第9話 普通の井戸水
─エルフの里─
魔力に長けたエルフ達が住まう小さな集落で中心に奉られた大きな女神像を中心に半径500m程度に恐らく100人程度のエルフが暮らしている。
その外れの空き家に一行はエルフの戦士長スウェンに連れられて入った。
「討伐本隊が到着し、我々が呼ぶまではここで待機していろ。
ここにあるものは自由に使って構わない。
井戸は裏手にある、食事は日に二度程持ってこさせる。
エネミーを食べようなどと邪な考えはここでは止めて貰うぞ。」
「何が邪だよ?エネミーによる食料問題をエネミーで解決する画期的案だと思うけど。」
「うるさい、もう夜だ。
里の静謐を守るために汝らも女神様に祈りを捧げたらさっさと休め。
くれぐれも必要外に外に出るな。」
そう言うとスウェンは空き家を去り、戦士一人と交代して夜警についた。
気がつけば外はもう真っ暗で里には夜警の戦士数人を除いて屋内で灯りを落とすか女神像に向けて手を合わせている。
「随分と女神信仰が厚い所らしいな…。」
「ウードリアの街にも女神像はありますけど、小さいですし祈りを捧げてるのも教会に通うような一握りですもんね。」
「事務員、料理人、貴様らはどうなんだ?私としては女神信仰など思考を放棄した破滅主義者の集まりだがな。」
「極論だなぁ…まぁ、俺も信じては居ないんだけど。」
「ボクも正直…女神像は大昔に女神様自身が建てた権能で魔除けの加護によって周囲を護ると言われてますけど、それならウードリアの街にも時々出没するエネミーはなんなんだぁの話ですし。」
ジィは二人の答えに「そうか。」と一言だけ返す。
「そう言えばエアリィは俺が知る限りだと女神サマに手を合わせているなんて事無かったけど、もしかして信仰してない?」
「うーん…僕もここに居た頃は朝と食事前、寝る前にはお祈りしてたけど、意味分からずにお祈りしないとご飯を食べさせて貰えないから手を合わせてたし、僕以外の若いエルフでもそう言う人は居たと思うよ?
里から追放もされたし、バリーもやってないからいつの間にかやらなくなっちゃった。」
「リンは…聞くまででもないか。」
「私はおねーちゃん以外は信仰しません。」
リンはドヤ顔でピースして返した。
「エルフが女神を信仰していないのは意外だが、まぁ良いだろう。」
「エルフの里でエルフって呼ぶと紛らわしいからいい加減名前で呼んでよ…。」
「知らんエルフはエルフだ。」
そう言いながらジィは「寝る。」と言わんばかりにいくつかある寝室の一つに入って行った。
「聞きたいことだけ聞いてさっさと寝たなぁアイツ…。
俺達も寝るか。
見たところ、寝室は今ジィくんが入った部屋含めて三部屋だから残りの二部屋は悪いけどエアリィとリンで一部屋、ネルムくんが一部屋使ってくれ。
俺は寝るのに良さそうなソファーがあるからコレで良い。」
ソファーに備え付けてあったクッションを枕のように並べながらバリーは三人に部屋に行くように促す。
「良いんですか?バリーさんは戦闘とかで道中のまとめ役でお疲れでは…。」
「いーのいーの、エアリィ達は女性だし。
エルフの里にはネルムくんの機転がないと多分入れてもらえなかったから。」
「…ではお言葉に甘えさせて頂きます。
おやすみなさい。」
「バリーおやすミンミンゼミ。」
「おやすみなサイコロステーキ。」
「寝る前なのにうるさくて胃がモタれそうだなぁ。
おやすみー。」
手をヒラヒラと振りながらバリーは三人を送り出した。
~~~~~~~~~~~~~~
数日前
森の国ウードリアのギルドにて
「はぁ?地下の非常用保存食の倉庫から物音がする?
ネズミでも入ったんじゃあねぇの?」
ギルドのリーダー、キルスが受付嬢のサンから相談事を受けていた。
「それが…ネズミにしては音が大きすぎるんです。
ネズミでも問題がありますし、エネミーとかが入り込んでいたら困るのでついてきていただけませんか?」
「慣れねぇ事務仕事をやらなくても良い時間が増えるから良いぜ。
しかし、優秀な事務員が長期間いねぇってたった一人でも大変なんだな…。
ほら俺様って、ガキの頃から机に10分以上向かってると蕁麻疹出るだろ?」
「知らないですし、出てないですよ…。」
キルスが大笑いしながら地下の倉庫へ二人は向かった。
「ここか…確かにネズミが忘年会でもやってない限りはこんなデカイ音ならねぇな。
じゃあ、いっちょ退治するか!」
扉の前に立つと人一人が暴れているような音が響いていた
「あ、その前にサン一ついいか?」
「?
なんですか?」
「せっかくジィのヤツも居ねぇんだから今夜俺と…。」
「お断りしますセクハラですよさっさと仕事してください。」
笑顔で食いぎみに断ったサンの言葉に呼応するかのように倉庫内の何かの音は激しくなり、扉に激突してきた。
「このナイスガイを前にしても最近の若い娘は貞操観念がしっかりしてて悲しいぜ…。
鍵をよこしたら下がってろ。」
サンから倉庫の鍵を受け取ったキルスが慎重に鍵を開けると扉が勢い良く開き、そこから縄を後ろ手で縛られた半裸の男が飛び出してきた。
キルスはバックステップで扉を回避すると男の突進を受け止める。
「男を抱く趣味はねぇんだけど…ってお前、ジィじゃねぇか!
どうした!?大丈夫か?」
「キルスさん…コロス…。」
「殺意よし!元気だな!
サン、取りあえず食堂から水と消化に良さそうなモンパクって来い。
ジィ、お前は一週間ちょっと前にバリー達とドラゴン討伐に行ったんじゃなかったのか?」
縛られた縄をナイフで切り、自分の外套をかけながらながらキルスはジィに問いただす。
「そうだ!あの子どもは…?
私をここに閉じ込めて私に化けた子どもが居たんです。
アイツは自分の事を…。」
「マジかよ…つまり、今バリー達と居るのはジィじゃなくて…。」
~~~~~~~~~~~~~~~
深夜、バリーは木の床材が軋む音を聞き取り目が覚めた。
音の方向を見るとこの二週間ですっかり見慣れた白銀の鎧を身に纏った背中、ジィが拠点の空き家から出ていく姿が見えた。
「…。(便所か…?いや、でも鎧と槍装備してたよな…。)」
ジィが空き家から出ていってから数分後、バリーも音を立てないよう追跡を始めた。
「…!?」
空き家を出ると爪先に何か重いものが当たる感覚。
下を見るとそこにはエルフの男が青ざめた表情で横たわっていた。
「死んでは…いないな。
何があったかは…答えられないよなぁ。
穏やかじゃねぇな…。」
兵士には井戸の水を飲ませると里の中心、女神像の方へと向かって行く。
そこには倒れたエルフの戦士に囲まれながらも女神像に向かって立っている男が一人。
「やぁ、ジィくん斬新な寝間着だねぇ。
便所行くなら俺にも声かけてよ、こう見えても夜中一人じゃ便所行けないタイプなんだよ俺。」
「それはすまなかった…と言えば帰るのか?料理人。」
「ジィくんの返答次第だなぁ。
…なんでここらのエルフを昏睡状態にしたんだ?」
「さて…なんの事かな?
私は寝付けないからこの辺りの散歩に出ただけだし、このエルフ達は怠慢なのか最初から眠っていた。」
「流石にその言い訳は苦しくない?
いい加減、本当の目的を言ってくれないか?」
「就寝前に事務員から聞いただろう?
女神像は信仰の対象、魔除け加護があると。
そして同じく『私』からも聞いたであろう?
女神信仰なぞ破滅主義者の集まりだと。
『俺』の目的はその破滅主義者の信仰を破壊して、女神を亡き者にする事だよ!
フーハッハッハッ!」
ジィは大笑いすると手に持った槍を大振りして女神像の首を両断、バリーの方へと振り返ると体が歪んで2メートルはある細身の長身でその足元まで届く長い銀の髪の毛、血色があるとは思えない真っ白の肌の男へと変貌を遂げた。
「久しぶりだなぁ、料理人。」
「………いや、誰だよ?」
「そう言えば前に会った時は『僕』だったか?」
思い出したかのように再び体を歪めると見たことのある10代半ばの小柄の身体、かつてコカトリス討伐で出会った『ニャルタ』と名乗った少年の姿へと変貌した。
「お前…あの時の…。」
「そう、俺「僕」はあの時にお前「君」の前で圧倒的力を示してやった「あげた」」
「あの時の食い逃げ魔王!」
「そう、食い逃げ魔王…。
…え?」
魔王が三度身体を歪めて姿を戻そうとしていると予想外の返答が帰って来て姿の変化が止まり、外見が子供のまま声だけが渋い低音のちぐはぐな状態になった。
「お前…状況分かってるか?
そもそもあの時他のヤツには金なんて取ってなかっただろう?」
「感想も言わずに去っていった時点で食い逃げだ!
たとえ無償でも『美味かった』の一言が嬉しいモンなんだよ!
作らねぇヤツと倦怠期の夫婦はソコんところ分かっとけ!」
「待て待て、普通ここはエルフの兵士を全滅させた事とかに怒るパターンだろ?
倦怠期の夫婦とか俺の知った事じゃあねぇよ。」
想定外の怒りに呆気を取られながらも極めて冷静な口調で返した。
「あ?エルフ?気の毒だとは思ったけど、俺の依頼はエルフの里の防衛じゃないし、結局は他人だから今はお前の食い逃げの方が大事だよ。
ジィくんに化けていた道中でも人一倍おかわりはするクセに感想言わねぇんだからさぁ…。」
怒りに任せて魔王の頭を抱え込み、そのまま拳でグリグリとヘッドロックをかける。
激しい言葉攻めに圧倒されてか魔王も抵抗はしているもののヘッドロックを素直に受けている。
「それに…。」
十秒ほど抑え込んだ後、バリーは手を離す。
魔王が悔しそうな目でバリーに向けて振り返った瞬間。
「アレ…首が…?」
後ろからナイフを一閃、昏睡から目覚めたスウェンが虚ろな表情をしながらも魔王の首を斬り落とし、身体から離れた首は地面とぶつかり鈍い音を立てた。
「コレはコレで時間稼ぎだったから。」
「はぁー…はぁー…汝…魔王にヘッドロックかけるなんて歴戦の勇者でもあり得んぞ…。」
「食い逃げは世界より重い。」
ポーチから水の入った容器を取り出し、スウェンに渡しながらバリーはまだイライラした表情で答える。
「そうかぁ…食い逃げは世界よりねぇ…頭に入れて置くことにするかねぇ。」
低く響く不気味な声と共に首とは違い、直立したままだった魔王の身体が動きだし、己の首を持ち上げた。
「まったく…首を刎ねられたのなんて何百年ぶり…いや、この前作ってる途中のエネミーにぶった斬られたな…。
まぁ、いいや。」
「な…首を落とされて生きてるだと…?」
「知らなかったか?俺は女神の寵愛とやらを受けたモノの攻撃以外では死なないんだよ。」
「しかし…我は女神ミクシス様を信ずる者…!
何故…。」
「何故って、それは女神にとってお前の信仰は寵愛に値するモノじゃないだけだろ?知らないが。
まぁ、そんな事はどうでもいい。
お前らに首を斬られた所で俺にとってはガキの溢した飲み物が服に引っ掛かったのと大して変わらないし。
料理人。
仲間を連れて帰ると良い。」
「は?」
首を斬られた怨みに襲いかかって来るかと思っていたバリーは突然の帰還勧告に困惑の声を上げる。
「俺は誰彼構わず殺す訳じゃあないんだ。
エルフの連中はともかく、女神を信仰してないお前らを殺す気はないって話だよ。
どのみちお前らの目的のドラゴンはコレからこの里を潰すのに使ったら用済みだから消すつもりだしな。
な?悪くないだろ?」
バリーはその問いに少し考えた素振りを見せて複雑そうな顔をして答えた。
「確かに依頼は達成するし、ドラゴンと戦うのを避けられるのは願ったり叶ったりだ。
俺にとってはエルフの里が潰されるのは無関係な話だし。
…でも、俺はドラゴンを調理して食うのが目的だから消されるのは困るんだよなぁ。
だから、ニャルタくんの申し出はお断りって事で。」
頭を掻きながら、中途半端な角度で頭を下げヘラヘラとした顔を魔王へと向けた。
「そうかそうか…だったら後悔しないよなぁ!?」
魔王は天に向けて右腕を挙げてパチンッと大きく指を鳴らした。
《Graaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!》
すると大きな咆哮と共に月の出ていた空を巨大な影が闇に落とし、その影がバリーやスウェンの前の破壊された女神像の上に降り立った。
「お前の目的のドラゴンだ、美味く調理してくれよ…?」
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