第12話 普通の味噌汁

「バリー…お久しぶり。」


「エデ…なんでここに?」


「それは手紙の通り、貴方にお客様が来てらっしゃると言うのに全然来ないからです。」


「お前、俺にだって予定はあるしそもそも俺達は瞬間移動なんて出来ません。」


「フフ…待ちきれなくなったのはウソ。

昨日の時点で私の送り出した馬型ゴーレムからの魔力が途絶えたから何かあったと思って待っていたのです。」


「あー…それなんだけど…。」


「そう言えば連れてないですね?」


「えーと…門の前で休ませてる。」


「乗り入れの許可は取ってますが?」


「ってのは嘘で…途中で困ってる老夫婦が…。」


「バリー?」


エデの微笑みがバリーに向けられる。

瞬間バリーは正座で地面に手を着けて深々と頭を下げた。


「途中で目を離した隙にサンマの…サンマのような…サンマの特長もあるエネミーにやられましたゴメンナサイ。」


「バリーが凍りついた。」

「腕の立つ魔法使いのようですね。」

「魔法使いじゃなくてただの威圧のような…。」


「その面白そうなエネミーはともかく、最初から正直に言ってください。

そうすれば怒りませんから…。」


「ウッス…。」


「で?この偉そうな女性は誰なんですか?」


絶賛土下座中のバリーの顔をしゃがんで覗き込みながらリンが尋ねる。


「偉そうじゃなくて偉いんだけどな…。

アイツがこの手紙を出した『エデ』、俺の幼馴染でこの機械都市の貴族の一族の三女だよ。


エデ、コイツは俺の…えーと…パーティ…?拾い子…?取り敢えず仲間のエルフ娘のエアリィ。

エアリィの作った妹型ゴーレムのリン。

森の国のギルド職員のネルムくん。」


「紹介するなら土下座やめてからにして下さい…。

エデです、よろしくお願いしますエアリィさん、リンさん、ネルムさん。

貴族とは言っても所詮は序列七番目、その三女なので権力らしいものもないですし気軽にエデと呼び捨てて下さい。」


エデが右の白い長手袋を外して手を差し出す、代表してエアリィも握手に応える。


「えーと…エアリィです、バリーに変なモノ食べさせられてます。」


「バリー…人に無理やりはやめてと昔言ったのに…。」


やれやれと言うかのように呟くエデ、すると後ろのメイド服姿の少女が耳打ちをした。


「大の男を大通りで土下座させ続けさせるのもアレですし、『ラート』。」


パチンッと指を鳴らして後ろのメイドへ指示を出す…が。


「…。」

「「「「…。」」」」


メイドは動かない。


「いやいや、オジョーサン?

指パッチンされてもアタシはそれでどう動くのか決めてないっスけど?」


「…。」


「外で格好つけるの止めません?」


「さ、ラート。

皆さんをにご案内して。」


「アソコってどk…。」


「私達がここに来る前にいた所!」


「ハイハーイ。最初からそう言って欲しいんスけど…。

じゃあ、お客サン着いてきて下さいな。」


ラートは小さな体で車椅子を乱暴に切り返すと押していた左手を手を大きく掲げて存在感を示すと車椅子を都市の中心へと向けて進ませた。




「貴族の使用人がアレでいいの…?」


「さあ?」


「実は彼女は…ウッ」


何かを話そうとした途端、ネルムの口にハンカチのような布が風を切る音と共に張り付いた。


「乙女のヒミツをそう簡単に明かすのは良くないっスよー。」


「ンンンー!」


ネルムが布を剥がそうとするも強く張り付いて剥がれないようだ。

車椅子はそのまま進んでしまったので、一行も仕方なく着いていく事にした。


「ンン…。」














~~~~~~~~~~~~~~~


ギアリス中央学園

機械都市ギアリスの中心部の繁華街に隣接した学園。

その学部数は40、学科数は100を越えそこに初等部、中等部、50を超える学科の高等部を含む正真正銘世界最大の学園である。


「まぁ、そもそもこの世界にマトモな学園と呼べる所なんてここ位しか無いんだけどな…。


つか、ここで良かったのか?てっきりお前の家に呼ばれるモノだと…。」


「え?だって私、この学園の学生ですよ?」


「え?」


「オジョーサン、知識欲のバケモノだから学科の課程修了したら違う学科に入り直すをし続けて初等部から25年近くこの学園に入り浸ってるらしいっスよ。」


「学校と言うものは学びたい人には平等に門を開くんですもの、私が学びたいと思っている限りは何十年でも門を開いて貰います。」


「お前…もしかして貴族の家の職務が嫌だからそれを言い訳にしてない?」


「…。」


「おい。」


「さ、まもなく着きますよ。」


露骨にはぐらかされて進んだ先、教室の間の柱に不自然に設置された扉の前で車椅子は立ち止まり中へと入った。




「なにここ…?」


一行も後に続くと中は豪華な装飾の施された巨大な机を中心に壁一面の本棚に四方を囲まれ、本棚に空けられた隙間から別の部屋に続くであろう扉が3つ確認出来る。

外見の小ささからは想像も出来ない豪奢な書斎と思われる部屋が広がっていた。


「ここはオジョーサンが貴族の権力の濫用…もとい学園からのゴコーイでお借りして入り浸ってる部屋っス。

空間魔法の魔符とかその他モロモロを駆使してそこらの住居よりも立派なお部屋っス。

私も無駄にデカイ自分の部屋を作って貰ってるので文句は言えないんスけどね。」


部屋の机の前に主人エデを乗せた車椅子を雑に止めた使用人ラートはいい加減に頭を下げると部屋の隅へと下がった。


「さて、改めてお久しぶりバリー。」


「ハイハイ、お久しぶりですお嬢様。」


「お嬢様呼びはやめてって言ってるでしょう?

えーと…皆さんに改めて自己紹介するわね。


私はエデ、この都市に八つ存在する貴族の序列七番目『スプルー』に名を連ねる者よ。

先程も言ったけど貴族の三番目の娘なんて保険の保険みたいな者だから貴族なんて思わず接してね?」


「うん、急に口調変わったね。」


「オジョーサン、外では貴族っぽく振る舞う様にしてるらしいんスよ。

ボロ出まくって顔見知りにとってはオジョーサン貴族らしさなんてボロボロスけど。」


部屋の隅にいたはずのラートはいつの間にか一行の後方、ネルムの顔を覗き込んで先程貼り付けたままでいた布を弄っていた。


「あー…思った以上に強く張り付いてるっスね…。」


「ちょっと!?

ンッン…彼女は…。」


「ラートっス。一応オジョーサンの専属メイドしてるっス。

ネルムさん、痛くないっスか?」


「ンンンンン!」


「何言ってるか分かんねー!

オジョーサン、ちょっとコレ剥がしてくるのでちょっと席外すっス。」


主人エデが返事をする前に使用人ラート客人ネルムを連れ去って本棚の間の扉の一つに消えていった。

残った部屋にはネルムの「ンンンン!」と言う叫びが木霊していた。




「なんというか…スゴい使用人だね。」


「まぁ、彼女は少し粗雑ですけどやることはやってくてるから問題ないわ。」


「で、俺に会いたい人が居るんじゃ無かったっけ?」


「!

そうだった!案内するわね!」


「おにーちゃんにもおじょーさまにも待たされる時点で会ってないのに私の中で不憫な人になってるんですけど…。」




バリーが押す車椅子に乗ったエデに案内された書斎の奥にある扉の先には応接室があり、その手前のソファで見慣れない異国の服装をした赤い長髪を高い位置で結った長身の男性が紅茶を啜っていた。


「お、良いところに。

『ガト』が腹へったみたいだから何か…。

ん?エデさん、もしかしてこの人たちが言っていた人?」


「ミャウ。」


振り返った男性はソファの背もたれから身を乗り出す。

その後ろから小さな黒猫が彼の頭に飛び乗った。


「ええ。

バリー、彼が手紙で言っていた海の国『スィパン』からお越し頂いた商人の…。」


「『セイエン』、スィパンで『カイエン商会』って言う小さな商会の代表をしている者だよ、コイツは愛猫?いや相猫の『ガト』。

君がバリーくんだな?まぁまぁ座って座って。」


「よろしく、海の国の人なのに共通言語上手いな…。

あ、コイツらは仲間のエアリィとリン。」


「よろしk…。」


「はいよろしくねー。

で、早速本題なんだけど。バリーくんは海産物に興味ある?」


「海産物?まぁ、二足歩行して鋭い爪を持つ『サンマァァ!』って奇声を上げるサンマ以外なら…。」


セイエンが座るソファの対面に座ったバリーは若干青ざめた顔で答える。


(バリーでもサンマはダメなんだ…。)


「なら話は早い。僕の国に来て海のエネミー狩りまくって貰える?

ちなみに商売のためだから共通言語は勉強したし…。

オユレアクトマボトコヌフレ(エルフの言葉も使えるよ)。

分からないのは猫の言葉くらいだな…って痛い痛い、ご飯だな?忘れてないから、そこの美人に貰ってきなさい。」


頭上で猫パンチで猛抗議しているガトを引っぺがし投げ捨てる様にエデの元へ放る。

「ミャ。」と短く鳴いた後にエデの膝に静かに着地するとその手に分かりやすく甘え出す。


「では、私は席を外すので話が終わったら先程のエントランスに来てね。」


「ハイハイ了解。

えーと…ハンターとしての依頼でいいんだな?まぁ森のギルドに然るべき手続きしてくれるなら俺は構わないし、俺個人としても海の国の食材の愛用者ではあるけど…。

なんで俺?海の国にもハンターはいるじゃん?こんな他国までわざわざ出向いて他国の中堅ハンターに頼る必要ある?」


「ごもっとも。

でも、バリーくんが適任なんだ。

海のエネミーって素材の需要のは知ってる?

臭いはキツいわ耐水性以外で防御能力皆無だわ海中だから狩りづらいクセに生態系乱しまくるわでホントに厄介。


でも、海の資源は僕達商人にとっては資金源であるし。

そんな事をお得意先のエデさんに愚痴ったら君の名前が出てきたワケ。

エネミーが美味く食えるんならコッチの国のハンターも狩る意欲湧くんじゃなか?って。」


「大丈夫?エネミーって分かったら気持ち悪がられない?」


エアリィが当然の疑問を口にする。


「その点は大丈夫だ…と思う。」


「スィパンの人って食には寛容で美味しいと分かれば割と何でも受け入れてくれる筈なんだ。

他国では皮肉の様に『木の根っ子食ってる』とか『海の悪魔食ってる』とか『海の雑草食ってる』とか言われてる位だし。」


「へぇ…変わった民族…。」


「僕にとっては文明に属さず何千年も生きてきたエルフの方が変わってると思うけどね?

そうだ、せっかくだから食ってみる?」


「え?いいの?」


(食に寛容なエルフ…。)とバリーが内心でツッコミを入れるとセイエンの目付きが先程まで彼の傍に居たガトの様に鋭く変わった。


悪魔は鮮度の問題で無いが牛蒡木の根1本で銀貨10枚、乾燥した和布雑草100gで銀貨5枚。

セットなら12枚にお安くしておくよ奥さん。」


「バリー!」

「買いません。」

「ケチー。」


「買いたかったら自分の小遣いから払いなさい。

つか、足元見てるだろ商人。」


エネミーに荒らされているとは言え、森の国でリンゴを買おうとすると銀貨1枚程度で買える。

買い物をした事がないエアリィは顔を膨らませてバリーを見る一方、バリーは猫目のセイエンを威嚇する犬の如きめで睨んでいた。


「ジョーダンダヨーコワイヒトダネー。」


「依頼断るぞ?」


「ハイハイ…それぞれ銀貨2枚で卸してるモノだ。」


「安い!」


エアリィはローブの中から黒紫色に染色された革に緑色の糸で『Airy』と刺繍を施されたガマ口を取り出し中から銀貨を支払う。


「最初からそう言えよ。」


「でも、一回吹っ掛けた方が安く感じるだろ?」


「我が家は悪徳商人お断りなんだけどな…。」


「所で、コレで何を作る気ですか?おねーちゃん。」


「あ…バリー!」


冷や汗を垂らした後、助け船を求めたエアリィにバリーは大きなため息をつく。


「はぁ…セイエン、味噌と昆布ってある?」

















~~~~~~~~~~~~~~~~~


「と、言うわけで調理を始めます。」


「「サーイエッサー!」」

「ミャオ。」


元気に返事をするエルフの少女…と(と猫)。


「…エデもやるの?」


「もちろん、なんのためにここにキッチン作ったと思うの?」


「普通に考えたら貴族のご令嬢ではなくて使用人に作らせるためだけど?」


「貴族の娘料理出来ないなんて決めつけないで欲しいわ。

その為にわざわざ車椅子の高さに合ったモノを作ったんだもの。」


「ハイハイ…と、言っても複数人で作るようなモノじゃないんだけどな…。

じゃあ、改めて。


まずは、水に乾燥した昆布を入れて火にかけます。

エアリィ、ゴボウを洗ったら皮を剥かずに

斜めに薄切りにしてくれ。

エデは乾燥ワカメを水に浸して。」


指示を出しながら椅子に座って鍋を見守るバリー、時折あくびをしながら腰を回している。


「流石に車椅子エデサイズだと腰に来そうだな…。」


「おにーちゃん、オッサン臭い。」


「うるさい外野、あと腰痛は若いときから気を付けろ。

いや、俺も20代だけどさ。」




「そう言えば、エデさんとバリーってどうやって知り合ったの?

バリーって貴族~って感じじゃないしさ。」


「それはね、バリーの家は元々私の家に仕えてた家だったのよ。

それで同い年だったバリーは私の遊び相手としてパp…お父様が置いてくれたの。」


(パパって言いかけた…。)


「そして、そのままこの学園に入る時にバリーには私専属の使用人になってもらったの。」


「まぁ、その学園の魔法生物研究目的で都市の外に出たら危険なエネミー、『フレイス』に襲われてエデは大怪我、俺は責任取らされて解雇、機械都市での武装を禁止されたしこの国には居づらくなったから森の国に逃げたってワケ。」


「なんか…ゴメン。」


「いや?今の『悪食バリーさん』も気楽だから気に入ってるぞ?

ワガママなお嬢様の世話しなくて良いし。」


「あれは私が…。」

「危なっ、沸騰する所だった。

出汁に使う昆布は沸騰する前に取り出す。

エデは戻ったワカメの水を切ったらこっちに渡してくれ。」


はぐらかすように調理に戻ったバリーは急いで昆布を取り出してエアリィの切ったゴボウとエデが戻したワカメを入れて更に火にかけた。


「具を入れたら煮立たせてっと…。

エアリィはスープボウル用意しておいて。」


「サーイエッサー。

エデさん、ボウルってどこ?」


「こっちよ。」


エデに案内されて二人はキッチンの奥の棚に向かう。




「はぁ…。

一煮立ちしたら火を止めて、沸騰が収まるのを待ってからレドル(おたま)で味噌を溶いて…。

沸騰直前まで更に火にかける。」


「バリー、持ってきたよー。

セイエンさんとメイドさんの分も並べるねー。」


「ハイハイ。

火から下ろしたらスープボウルに入れて、吸い口としてネギとショウガを乗せたら。

『ゴボウもワカメの味噌スープ』完成!」


「じゃあ、私達がセイエンさんとネルムさんとラート呼んでくるわね。

エアリィさん、申し訳ないけど押して貰えるかしら。」


「はーい、じゃあリンちゃんはバリーを手伝ってあげてねー。」


「あとバリー…結局私には海藻を水に浸けさせる事しかさせなかったでしょ?」


「…バレた?」


「お嬢様扱いしないでって昔から言ってるのんだからちょっとは頼って!」


「適材適所だ!味噌スープ冷めるからさっさと呼んで来い!」


「根に持つからね!」


捨て台詞を吐きながらエデとエアリィはキッチンを去っていった。















〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「おー美味い、久々にちゃんと出汁とった味噌汁飲んだ気がする。」


「ゴボウ…でしたっけ?独特の薫りが出てますし、ワカメの食感もいいですね。」


「本で読んだ知識で作ったけど海の国の人が常食してるのも納得だなぁ。

あれ?さっきのメイドさんは?」


「メイドさんは『使用人がオジョーサンやお客人と食事を一緒にする訳には行かないっス』だって。」


「そう言ってるけど、自分の時間を邪魔されたくないだけなの。

ネルムさん、大丈夫?あの子の変なことされなかったかしら?」


「はい無事さっきの口封じの道具も怪我なく取れました。

あ、そうだバリーさんエアリィさんリンさん。ラートさんが『食事が済んだら部屋に来て欲しい』って言ってました。」


「「「ん?」」」


「なんでもらしくて…。」


「…はぁぁぁぁぁぁ!?」
















「バリーはああ言ってるけど、調査に誘ったのは私なの。

それにバリーはここに居たくない訳ではなくて『バリーのご両親に迷惑かけたくない。』から自らこの国を去ったの。

本人は否定してるけど。」

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