第10話 バーベキュー

《Guuu…》


破壊された女神像に降り立ったドラゴンは大量の泥を滴らせながら二人を見据えている。


「イケメンエルフのオッサン…ここら辺で倒れた戦士の皆さんを起こすなり引きずるなりしてここから遠ざけたら俺達を泊めてくれた家まで行ってエアリィ達を呼んで来る体力ある?」


「老体に鞭打つ位は可能だが…その間、汝はどうする…?

一人で相手するつもりか…?」


「俺、罠とか毒とかでの時間稼ぎは得意なんだよ。

と、言うわけd」


「エラガス(下がれ)!」


《Gaaaaaaa!》


バリーがスウェンに後方に引っ張られると同時に様子見を終えたドラゴンが再び咆哮をあげると女神像の破片を前肢で掴み上げ、投げつけてそれは二人の居た位置へと着弾して粉々に砕けた。


「本当に大丈夫か…?」


「会話に夢中になってた…ごめんごめん。

じゃあ、頼める?」


「任せろ…。

死ぬなよ…汝…お前が死んだらエアリィが悲しむ。」


肩で息をしながらスウェンは走って女神像近くの兵士に向かって走り出した。


「エアリィを追放した側の身分でエアリィの心配するかねぇ…。

じゃあ、この里のリーダーに命令されたし、エアリィが悲しむらしいし、死なないように頑張ります。


…そう言えば、あの食い逃げ魔王はまたどこかに消えてるな。」


《Guaaaaa!!!》


ドラゴンは細長い身体をしならせて近くの建物を巻き込みながら尻尾を振って襲いかかる。


「流石にそんな大振りな攻撃当たらな…ちょっ!?」


尻尾を振る際、纏っていた泥が飛び散り礫となってバリーに襲いかかる。


「いででで!前と違ってたっぷりくっついた泥でのオマケ付きかよ!

あーあ…一発で身体がドロドロ…。」


《Guraa!!Guraa!!》


先ほどの尻尾の攻撃で破壊された建物に手を伸ばすと中から大きな麻袋を掴み飛ばす。


着弾点で泥と一緒に中に詰まっていた小さな豆が弾け飛び出してきた。


「学習してるのか知らないが、この前に比べて小技だらけで矢を射つ暇もないし、小さいダメージがバカにならない…。


死因が豆ってのはお断りだぞっ…!」


どうにか矢を弓につがえ、ドラゴンに向けて放つが泥に刺さって肉体には届かない。


「あの泥どうにかしないと俺には無理だな…。

エアリィ早く来てくれぇ…。」


弱音を吐きながらもバリーはドラゴンの攻撃を紙一重で避けながら矢を放ったり散らばった豆を拾って投げたりして女神像前の広場から逃がさないよう注意を引いている。


《Ggg…GAAAAAA!!!》


「うおっ!?…え?」


目の前の小さな的が中々潰れないのにイライラしたドラゴンは後肢で身体を持ち上げ、両前肢でバリーに向けて全体重を叩きつける。


「あっぶねぇ…ん?」


バリーが身体を起こそうとすると足が今の攻撃で割れた地面の隙間に挟まり、更にそこに粘度の高い泥が入って動かなくなっているのに気がついた。


《GAAAAAAAA!!》


(あ…死んだ…悪い…エアリィ…。)


ドラゴンの大口がバリーを補食しようと顔を近づけたバリーが死を悟ったその時…。


「妹キック!」


身長3メートルの妹(リン)が弾丸のように飛んできた。


「バリーーーーーー!無事!?」


「多分、人生二度目の走馬灯を見たよ…。

助太刀サンキュー。


つかリン、その身長は…?」


「普段、姑息に魔符とか罠で戦ってるのにその魔符や素材の入ってたポーチ忘れてどうやって戦う気だったんですか?

それと一緒に忘れてった中から妖精の粉を固めた『豆腐』でしたっけ?

あれを拝借しました。」


「…あれ、塩分多いからお前の身体の芋が枯れないか心配だな…。」


「緊急事態です、口答えしないで下さい。」


「不味い!二人とも来るよ!」


リンはバリーの足を地面から半ば無理矢理引き抜き、抱えてその場から飛び退いた。


その直後、ドラゴンが尻尾を振り抜き地面を抉る。

その後エアリィが杖を振り、足と尻尾を凍り付かせ地面に張り付けた。


「おねーちゃんと私が居なかったら今頃おにーちゃんは真っ二つですね。」


「そうだな…助かった。

所で、里の住人は?」


「街のギルドの者が里の外へ避難を促している、汝らは回りを気にせずとも良い。」


「イケメンエルフのオッサン居たのか…。


で?どうする?多分討伐本隊が到着するのは早くて明日、多分この状態でなら逃げても文句は言われないけど…?」


後方へ振り向きながらエアリィに問う。

その問いにエアリィは当然のように自信満々の顔で答えた。


「僕は天っ才魔法使いだよ?明日の討伐隊の到着の前に僕達で倒しちゃおう!」


「ハハハ…ですって、エルフの戦士隊のリーダーさん。」


「若いな…しかし、その意見には賛成だ。」


「か弱い妹に尻尾を千切られたトカゲなんてらくしょーですよ。」


「りょーかい、じゃあお互い死なないように討伐しましょう。」


「それ、バリーが一番気を付けてね。」


「はいはい、じゃあ…行くぞ!」


《g…g…GUUUAAAAA!》


バリーが叫ぶと同時、ドラゴンはその巨体を大きく振り回して足と尻尾を地面から引き剥がした。

しかし、その剥がされた部分は泥が剥がれて身体が露出している。


「お、ナイス!」


チャンスとばかりに泥の剥がれた足へと矢を放つ、するとドラゴンはその足から力が抜けたようにバランスを崩し転倒した。


「最強クラスのエネミーでも血は通ってるなら麻痺毒効くな…。

エアリィ!こいつの泥、落とせるか?」


「モチロン!避けてね!

泥だらけのドラゴンはぁ…流水洗浄だぁ!」


エアリィの杖から大量の水が噴出、ドラゴンの身体を包むと身体に付着した大量の泥が洗い流された。(ついでに周囲の破壊された家屋の火事も消化された。)


「追撃します。」

「これ以上…里を破壊させん…!」


水が止まった所にリンとスウェンが走る。

リンが蹴りで尻尾を、スウェンが腰から抜いた長剣で片翼を切り落とした。


《GYAAAAAAAAAAAAAA!!!!》


「なんで尻尾再生してるんですか?トカゲですか?トカゲでしたね。」


《GGGUAAAAAAAAAA!!!!!!!!!!!!!》


ドラゴンがその巨体を持ち上げると天に向けて大きな咆哮を上げる。

その顔が再び下に下がると大量の泥を口から吐き出し、真下から遠方へ凪ぎ払う。


「体内から泥出せるとかアリ!?

と言うか、あっちの方向って…。」


「まさか、住民が避難した方向か…!?」


「姑息トカゲ…!」


急いでリンが跳躍して横から顔を蹴り飛ばすが、吐き出された泥がネルムが率いる避難中の住民を襲う。


「マズイ…!」


泥が住民の間近に迫ったその時。


「…。」


黒の甲冑に紫のマントを纏った騎士が攻撃と住民の間に割って入り手を翳す。

するとまるで泥は見えない壁に遮られるように空中に張り付き、その後音もなく地面に落ちた。


「誰だか知らないが助かった…。

あっちは鎧の人に任せて…エアリィ、何かトドメになりそうな魔法ある?」


「モチロン!その間の時間稼ぎ、よろしくね。」


「りょーかい、毒と罠を総動員させてやr…。」


二人が意気込み、ドラゴンと向かい合ったその時。


《GAAAAAAAA!!》


ドラゴンは残った力で斬られていない片翼を大きく羽ばたかせて女神像と周りの家屋、そしてバリーとエアリィを風で巻き上げ遠方へと飛ばした。


「おねーちゃん!おにーちゃん!」


咄嗟にリンが追いかけようと走り出す、しかしその前に先程の黒の甲冑の騎士が立ち塞がる。


「止めなさい、貴女も知っているでしょう?

女神様が御作りになられたこの世界は球体ではなく『平面で出来た天動の星』。

そして、このエルフの里はその星の淵からほど近い端の端。


あの方向へ飛ばされては助かりませんよ…。」














~~~~~~~~~~~~~


ドラゴンに飛ばされ、平面で出来た星の淵から外れたバリーとエアリィは綱を取り付けた矢を淵ギリギリに生えていた樹に放ち、刺さった所にぶら下がる事で辛うじて落下せずに耐えていた。


「エアリィ…手を離すなよ…!」


「言われなくても…!

でも、ここからどうすれば…?」


「どうにか持ち上げるから体重の軽いお前が先に登ってくれ…ゆっくり…。」


「うん…。」


バリーがエアリィを掴んだ手に力を入れて持ち上げようとしたその時…。


音もなく刺さった矢が抜けて二人は落下…!


…しなかった。


「死にたかったなら余計な事したなぁ…料理人。

でも、約束のドラゴンの調理がまだじゃないか?客をいつまで待たせるんだ?」


見た目の割には渋い声の小柄な少年…魔王が綱を親指と人差し指の二本でつまみ上げて二人を見下ろし、もとい見下しながらケタケタと笑っていた。


「あー…申し訳ございません、当店は新鮮な食材を使う事をモットーにしておりますので少々お時間を頂いております。

この状態では調理もお前に中指を立てたり殴ったりする事も出来ないので引き上げて下さるとありがたいのですが…。」


「そんな事言って良いのか?

俺が指を離せばお前らがどうなるかなんて想像がつくだろう?

主導権はこちらにあるって事を忘れるなよ?」


「と言うか、なんでニャルタくんが僕達を助けてくれるの?」


「さっきも言ったが、俺はお前らを殺す気もない。

それに、ここで料理人があの世にトンズラするとドラゴン料理が食えなくなるしなぁ。」


「だったら主導権は半々だ。

さっさと俺達を引き上げろ下さいクソ魔王様。」


「あいあい。」


魔王は雑に二人を引き上げるとそのまま二人は里の方向へと走り出そうとした。

そこを魔王に止められる。


「で?あのドラゴンに勝つつもりはあるのか?

役目が終わったから俺にとっちゃどうでもいい肉の塊だが、戦闘力は折紙付きだぜ?」


「だいじょーぶ!僕は天っ才魔法使いだからね!」


「ほぉーう?

で、天っ才魔法使いのじょーちゃんに質問だが『杖もなしにどうやって魔法を制御するんだ?』。」


エアリィの手には先程まで握られていた筈の古木で出来た背丈ほどの杖が無くなっていた。


「フーハッハッハッ!

飛ばされた時に広大な森に落としたかはたまた世界の淵の外に行ったか知らないが制御する杖もなかったら天才も木偶の坊だなぁ?」


「う…うるさい!」


「でも、勝ちたいんだろう?」


一頻り笑い転げた後、魔王は何処からともなく一本の剣を取り出した。

その剣には所謂スチームパンク風の装飾が施されて魔力を通す機構が備わっている。


「これって…?」


「ネルムくんも持っていたヤツだったな…。

機械都市で作られた最新の武器だとか。」


「また料理人に『無銭飲食だ』といちゃもんつけられたくもないからねぇ。

じゃ、せいぜい頑張ってくれよ?」


後ろを向き、手を軽く振ると魔王は黒い穴を空間を作り出しその中の消えていった。


「殺そうとしたり助けたり…本当に何がしたいんだ…アイツ…。」


「そんな事より…急ごう!」


二人は再び里へと向かい走り出した。













~~~~~~~~~~~~~~~


バリーとエアリィが飛ばされてからドラゴンは距離を取り、泥を吐き出す攻撃と翼や腕で物を飛ばし遠距離攻撃による牽制と避難している住民を狙っている。


「トカゲのクセに姑息に頭が回る…!」


「本来なら私も攻撃へ回りたいのですが、女神様の信徒たる住民達への攻撃が激化してます。

間も無く我々の騎士団も到着致しますので辛抱を…。」


「無論…だ…里は我々が守る…!」


スウェンは意気込んでいるものの先の魔王の奇襲で受けた魔法により衰弱しており肩で息をしていた。


「フフ…流石は女神様の信徒たるエルフの戦士長…期待してます。」


「承知…!」


ドラゴンが瓦礫を投げ、騎士が魔法の壁で防御。

その隙に二人はドラゴンの背中に駆け上がり残った片翼を切り落とした。


《GYAAAAAAAAAAAAAA!!!》


両翼を切り落とされたドラゴンは暴れて二人を振り落とすと今までとは非にならない量の泥を真下に向けて吐き出した。


「な…!」


粘度の高いの泥に押され二人は近くの破壊された建物に張り付けにされる。


「自棄になって体内の泥全部吐き出しましたね…。

うぅ…動けない。


エルフの戦士長は…今ので気を失いましたか。

ぽっと出の騎士、助けて下さい。」


「おや?何故です?

女神様の信徒たる里の皆さんを危険に晒しつつ女神様の理に反する魔法により産み出されたエネミーと変わらぬ魔法生物を救う道理がどこにあります?


今なら信徒の尊い犠牲一つで我々の騎士団が来るまでの時間を稼ぐ事が叶いましょう。」


魔力の壁の向こうから冷静に…否、冷酷に騎士は返す。


「合理的と言えば合理的だけど気に入らないな。」


ドラゴンの横から矢が飛んできて目に突き刺さる。


《GYAAAAAAAAAAAAAA!!!》


その矢の飛んできた方角からバリーとエアリィが駆けつけた。


「リンちゃん、お待たせ!」


「おねーちゃん…無事で良かった。

おにーちゃん…死に損なったんですね。」


「…まぁな。

じゃあエアリィ、色々とやってくれた礼代わりにトドメよろしく。」


バリーはドラゴンの足元に先程同様に麻痺毒の矢を放つ。


「りょーかい!走りながら溜めた魔力、魔法剣バージョン…食らえぇぇぇぇぇ!」


矢を受けてよろけた所に風で作られた巨大な刃が旋風と共にドラゴンの長い首の中間程を通過する。


《Gu…?》


一瞬の静寂の後にドラゴンが一言唸るとその首は体からズレて地面へと落ちた。


「おぉ…まじで一撃必殺…。

スゴいな最新武器。」


「武器よりもスゴいのは僕だよ。」


「そうだな、天才天才。」


エアリィと気を失ったスウェンを泥から引き抜きながらバリーは答える。


「テキトー過ぎです。

でも、ようやく決着がつきましたね。

ゴーレムの方がトカゲよりも優れてるんです、ざまぁ見ろ。」


「なんだかんだで一番根に持ってたのはエアリィよりもリンだったんだなぁ…。」















~~~~~~~~~~~~~~~


「いやはや、先見隊である貴殿方が討伐まで至るとは恐れ入りました。」


魔力の壁を解いた騎士はスウェンの応急処置をしながら称賛している。


「さっきは犠牲に~とか言っていたけど、真っ先にイケメンエルフの兄ちゃんを助けるんだな…。」


「それは勿論、彼は女神様の信徒です。

女神様の信徒なら女神様の為に命を張れる筈ですし、生き残ったなら我々騎士は丁重に扱う。

それのどこに矛盾がありますか?」


「はぁ…てか、そもそもアンタは誰なんだ?

恐らくドラゴン討伐の本部隊で機械都市の騎士って事は分かるけど…。

俺、そもそも騎士に関しては教会に所属する部隊って事しか知らないんだけど。」


「申し遅れました、仰る通り私は都市の騎士団の部隊長の一人。

女神様に仕える際に人から渡された名は捨ててしまいましたので騎士団内での呼び名である『静謐卿』とお呼び頂いて結構ですよ。」


兜を取ると深い青の髪を一つに結った若い男が笑顔で握手を求めて来た。


「はぁ…まぁ、よろしく。」


「しかし、汝は何故一人で来たのだ?

他の騎士団は…。」


「我々は今回、討伐小隊を編成したのですが途中で女神様の御神体である像への異変を感じ、一人で先行させて頂きました。」


「コイツの女神サンの信仰心と女神サンの御神体への攻撃の察知能力は桁外れだからな!」


静謐卿が説明してると後ろからもう一人の騎士、静謐卿とは真逆の白銀の鎧に水色に金の装飾をしたマント、褐色の肌に赤黒い短髪の大柄な男が静謐卿の肩に手を回して親指を立てた。


「えーと…アンタは?」


「オレは『灰擦卿』って呼ばれてるコイツ(静謐卿)と同じ騎士団の部隊長だ!」


「遅いですよ灰擦卿。

女神様の信徒たる里の住人は?」


「心配すんな、オレの部隊の他のヤツ(騎士)らが保護してる。

報告がてらコイツらがこっちに連れてけって言われたから来ただけよ。」


灰擦卿と言われた騎士の後ろにはネルムと整った顔立ちだがエアリィやスウェンよりも壮年と思われる男が着いてきていた。


「バリーさん!エアリィさん!ご無事で何よりです!」


「お?ネルムくんも住人の避難お疲れさま。

このエルフのオッサン…?は?」


「長(オサ)…。このスウェン、女神様の像を守護する事叶わず申し訳ありません。」


スウェンの言葉でバリーは目を丸くした。


「え…?長?エルフって案外若い人を長にしてるんだな。」


「え?どう見てもおじいちゃんでしょ?」


「あ、ハイ…他人種の年齢の違いなんて他人種が見分けられる訳ないよね…。」


エルフの長はスウェンの頭に手を乗せてエルフの言葉で話しかけた。


「エナヤシエナヤシ(仕方ない仕方ないね)。」


その後、バリー達の方を向いて頭を下げた。


「アドヌシヌザニソメラダフニヌウジェデガコオンナフチアン。

ウユクナシジァム。」


「え?なんて?」


「長は2000歳越えた長寿のエルフだから長の言葉は普通のエルフの言葉よりわかりづらいよね?僕が翻訳するよ。

えーと、『ありがとう、おかげで住人は無事だったよー。』って。」


「ご丁寧にどうも。(普通のエルフの言葉との違いは分からないけど…。)」


「オメド、アナックスオヂセモナラクオヨカカテラサヲックボクオユルコヨスイッチマガン。(しかし、女神様の像や食料庫を破壊されてしまったからこの里はもう駄目かも知れない。)」


「女神様の御神体にはエネミーを遠ざける権能があります。

戦士の少ないこの里ではエネミーの驚異に晒された状態での存続は厳しいでしょうね。」


「食料庫もパァだしな。

気にすんな、エルフのヤツらは俺の部隊が預かって機械都市で世話してやるよ!」


「また軽率な…しかし、大切な女神様の信徒です。

貴殿にお任せしましょう。」


「おう、『女神様へのお祈りをもう三日もしてない…私は騎士失格だ。』と禁断症状出してるお前はキモいからな!

騎士隊長が二人も不在なのは良くないし、報告の為にもさっさと機械都市に帰れ帰れ!」


「キモいとは女神様に身を捧げた騎士でありながら毎夜毎夜女性遊びを止めない貴殿には言われたくないですね。

では、このエルフ達はくれぐれもよろしくお願い致します。」


「女遊びは女神サンを穢れた目で見ないオレなりの誠意だぜ?

それに…。」


灰擦卿の軽口を静謐卿は無視して後から到着した部隊のから半分、自分の部隊を連れて去って行った。


「イヤミだけ言って帰っていきましたね…あの黒騎士。」


「まぁ、悪い人ではないとは思うけど…。」


「悪かったな、アイツは女神サンへの信仰心が騎士の中でも一番強いせいで他が見えてなくて色々と危ないんだわ。

さて…オレ達も日が明け次第エルフを連れて行くか。


おい『篝火』、エルフ達に『日が明けたら飲まず食わずの行軍だから準備しておけ』と言っておけ。」


いつの間にか灰擦卿の後ろに着いていた『篝火』と呼ばれた騎士は軽く頷くとエルフ達が避難した方向へと走って行った。


「飲まず食わず…?」


「オレ達はオレ達の分の食料しか持ってきて無いからな。

死なないようには善処するが、オレ達も豊かな生活してる訳じゃないし。

途中で野垂れ死んだらまぁ、女神サンの加護が無かったって事だ。」


「エナジルマコチクニセム、ナジラアハクオテダム『ギアリス』アラッコク。(ここから機械都市まで10日はかかる、無茶を言うな。)」


「じゃあここに残っても良いんだぞ?

戦士がほぼ全員倒れて、女神サンの加護もないこの世界の端っこに。」


エルフの長が灰擦卿に言い寄るが、灰擦卿それに対して睨みを聞かせながら不利な選択を迫る。


「えーと…じゃあ提案なんだけど。

ここに見た目はゲテモノだけどいくら食べても無くならなそうな量のたんぱく質の塊がある。

それを道中の食料にするってのはどうだ?」


バリーはドラゴンを指差してニヤリと笑い、提案した。
















~~~~~~~~~~~~~~~


「と、言うわけで今回はシンプルにジャンジャン焼いて行くぞ。

リンはドラゴンを一口大に解体、串に刺してくれ。

ネルムくんは焼けたのを配膳お願い出来る?」


「了解。」

「了解です。」




「エアリィは俺のを見て同じように焼いてくれ。」


「分かった。」


「じゃあ、串刺しにした肉を中火で焼いてしっかり味を着ける。」


「しっかりってどのくらい?」


「普通に摘まむよりも『少し多い』と思うくらい。

先端に多め、手持ち側は少なめを意識してくれ。」


「テキトー…。」


5分程焼いたらバリーは金属の薄い膜のような物を取り出して肉に巻き付けた。


「それは?」


「軽い金属を薄ーく伸ばした膜。

これで巻いて蒸し焼きにすると硬くならずに焼く事が出来るし、肉汁も外に出ていかない。」


「へー。」


「これで更に2分程焼いたら、生焼けで無いのを確認したら…。

『ドラゴン肉の串焼き』完成!


と言うわけでリン、味見。」


リンを手招きして一串渡すとリンは味付けの薄い一番下を千切って口に入れた。


リンの体が隆起して伸びる。

既に一度測ってはいるが、バリーが伸びた身長を測ると139cm、大差は無いもののテールスープを飲んだ際より伸びていない。


「流石に誤差だとは思うけど…。

脂と共に魔力も落ちた?」


「バリー、焦げてるよ!」


バリーは考え事で手が止まり、気がついたら肉が少し焦げている。


「あーあ…ごめん。

これは俺が食べるか…。


ネルムくんも食べる?」


ちゃんと焼けた串を一方ネルムに差し出す。


「良いんですか?」


「味見兼役得ってことで。

隣の食いしん坊エルフは『味見』って言って既に5本平らげてるし。」


「だって、動き回ってお腹空いたし…。」


「里のエルフの分もしっかり焼いてくれればいいよ。」


「じゃあ、失礼していただきます。」


ネルムは串にかぶりつき、ハフハフと熱そうに呼吸しながら咀嚼、少し涙目になりながら呑み込んだ。


「表面はカリッとしてますが中は肉の柔らかい弾力があって美味しいです!

脂もしっかり閉じ込められていますし、肉をただ焼いただけのパサパサ感はないですね。」


「この金属膜で包み焼きにするとしっかり中に熱を通しつつ、柔らかく仕上げる事が出来るんだ。

鉄板や網も汚しづらいし、便利だろ?」


「面白いな、俺にも一本くれよ。」


若いエルフが肉を焼いている鉄板の前で渋い声で要求したので「ハイハイ」と言いながら声の主に串を一本差し出す。


「サンキュー。」


若いエルフが差し出された串を受け取ろうと手を伸ばすとバリーはそれを避けるように手を持ち上げた。


「その声…お前魔王(ニャルタ)だろ。」


「良く分かったな、良い声だろ?

機械都市に潜入してた時には演劇舞台で声の仕事もしてたんだぜ?」


「おたずねものが何してるの…。」


「騎士のみなさん、呼びますか?」


ネルムがエルフ達を機械都市へ運ぶ準備をしている最中の騎士達の方へ足を向ける。


「おいおい、今回料理人とエルフの嬢ちゃんが死なずに済んだのは誰のおかげだと思ってるんだ?」


「そもそも貴方がドラゴンを生み出してこの騒ぎを起こさなければおねーちゃんとおにーちゃんは危ない目に合わなかったんですが?」


「リンちゃん、良いよ。

騎士さん達呼んでもこっちに来る前に逃げると思うし。」


「確かに、でも騎士に報告せずに食うからにはこっちからも要求をだすぞ。

お前は何者で、何が目的なんだ?」


「そんな事聞いて何になるんだかなぁ…。

まぁ少なくとも料理人、お前は『こっち側』だろうから話してやろうかね。


俺の目的は戦う前に言った通り、『女神信仰』の根絶。

俺の正体はそうだな…『停滞の為に全力疾走する者』とでも言っておくか?


どうだ料理人、お前が俺に与するならこれからはお前の好きな性質のエネミーを作ってやるぜ?」


「目的は宗教戦争かよ!無神論者に宗教の勧誘するな!」


「ま、そう来るよな。

じゃあ、お前らはこれからも変わらず絶滅を待つ側の生き物って訳だ。


ごちそうさん、また来るぜ。」


そう言って手を振ると魔王は周りの闇と同化して消えた。


「おう、二度と来ないでくれ。

…今回は前払いで貰うもの貰ってるし、食い逃げとは言えないか。」


「貰うもの?魔王から何か渡されたのですか?」


「この剣をニャルタくんから貰ったんだ。

僕は剣技は知らないし使えないけど、魔力を通してくれたから杖の代わりとして使えたよ。」


「あ、それ僕の剣です!

里の人の避難誘導をしてた時に人混みにもみくちゃにされた時に落としたんですよ。」


「…。」


「……。」


「………。」


「あの食い逃げ魔王ぉ!

次会ったら覚えておけよ!」














~~~~~~~~~~~~~~


明け方、エルフの里の住人は騎士の隊列に守られるように列に加わり、里を発とうとしていた。

それを見送るバリー達の前にエルフの長とスウェンが出てきた。


「ウユカナサッタニナウェシジャム」


「えーと、なんて?」


「『ありがとう、世話になった』と長は申している。」


「仕方なくでもあんた達がエネミーを食ってくれて嬉しいよ。

…エアリィの事は。」


「…アドネネキエテルタサヂラチキサテミコナマシマゲマヘロク、オデキウラワヒンエアリィ。」


「『エアリィには悪いが女神がお決めになったしきたりを反する事は出来ない、申し訳ない。』」


「ス…マ…ナイ。

ウキソロヨマラケロク、タヤシナキジャマホトカテルケチサウェソワエアリィアラカヅタユィイアハツナ。」


「『あんたの人の良さを見込んで、これからもエアリィはあんたにお任せしたい。

よろしく頼む。』」


「エアリィがそれで良いなら俺は責任を持って面倒を見るよ。」


「そろそろお別れは済んだか?

済んだならさっさと行くぞ。オレらとしてもなるべく早く機械都市に帰りたいからな。」


あくびをしながら灰擦卿は催促をした。


「ああ、行って構わない。

しかし、我…いや私は悪いが貴様ら騎士とは一緒には行けない。」


「俺は別に構わないが、理由は?

女神サンへの離反か?」


「女神様へではない、貴様の仲間である静謐卿へだ。

彼は私達の里の民の為、女神の為とは言いつつも犠牲を伴わない発言をした。

騎士としては正しいのかも知れない…しかし、私は人として彼に恐怖した。

戦士として不甲斐ないが、私はバリーそしてエアリィ達と共に森の国の街に世話になろうと思う。

女神様より祝福を受けた騎士への反感が女神様への離反となるのならその罰、受けよう。」


「…あっそ、別にオレ達への反感が女神サンへの反感とはオレは思ってないし、そもそも女神サンから離反した所でオレは構わないと思ってる。

勝手にしてくれ。」


灰擦卿は興味なさそうにあっさりと返すと隊列の先頭に戻り、進み始めた。


「私、結構覚悟を決めて言ったつもりなのだが。」


「その覚悟、俺達に流れ弾来る可能性もあったから事前に言って欲しかったんだけど。」


「すまない、と言うわけでお前達の街で世話になりたい。

よろしく頼む。」


「断る、って言ってももう言っちゃったし…。

俺はエルフ達が良いなら別に構わないけど…。」


心配そうにバリーはネルムに目線を移す。


「まぁ街のギルドは流れ者の集まりですし、僕の方からキルスさんには言っておきます。」


こうして、街のギルドにエルフの元戦士長が仲間に加わった。






























~~~~~~~~~~~~~~


機械都市へと向かう灰擦卿率いるエルフ達の護衛部隊が行軍している最中。


「ん?アレは…。」


一番前で指揮を取っていた灰擦卿が目にしたのは数刻先に機械都市へ向かっていた筈の静謐卿とその部隊が待ち構えていた。


「静謐卿?いったいどうし…。」


言い終わる前に静謐卿は灰擦卿の横を通りすぎ、鋭い爪を持った籠手でエルフの長の腹を突き刺してそのまま裂いた。


「いけません…貴殿方エルフの腹から女神様が御作りになられていない邪悪を感じます…。

しかしご安心を、今すぐ私が全て取り除いて差し上げましょう…。

さぁ、貴殿方もエルフを救って差し上げなさい」


長の突然の襲撃で慌てふためき、散り散りに逃げたエルフ達。

長の腹から胃を取り除いた静謐卿が指示を出すと騎士達はエルフ達を追って捕まえると同じように腹を裂いて胃を引きちぎった。


「あーあ…もったいない、腹に何が詰まってても信者は信者だろうに。」


「灰擦卿…!これはいったい…?」


この惨状に驚いた篝火に対して灰擦卿は呆れたように返事を返した。


「あれ?篝火お前アイツ(静謐卿)の事知らなかったっけ?

俺は別に毎日手を合わせる程度の信じる気持ちさえあれば女神サンの信者と思ってる、けどアイツは違うらしい。


女神サンを信じるからには全てを女神サンに捧げるべきなんだとさ。

今回はアイツらの腹の中に魔王の作ったエネミーの肉が詰まってるのが気に食わないらしいな。」


「止めないのですか?」


「面倒だし、戦力的にも立場的にも止めるメリット無いからな。」


そう言っている間にエルフ達は腹の割かれた屍の山に変わっていた。




「女神様…信徒達の穢れた臓物は私が清めましたよ!

ハハハハ…ハハハハハハハハハハ!」

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