世で二番目に消し去りたい存在なのに…。

よし、おっけ。いつでも行ける。」


ブツブツと文句を言いながらもリィカは振り回していたバッグから長銃を取り出して組み立て、フード付きのジャケット内、腰の後ろ、スカート内のふとももに巻いたホルスターにそれぞれ2丁ずつ入れた簡素な拳銃ハンドガンの残弾を確認する。


「あんまり銃には詳しくないけど…多くない?」


「確かに、ちょっと多いし重いかな?

でも、銃なんてだから。」


「それってどういう…。」


「見てれば分かるっ!」


ダンスホールの扉をクロとリィカが同時に蹴破る、瞬間一本のが音もなくエアリィ目掛けて飛んできた。


『…伏せろ!』


「ひっ…!」


エアリィの顔に赤い血が飛び散り滴る、矢はエアリィに刺さる直前にクロの手によって阻まれ、矢の中腹付近で篭手を貫いた状態で停止した。


『…厄介な事になったが…死んではいないみたいだ。』


一行の視線の先には高笑いをする吸血鬼…そして、その前で矢を構える姿があった。


「バリー⁉なんで?」


ルーク、頼む!』


「愚問!闇に魅入られし者よ!我が魔力に刮目せよ!

猩猩之赫腕ポピーレッド・ハンド!」


ルークが足を踏み鳴らすとバリーと吸血鬼の下から2mは越える巨大な赤黒い腕が飛び出し、二人を掴み動きを封じる。


『ハハハハハ!』


が、吸血鬼は先刻エアリィの打撃を無力化した時と同じく体を赤い霧へと変えて拘束を透かし、そのままルークとエアリィの背後へ移動、伸びた黒い爪を二人目掛けて振り下ろした。


こっちだ!』


二人と吸血鬼の間にクロが割って入り、手に持った黒い盾でその爪を弾く。


『…リィカ、見えたか⁉』


「オッケー、問題ない。

3人とも待避よろしく。」


手に持ったライフルで固まった3人と吸血鬼を見据えるリィカ、彼女が銃爪に指をかけると同時にクロは盾で吸血鬼を後ろに弾き、エアリィとルークを掴んで横に大きく跳んだ。


「勝手に上がり込んで悪かった…ね!」


放たれる一発の銃弾、こちらからの攻撃を受け付けない筈の一撃は吸血鬼の胸を貫き壁に銃創を作った。


「…ハハッ!」


吸血鬼はしばしの沈黙の後にリィカに向けて一言笑い声を飛ばす。


「⁉

グ…グァァァ!」


その数秒後、苦しみ悶え始め両手両足の端から体は霧散して崩壊、足元に赤い血溜まりと1の風穴の空いた死体を残して消滅した。


「ま、不法侵入はお互い様って事で。

はい、コレで一丁上がり!」


『…まだだ。』


「そんな…なんで…?

⁉」


赤い手の内から無理やり指を引き剥がし、その拘束から脱出した。


「うわ…この人、弓使いのハンターって言ってたよね?

格闘家グラップラーの間違いなんじゃ?」


「魔に魅入られし者、膂の枷をも外され我が紅の手から逃れたか!」


『…拘束はちゃんとしてくれ。』


「我が強大なる力では矮小なる者は形保たず崩れ去る故な!」


弓を手放し向かってくるバリー、その拳は強く握られファイティングポーズをしている。


「仕方ない…撃つ?」


『…いや、ここは俺が。』


「あぁもう!操ってるのが消えたなら…元に戻るのが普通…でしょ!」


ストラップ越しに魔力通して杖を空中に振りかぶり先端に氷塊を蓄える。

そのままバリーへと駆け寄りその脳天に氷塊を叩き込んだ。


「グッ…ア…。」


「…ふぅ。」


頭から血を一筋垂らして地に伏せるバリー、汗を拭うエアリィの後ろで勇者クロ一行は青ざめた顔をしていた。


「下手したら私が撃ったよりもヤバいんじゃない?アレ。」


「鉄槌と化した玉屑を流星の如く振り下ろす。

素晴らしいぞ森の眷族よ!今の奥義、『零度極冠墜槌ゼロ・コメット』と名付けるが良い!」


「なにそれダサ…。

って言うか死んでないよね?」


『…応急処置をしよう。』


包帯を頭に巻いて止血した後、クロはバリーを肩に抱え脱出を促し一行は吸血鬼の死体を体液ごと回収した後城を後にした。
















〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「そう言えばどうやって高速でここまで来たの?」


「勇者達の魔法使い居ましたよね?あの人、一度来た事ある場所は一瞬で移動出来るらしいんです。

多量の魔力消費するから何回も連発出来ないらしいですけど。」


「ハッハッハッハッ!我が強大なる力は己が内に秘めたる魔力のみにならず!

女神様の御業たる勇者クロの加護に依るものなり!」


「だから普通に話しなってば…。」


先程から数行しか進んでない報告書を前にセイエンがヒューズと話していると一行が後ろから歩み寄り帰還する。


「女神の御業?勇者の加護?なにそれ?」


「勇者の加護!それは…。」


『…リィカ、説明頼む。』


「はぁ…メンド。

えーと、女神像って分かる?あの要所要所に置いてあるエネミー避けになってる石像。

アレにはエネミー避け以外にも能力ちからがあって、近くの女神の仲間する人…信奉者って言ったら良いのかな?取り敢えずそんな感じの人に加護チートを施すんだよ。

例えば私なら『撃った銃弾が必ずする。』みたいな感じで。

それで、ルークは『特殊な魔法の使用。』が出来るの。

瞬間移動もその特殊な魔法…えーと、なんて言ったっけ?」


「女神魔法!『宍色輝路レオ・ロード』なり!」


「そそ、それそれ女神魔法女神魔法。

それが使えるんだよ。」


「なるほど…だから物理が効かない吸血鬼にリィカの銃弾が当たった訳だね?」


「正確には吸血鬼は『物理が効かない』じゃなくて『本体以外に物理が効かない』だけどね。

ほら、アレ。」


指差した先には未だ片手にバリーを担いだクロ、空いたもう片手には吸血鬼の死体である蝙蝠が入れられた麻袋をぶら下げている。


「あの小さい…いや、コウモリにしては大きいけど。

コウモリ一匹が魔力を操って赤い霧を作って見せた姿が吸血鬼って訳。」


「我々の国の諺『幽霊の 正体見たり 枯れ尾花』と言うようなものですかね?」


「でも、あの爪攻撃とかは本物だったよ?」


『…魔力で爪を固めて攻撃してきたんだ。』


「なるほどなるほど、じゃあどの道僕が着いてった所で太刀打ち出来なかったんだね。

ハイ、免罪免罪。エアリィちゃんに刀向けちゃって泣かしたのも仕方ないって事で。」


自分の留守番が正当化されて安心したような声でヘラヘラと笑う。


「「帳消しになるわけないだろ(でしょう)?鶏肉チキン商人。」」


目覚めて一連の話を聞いていたのか、セイエンの前後から怨めしそうな声が聞こえた。

背後の木の根、そして勇者の肩からリンとバリー二人がギロリとセイエンを睨んでいたのだった。


「いやぁ、バリーくんも妹ちゃんも元気そうで何より!」


「何が『元気そう』ですか?元はと言えば貴方が『雨が酷いから休もう、近くに古城がある。』と宣ったのが原因ですよね?」


「イヤイヤ、僕だって知らなかったんだって。

こんな所に吸血鬼あんなのが居るなんて。

そんな事よりこの匂い、吸血鬼の体液とやらは『』でしょコレ、どうだろう?君達には不要だろうから高値で…。」


「勇者だっけ…?ありがとう、助けて貰って。

お礼らしいお礼出来ないけどエネミー使った料理で良ければ食ってく?」


『…え?エネミー?と言うか無視か??』


「うん、エネミー料理。

普通の食材より魔力あるんだよ、蝙蝠料理自体は初めてだけど。」


「魔の肉!面白い、我が魔力ちからの糧となる事を許す!」


「え?食べるの?エネミーだよ?」


「うーん…ネズミとか虫よりはマシかな。

てか、エアリィはこの人と行動してるんだよね?嫌いなの?エネミー料理。」


「え?…あー…うーん…。」


「いい加減嫌がるのヤメてくれないか?何だかんだで一番美味そうに食ってるのはエアリィなんだから。」


「おーい…バリーくーん?」


セイエンの発言を無視してバリーは鍋を用意し、油を引いて火にかける。


「蝙蝠は羽を落として皮を剥ぐ、内蔵も落として骨ごと一口大に…思った以上に可食部小さいな…豚の干し肉でも入れるか、あとはニンニク玉ねぎとトマトも細かく刻む。

肉は生姜やニンニクで臭みを取ったらそれらを軽く炒めて…コレを。」


瓶に詰められた吸血鬼の体液ワインをクロから受け取る、そしてソレをセイエンの眼の前に出し…。


「おお!ありがt…。」


そのまま開封、全てを鍋へと投入した。


「セイエン、理由ありきとは言えお前俺の仲間に刀向けたらしいじゃん?」


「あー…うん…まぁ…そうだね。」


「一言の謝罪も聞いてないんだけど?」


「ア…ハイ…ゴメンナサイ…。」


「まぁ、俺もまんまとこの蝙蝠肉ヴァンパイアにやられたし一回目の退避をしてくれてリンを見ていてくれた事には感謝してる。

でもソレはソレ、コレはコレ。体液コレを煮込む直前までに謝罪が無い無教養の商人ビジネスマンに渡す酒はねぇ。」


「うぅ…すまなかったってば…。」


「謝ったなら良し!…って俺は思うけどエアリィとリンは?」


「私は構わないけど…。」


「おねーちゃんを脅かした右腕は切り落としてこの鍋に入れます。」


目の光が消えたリンはセイエンの右腕を掴み、いつの間にかバリーから包丁を奪っている。

掴まれた腕は握力でやや鬱血していた。


「やめろやめろ!本人が許してるなら許してやれ!」


「リンちゃんの気持ちは嬉しいけど人間そんなの入れても美味しくないよ⁉」


「…じゃあデコピン一発で許します。」


『仕方ない』で放はなたれたデコピンを受けたセイエンは雨のあがった暗闇の草原へと消えて行った。


「…さて、続けるか。

と言っても野菜に火が通ってワインを入れた鍋は強火で酒精が飛ぶまで煮込むだけだけど。」


「じゃあさ、アンタの事教えてよ。

エネミー使った料理始めた理由とか、森の奥に住むエルフがわざわざ人間と狩人やってるとか気になるし。」


「うん、別に良いよ。良いよね?バリー。

元々はバリーが『エネミーの素材に使わない部分が勿体ない。』から始まったらしいんだけど…。」


軽く許可を取ったエアリィが語りだす。

バリーは『面倒だから頼んだ』とヒラヒラと手を振ると鍋に向き直してかき混ぜる。

フツフツと沸き始めた鍋から上がる蒸気酒臭さでやや咽ているようだ。


『…楽しそうだな、リィカ。』


「揺籃なる刻を伴にする共鳴は我々の天命とは異なる故、気も躍るのであろうな。」


「歳の近い子にはなかなか会わないから嬉しいんだろうって所かな?

まぁ、エアリィちゃんはエルフだけどね。」


「我が言霊を理解するか!貴様、真名は如何とする?」


「お褒めに預かり光栄です、僕はセイエンしがない商人だよ。

どうやら僕の留守の間にヒューズくんがお世話になったみたいで。」


『…いや、世話になったのはこちらだ

貴方の商会は俺達に宿や食事を快く提供してくれたからな。』


「…え?無料タダで?」


酒のグラスをクロとルークに渡しながらセイエンは驚いたようにヒューズの方へ振り向く。


「ダメでした?魔王討伐の選ばれた人達と聞いたので…。

ってか、いつの間に酒を…。」


「相手がペテン師だったらどうするのさ…。

仕方ない、じゃあお代として教えてもらおうかな…勇者キミ達の事を、疑ってる訳ではないけど君達が勇者と信用出来なかったら商会で寝泊まりした分のお代を貰おう。」


『…構わないが、現金だな。』


「現金で結構、世の中信じられるのはだけだし。」


指で円を作って見せながらニヤリと笑う。


「盛り上がってる所悪いけど、料理メシが出来たから用意してくれ。」


「「「「「はーい。」」」」」
















〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「と言うわけで今日のメニューは『豚肉と吸血蝙蝠ヴァンパイア血液ワイン煮』だ。」


「コウモリ肉…。」


細く刻まれた吸血鬼の肉をスプーンで掬ってエアリィが躊躇いを見せている。


「おねーちゃん、変な肉なんて今更でしょ。」


「いや、そうだけどさぁ…ん!濃くて美味しい!少し苦味があるけど肉が柔らかくて噛むと肉汁がジュワッて出てくる。」


「エアリィの掌返しもレベル上がってきたな…。はい、リン口あけて。」


「ん。」


リンが吸血鬼の肉を口に入れて咀嚼、飲み込むと身長が二倍以上…向かいに座っていた長身の上に甲冑をつけたクロを軽く見下ろす程度まで伸びた。


「198cm…デカいけどクソ羽虫フェアリー南瓜ジャック・ランタンほどじゃないな…。

強敵なのに残念だ。」


メモを取るバリーに勇者達とヒューズは驚いた表情を見せている。


「ああ、リンはエネミーに多く含まれている魔力を身長増加の数値で分かるようにしてるんだ。」


『…なるほど。』


「あんた達はどうだ?口に合…。」


クロに目を向けると身に付けた黒い兜は装着したまま、目の前の皿には手を付けられておらずに上を見上げていた。


『…すまない、訳あって俺は食事が必要ないんだ

ルーク、『取り込んで』くれ。』


「我が血肉と成る事で魔力の更なる研鑽へと導く!善い事を聞いた!」


二食分のワイン煮を魔力で持ち上げると皿から赤い光が発せられルークの胸付近まで伸び


「ふむ…。」


空になった皿はゆっくりと地面に降り、カランと音を立て手着地した。


「…勇者ってちゃんとメシ食えないのかよ。

あ、でも一人普通の女の子が…!」


「ん?」


乾いた笑いをした後、期待の顔でリィカの方へと振り向くバリー。

その視線の先に居た少女はワインの赤とは異なるの赤で染められた皿から肉を掬って口に運んで居た。


「あ、ゴメンゴメン。辛い方が美味しいと思って。」


「…アッハイ。」


『人の食べ方にケチを付けるのはナンセンス』と思いつつも自分の味付けを大幅に改変されてバリーは目を伏せた。

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エネミー料理店活動日誌 @180point

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