第15話 蜂蜜酒(ミード)
「ご馳走様ー!」
全員のハンバーグの皿が綺麗に空き、手を合わせて感謝のあいさつを述べる。
その後、エデはドヤ顔で…。
「ラート。(パチンッ)」
「…そろそろ無言でコミュニケーション取れると思うの止めません?
紅茶?コーヒー?それともワインもう一本言っときます?」
「そろそろ貴方も空気読んで茶々を入れる前にお茶を淹れるくらいの気を利かせても良いのではないかしら?」
「あっはっはっ。」
「何笑ってるのよ?」
「え?だって今の『茶々』と『お茶』を掛けたオジョーサマこ高尚な言葉遊びッスよね?
だから空気読んで笑ってあげようかなぁって。」
「もう!そこで空気読むなら触れないで貰えるかしら⁉
良いからお茶…えーと、紅茶!」
顔面が紅茶のように真っ赤になったエデは指差しでラートを急かす。
「それでしたら僕が淹れますよ。
ラートさんはまだエアリィさんの杖の作業残ってるでしょうし。」
そこでネルムが手を上げ、颯爽と厨房へと向かう。
「…じゃあ、お言葉に甘えてオジョーサマの口を塞ぐのはネルムサンにお願いして、アタシは作業に戻りまーッス!
…まぁ、既に殆ど終わってるんスけどね。」
最後に殆ど聞こえない様な音量でボソッと台詞を吐くとラートは猫に追われた鼠の如く、自室の工房へと逃げていった。
「まったく…魔導具の技術が無かったらクビにしてるわよ…あの娘。
もういっその事、
雑用も嫌と言わないし、可愛げもあるし。」
「ウェ⁉急に何ですか?」
エデの突飛な発言に厨房から出てきたネルムの手にあったティーセットがカランと大きな音を立てた。
「おいおい、我らが森の国のギルドきっての良心に魔の手を伸ばすのは止めて貰おうか?」
「えー?絶対私の方が良い給料出せるわよ?
ラートには専属エンジニアになって貰って…そこでどうかしら?ネルムさん。」
「どうもこうも無いだろうよ…やめとけネルムくん、コイツの使用人なんて無休で魔道具の実験体になるのが関の山だぞ。」
「えーと…その、僕のために争うのはやめて下さい!」
「…プッ!」
「フフフ…冗談よ冗談、紅茶ありがとう。」
ネルムの頭には『?』が浮かんでいたが、リンにからかわれていると伝えられると顔を真っ赤にして地団駄を踏んでいた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
数十分後、ラートが自室兼工房から長い包みを持って戻ってきた。
「さて皆さん、談笑は済みました?
皆さんが楽しくしている間にネクラなメイドは冥府のような物陰で、コソコソとネズミのように仕事してたんスよ?ヨヨヨ…。」
「あら?自分の立場が危うくなったから嫉妬してるのかしら?」
「いえ、『根暗とネズミ』『冥府とメイド』で韻踏もうとしただけっス。
そんな事より、出来たっすよエアリィサン。
コレが我が工房の新作!エアリィサン専用マギア!と言いつつ手足が無い、握る力が無くなった魔法使いにも使えるバリアフリー杖!この魔石を加工して作った魔力を通すストラップを手首にかける事で握らなくても杖の方向固定や魔法の発射が出来る他、このストラップ自体も2mまで伸縮するので伸ばして使えば杖を浮かしたまま魔法を使う思春期の少年少女大興奮のギミックまで搭載!魔符を装着するギミックも手を使わなくても良いようにオジョーサマに作ってもらった小型改良版の物を一度に3つまで装備することで付け替えなくても使い分け可能!当然既存の魔符も1つまでなら装備出来る互換性も完備!まぁ、手が無い状態での戦闘中の付け替えは難しいんで事前にやってもらうか他の誰かにやって貰う必要があるんスけど…。あー改良の余地あるのを渡すのは気が引ける…。因みにこの魔符を改良するために
途轍もない早口を一息で言い終えたラートは包みを外す。
中からはカーバンクルから取れた赤い魔石が先端に装着され、その下に魔符が透明な入れ物に入れた状態で取り付けられ全体に緑色の植物のような加工を施された黄色味がかった木製の杖が顕となった。
「えーと…ゴメン、途中から殆ど聞き取れなかった…。
もう一度ゆっくりお願い。」
「…ツエ、ストラップマク、チュウニウカセラレル、マフミッツツケラレル。
オーケー?」
「お…おーけー…。」
「で、まだ完成直後なのでテストもしてないので本格的にお渡しする前に…。
ネルム氏、なんか手頃なクエスト紹介お願いしまっス。」
「流れるようにクエスト依頼までの流れ作ってくるじゃんこのメイドさん…。」
「おにーちゃんより向いているのでは?」
「何に?」
「主人k…。」
「ネルムさん、この杖のテストを僕一人で出来そうなのある?」
メタ発言を遮ってエアリィはネルムに迫った。
「この都市内でのクエストですと…また僕が引率ですか?
一応言っておきますけど…僕、この都市のギルド所属ではないですしクエスト同行も基本的な仕事では…。」
「どーも、前科者です。」
「今は負傷者も兼ねてます。」
「誇らないで下さい!まったく…。
今回は危険度も小さくてエアリィさん一人でも討伐できそうなエネミーにしますから、く れ ぐ れ も バリーさんとリンさんはここで大人しくしていて下さい。」
「「はーい。」」
「エデさんとセイエンさんもお二人に仕事を振ったりしないで下さい。
じゃあ、僕はギルドに申請してきますのでエアリィさんは本日二つ目のクエストになるので体を休めていて下さい。」
そう言うとネルムは走って言ってしまった。
「…え?今から?」
「別に今日今すぐやれとは言ってないんスけど…ま、いっか。」
「損な性格してるねぇ、彼。」
「私の元でなら安定した休憩もあげるのに。」
「…彼もおにーちゃんより向いてるんじゃないですか?主j…。」
「ネルムくんも大変だなぁ!がんばれ、エアリィ。」
各々の勝手な発言の最中に再び漏れかけたリンのメタ発言はバリーによって掻き消された。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
機械都市ギアリス郊外、都市の中心部から一時間ほど馬車を走らせたこの場所には都市の喧騒は届かず、利便も悪い為か過疎化して街のブロック全体が廃墟のような静けさに包まれていた。
そのブロックの中心に存在している中心に少女を模ったオブジェが設置されている噴水、既に水は出ていないはずのそこからは液体が溢れて異様な甘い香りが漂い少女のオブジェは蜂の巣に包まれて原型がなく巨大な球体の塊となっている。
「ハチ駆除?」
「はい、でもよく見てみて下さい。」
エアリィがネルムから渡された双眼鏡で巣の周りを飛ぶ蜂を注目する。
その個体は蜂のような小さな躰に黄と黒の縞模様、刃のような透明の翅を携えてはいるものの、その胴体はどう見ても鳥類の姿をしていた。
「チンユェンと呼ばれるエネミーです。
尾羽根で隠れていますけど、ミツバチに似つかわしくない強力な毒針も持っていますのでご注意下さい。」
「バリーやリンちゃんも毒でダウンしてるし、実はこの都市って毒の宝庫だったりする?」
「そんなことは無い…筈です。
毒針もありますすが、小型の昆虫エネミーは何よりその小ささ、そして群体である事が厄介なんです。」
「え?どういう事?」
「エアリィさんは飛んでいる蜂に剣や弓と言った攻撃が当たると思いますか?
当たりませんし、当たった所であの何千何万と存在するチンユェンの一匹二匹を斃す程度でなんの解決にもなりませんよね?」
「あーなるほど。
じゃあ、広範囲の魔法で…。」
「ドカーン出来れば簡単ですよね。
先程も言いましたがここは市街地です…まぁ、ここはほぼほぼ廃墟街みたいになってますが…。
広範囲の魔法はそれだけで周りに危害がある可能性があるんです。
なのでエアリィさんにはこのチンユェンを周囲への被害が最小限になるよう討伐してもらいます。
コレが今回の僕からの課題です。
幸い、その杖は魔符を装備出来る関係で魔法の制御はかなりしやすい構造になっている筈なのでエアリィさんの実力では出来ない事はないと思います。
あと、危険にならない限り僕は基本的手助けもしないので期待はしないで下さいね。」
「うえー…因みに、毒針以外に危険性と…あと、弱点ってある?」
面倒臭そうな返事をするエアリィだが逃げ場がない事は理解し、二言目には懸念点をネルムに聞くのであった。
「報告では普通のハチよりも軽くて素早いと言われています。
毒は強力なのでくれぐれも刺されないように気をつけて下さい。」
「了解、なら…取り敢えず…。」
エアリィは自身の髪を結っていた二本のゴムを外して片方で髪を団子状に結い直してもう片方でワンピースのスカートの裾を絞る。
「この位なら動きづらくもならないかな…。
よし!」
するとエアリィを中心に高さ数mのつむじ風が巻き上がり、風の鎧として纏わり付いた。
「わぁ、魔符を通してるだけなのに
じゃあ、行ってきます!」
「お気をつけて!
万一、攻撃を受けたらすぐに洗い流してくださいね!」
そのまま駆け出し、巣の近くまで行くとチンユェンは一斉にエアリィの方を向いてカチカチと嘴を鳴らして威嚇を開始する。
「怖っ!でもソッチから来ないなら…!」
自身が纏っているつむじ風を巣を中心に展開、体重の軽いチンユェンは宙に巻き上げられていく。
仲間が攻撃されるのを目の当たりにした空中で警戒をしていた群れが一斉に襲いかかる…しかしその突撃は虚しくも
「体重が軽いから風で飛ぶよね?
そして…残された攻撃出来る場所は…上!」
エアリィが杖を上に掲げると真上に吹雪のような白い冷気が放射線状に放たれ、つむじ風の上から飛んできた群れは霜に塗れて地面に落ちていく。
…当然ながら上を向いて魔法を放っているエアリィの顔面に向かって。
「痛い痛い痛い痛い!あとシンプルに気持ち悪い!」
手で落ちてくる
数千の個体を落とし襲ってくる個体が居なくなったその時、冷気を貫いて一匹の個体がエアリィの手を掠めた。
「痛っ!
って、なんかデカいんだけど⁉︎女王蜂⁉︎
女王蜂なんて巣の中で子供作るのが役割で戦闘なんて出来ないでしょ⁉︎
エネミーだから蜂の生態関係ない⁉︎もう、厄っ介だなぁ!」
一人でツッコミを入れてはいるが、冷静に風の鎧を突風に変えて女王蜂を含め周囲のチンユェンを遠くに飛ばし、血が滴る手に水魔法をかけて洗い流した。
「痛ぅ…吹雪と風の鎧を貫通する高速の毒羽虫ってどこが危険性の少ないエネミーなんだよネルムさん…。
後で恨むぞー…。」
恨めしそうにネルムが待機する裏路地を見つめながら杖を前に掲げる。
「速い…でも、大きいし目で追えないレベルではない…。
女王以外の個体も来ない…?
なら、集中…!」
突風で女王蜂を飛ばした方向を広く見据える。
ついさっきまで
「見えた…!」
元来より弓の扱いに長け、その目も他人種より発達している
先程よりも更に高速で鋭さを増した攻撃は…。
「今!」
エアリィが杖の一部を回して握った直後、眼前に出現した彼女の頭の大きさ程の水球に捕らえられ、動きが止まった。
「ふぅ…なんとか上手く言った…!」
女王蜂含むチンユェンの群れは水球の中でもがいて居るが、徐々にその動きは鈍っていく。
「残念だけど抜け出せないよ。
さて…ネルムさーん!終わったよー!」
「はーい!」
女王蜂の動きが完全に静止、絶命を確認したら後ろのネルムを呼ぶ。
呼ばれたネルムも安心した顔で裏路地から出てくる…が。
「エアリィさん!巣!まだ巣の個体処理してません!」
「あ…最初に閉じ込めたままだった…。」
女王を失ったチンユェンの巣からは統制を失った小さい個体が多数暴れている。
しかし、その狂乱は初めにエアリィによって発生されたつむじ風に阻まれている。
「…えいっ。」
巣に先程同様に吹雪を発生させ、つむじ風に冷気を纏わせる。
周囲を飛んでいたチンユェンは残らず霜の山となって止まった噴水の水の中に墜ちていった。
「それにしても、ホント便利だねこの杖。
魔法を何個も設置しながら他の魔法での戦闘も出来る。」
「多分、そんなに何個も同時に魔法設置するのは普通の人間には出来ませんよ…。」
「そうなの?まぁ、僕は天っ才魔法使いだからね!」
「(調子に乗りさえしなければなぁ…。)
エアリィさん、手を怪我されてますね。こちらをお使い下さい。」
「ありがと…あっ。」
ネルムがポーチから取り出した薬草の湿布を受け取ろうと手を伸ばす。
しかし手に取った瞬間エアリィは湿布を地面に落としてしまうのだった。
「あー…ゴメンゴメン。
所で、今回ってこのエネミーの駆除だよね?
素材の納品とかって要らないよね?」
「そうですね、この辺りの再開発の邪魔になっていたチンユェンの駆除が目的なので証拠として女王蜂をギルドに提出すれば持ち帰っても…って、食べるんですか⁉︎
「うーん…僕も正直気は進まないけど、バリーなら食べるかなぁって。
虫だけど鳥っぽいし。」
そう言いながらバリーから勝手に預かった空間拡張魔法使用済みのポーチに冷凍されたチンユェンを投げ入れていく。
「そんな事よりコッチだよコッチ!」
「あれ?コレって…。」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「元いた場所に捨ててきなさい。」
「なんで⁉︎」
「気持ち悪い、硬い、キモい、毒がある、気色悪い。
五拍子揃ってて食べられる要素ないだろコレ。」
「半分以上気持ち悪いが占めてるじゃん…。」
「エアリィさん、この
半笑いで口を抑えたエデは肩を震わせながらバリーを指差す。
「虫嫌いなの?バリー。
虫の多い森の国に住んでるのに?
サンマのバケモノの方が何倍も気持ち悪いよ?」
「違いますー!嫌いじゃありませんー!
気持ち悪く感じるし、弓でもナイフでもロクな戦い出来なくてクエストも受けないだけですー!
俺は魔符以外で魔法使えないし!」
「一般的にそれは『嫌い』って呼ぶんだぜ?バリーくん。」
「とにかく、その毒虫は食えないので今回は楽しいエネミー料理はお休みでーす!
さっさと怪我した所を処置して寝なさい。」
エアリィに塗り薬と包帯を渡し、チンユェンは袋に詰めようとポーチを逆さまにする。
大量の冷凍蜂と共にゴロンと言う音と共に何本もの黄色の液体の入った瓶詰めが落ちてきた。
「なんだコレ?」
「あ、ソレはエネミーが巣食ってた噴水に溜まってたハチミツだよ。」
「噴水の詰まりの原因にもなっていたので除去するのも兼ねて綺麗な所を瓶に詰めてきたんです。」
「なるほどハチミツねぇ…。
ソレだったら多分良いけど…。」
瓶の栓を開ける。
甘い香りを放つ瓶が大半を占める一方、一部の瓶を開くと辺りには強烈なアルコール臭が広がった。
「うわっ…コレ、かなり発酵してて酒になってるな。」
「酒⁉︎」
香りとバリーの言葉に
「おぉ…発酵したハチミツの強い癖の香り…。
天然の
ハチミツも君達が使うには多すぎるだろう?余った分は貰えないかな?」
「え?あ…あぁ、良いけど…。
どうせ俺もエアリィも酒飲まないし。」
「興奮してるわね…セイエンさん。」
「素では一人称俺なんですね…。」
「いやぁ助かる。
半分は卸して半分は…。」
「俺たちはハチミツ一瓶あれば十分だ残りは全部渡す。
ただし、代わりにコレから海の国までの俺たちの料理の食材の援助をしてくれ。」
上機嫌で瓶の仕分けを始めるセイエン、一通り仕分け終わりケースに収納し運びだそうとした所でバリーが取引を持ちかける。
「えー…。」
「えーじゃねぇよ。ハチミツって意外と高いのくらい知ってんだぞ。」
「仕方ないなぁ…じゃあ、
「エアリィ、リン、この酒をソコの流しに…。」
「あー!分かった!半額!半額で良いから!」
慌てながらも海の国特有のワフクの懐から契約書を取り出し、キッチンに運ばれそうな蜂蜜酒を死守した。
「ふー…あっぶな…。
じゃあエデちゃんバリーくんネルムくん、改めて乾杯しよう!
僕の奢りだ!」
「イエーイ!」
「え?僕も戴いて良いんですか?」
「だから俺は酒飲まないって言ってるだろ…。
それと、契約書が先だ酔っ払い商人!」
「ちぇ…。」と声を漏らし、有耶無耶にしようとしていたセイエンは渋々契約書を作成するのだった。
「因みに
ぴーすぴーす。」
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