第8話 ぼたん鍋
街を出発し森を進んで2週間、一行には疲労の色が見えていた。
…一名を除いて。
「森の奥に行けば行くほどエネミーも数が多くて、俺の食料庫もホクホク…悪くなる前に食べないとな…。」
「なんで貴様は毎日のように戦闘を行ってるのにそんなに元気なんだ…?
所でエルフ、予定では10日では無かったのか?
もう2週間になるぞ。」
「エルフじゃなくてエアリィ!覚えて!」
「彼女の以外の女の名前を覚えるつもりはない。
で、どうなんだ?あとどのくらいなんだ?」
「…」
エアリィは冷や汗をかきながらそっぽを向いて口笛を吹き始めた。
「貴様…まさか…。」
「だって、仕方ないじゃん!284年間マトモに里の外に出てないし、追放された時には遠くに逃げるのに精一杯だったし!」
「貴様…!」
思わず武器に手をかけたジィ、その手をリンが掴み抑えた。
「おねーちゃんに手を出すならこの手、折りますよ?」
「二人ともイライラするなよ…。
でも、なにも手がかりはないよなぁ…。」
「はぁ…仕方ない…貴様ら、私に着いてこい。」
ジィは呆れた顔をした直後、確信を持った歩みで歩き始めた。
「何かアテはあるの?」
「貴様が原因なんだから黙って着いてこい。」
~~~~~~~~~~~~~~
憎まれ口を叩かれながらもジィに着いていくこと数時間、更に鬱蒼とした巨大な木々が立ち並ぶ樹海へとたどり着いた。
《ブゥ…》《ブヒブヒ》《オィンクオインク》
そこには螺曲がった4本の巨大な牙を持つ巨大な猪が20頭程度の群れをなして辺りの植物を貪っていた。
「アレは…エネミーか?」
「あんなにねじれた牙してる猪見たことないし、多分エネミーだとおもうよ?
どうする?僕の魔法でドカーンと行く?」
「お前、ぶっぱ癖ついてない?
まぁ、良いか…じゃあ、行くかドカーンと。」
「よーし、ドカーン!」
《ブヒィィィィィィ!》
ドカーン!と群れの中心に爆発が起き、猪の群れは外側に居た数匹を残して息絶え、生き残りは一目散に森の奥へ逃げ去った。
「らくしょーですね。所詮は豚ですか。」
「それはどうかな…。」
逃げた猪の方向を見たジィが呟くと逃げた猪が三倍ほどの頭数の群れで戻って、一行…特にエアリィに向かって突進してきた。
「わわ…!凄い数!」
「群れてないと何も出来ないんですか?」
「てか、ボクに向かってきてる…?」
「ドカーンが原因だろうなぁ…取りあえず、倒すぞ!」
「私が分断する。
フンッ!」
ジィが槍に魔力を込め、渾身の力で突きを放つと槍先から一直線に白い光が伸びて群れが二つに割けた。
その光の軌道上には同じ白い光の壁が現れ、群れを分断している。
「エルフ!お前は後方の高台で囮になりつつ援護しろ!
行くぞ、料理人!」
「お前、二週間も寝食を共にしてるんだからいい加減名前覚えろよ…。」
分断された片側、バリーとジィはジィが槍を振り回して大多数を討伐してその討ち漏らしをバリーが矢で片付けている。
「数が多過ぎて厄介だな…一網打尽出来る罠を即席で作るから持ちこたえてくれ。」
「この状況で罠作るのか!?正々堂々戦え!」
「あー…やだやだ、綺麗事から逃げてきた人間にはその説教は無駄だよ。
じゃ、頼んだ。」
~~~~~~~~~~~~~~~~
「はぁっ!
数が…多い。」
分断された片側、リンが拳で猪を吹き飛ばして周囲の猪を巻き込んで攻撃しているがその数は減らない。
「無限に増えてる気がしますね…。
火魔法で切り裂きますので、注意してください!」
ネルムが持っている剣を二つ折りにすると火魔法の魔符を持ち手に巻き付けて振る。
すると周囲に火柱が走り、猪の群れが燃え上がる。
《ブヒッ…!》
燃えた同胞を目の当たりにして他の猪は尻込みをしている。
「所詮は獣畜生ですか…。
おねーちゃん!」
「よーし、もう一発!
ドカーン!」
エアリィが先程よりも更に強力な爆発魔法をリンとネルムの前の群れの中心に放つと同時。
「即席だけど…これでどうだ!」
バリーとジィの前方にトゲが底に敷き詰められた大穴が出現し、群れの大半を引き落とした。
「流石にコレだけ倒せば…。」
「馬鹿者!『セーフリームニル』は一匹残らず討伐せよ!」
逃げる群れの生き残りを見て力が抜けたように呟くバリー、すると後方からバリー達とは異なる独特のイントネーションの低い声と共に無数の矢が飛んできてセーフリームニルと呼ばれた猪の残りを撃ち抜いた。
「ご助力感謝…。所でどなた?」
「我が後5分遅れていたらセーフリームニルの物量に潰されていたかも知れないのに呑気なモノだな…。
まぁいい、我は」
「『スウェン』様!?
何故ここに…?」
高台から降りてきたエアリィはバリーと話している細身で長身の金髪の"エルフ"の男を見ると驚いたように近づいてきた。
「…アヅヒレソナリトカヘロス
アヅザハチスオヒウタハマシク、エアリィ。
アキロミツモキトモウェラケキノタモナムシマガム?」
エルフの男はエアリィ冷たい口調で独自の言語で言い放つ、その目は軽蔑していると同時に威圧感を放っている。
それを聞くとエアリィは震え上がり、うつ向いて黙りこみ遠くへ隠れてしまった。
見かねた保護者(バリー)は怒りを込めて男の前に出た。
「あー…何を言ってるか知らないけど、若い娘を威圧するもんじゃ…。」
「そういう汝は何者だ?
この娘は我等がエルフの里を追放した者だ。」
「俺はお前らが捨てたエアリィの保護者だ!
そもそもなんでまだ若いエアリィを追放なんかしたんだ?
エアリィの病は他人に移るモノじゃないだろ?」
売り言葉に買い言葉、男の冷たい言葉とエアリィに対する扱いに募った怒りにバリーの口調は激しくなっていた。
「ウザラケブモキトモウェラゲキナナシマガム。
『女神様へ穢れを持ち込むな。』と言う意味の里の掟だ。
致死の呪いであるエアリィの病は女神様への穢れとなる。」
「くだらねぇ!女神とか掟の為に一人の命を…。」
「我々はウードリアのギルドから派遣されたドラゴン討伐の先見隊です。
エルフの里の方ですよね?予定より遅れて申し訳ありません、よろしければエルフの里の責任者とお話をしたいのですが…。」
怒りを露にしたバリーを制してネルム話を始めた。
「…まぁ、良いだろう。
我は『スウェン』、里の戦士長をしている。
誇り高きエルフたる我々が街の人間と手を組む気は無いのだが…。」
「しかし、元はと言えば我々の撒いた種です。」
「…分かった、着いてこい。
長と合わせよう。」
(おい、ネルムくん勝手に話を…。)
(今回はバリーさんにお任せすると拗れそうなので僕が行きます。
このような仕事の為に僕が同行したのもありますし。)
「どうした?着いてくるなら早くしろ。」
「はい、ただいま参ります。」
「あと、着いてくるのは汝のみだ。
他の者とはロクな話を出来そうにない。」
「待て、貴様のような敵対心丸見えの男に我等がギルドの職員を一人で行かせられるか。
私も連れていけ。」
「…仕方ない。
来い。
…それと汝。
勝手にエアリィを子と呼び、勝手に守ると嘯くは構わない。
ただし、同じ子を持つ親として言わせて貰うが離れたエアリィに寄り添いに行くのではなく我へと怒りをぶつける。
ソレは親ではなくただの癇癪を起こした子だ。
それと…いや、何でもない。
行くぞ。」
バリーに背を向けたスウェンはそう言い捨てて二人を連れて森の奥に消えていった。
~~~~~~~~~~~~~~~
三人が去って数分後、落ち込んだ様子のエアリィの元にをリンが向かい、連れてきた。
「敵対心丸見えなのはアイツ(ジィ)も変わらないのですが。
…大丈夫ですか?おねーちゃん、おにーちゃん。」
「俺は気にしなくて良い、何を言ってるか分からないがアイツのエアリィへの態度が気に入らない。
大方、追放したエアリィが里の近くに来たのが気に入らないんだろう?
やっぱりこの先見隊は断るべきだったか…。
悪かった…エアリィ。」
「気にしないでいいよ…元々、僕が行くと言ったんだし。」
「…。」
「…。」
「…。
…はぁ…保護者だと言うのなら何か言葉をかけたらどうですか?」
「悪い…。」
「はぁ…荷物、借ります。」
リンが大きなため息をつきながら立ち上がるとバリーの手持ちの荷物及び腰回りのポーチを全て引き剥がし、その中から道中で狩ったエネミーを含む食材と食器を取り出した。
「リン、何を…?」
「お腹が空いた可哀想な妹に食事を出さないネグレストおにーちゃんの代わりに料理を作るのですが?」
「いや…お前、食事必要な…。」
「何か文句でも?」
イライラした口調でリンが威圧するが、その裏でリンが自分とエアリィへ気を使って調理をしているのを感じて黙った。
「歩くキノコ(マイコニド)、人型植物(ドリュアデス)、妖精の粉を溶かして塩で固めたモノ、そして猪(セーフリームニル)。
…よく分かりませんが煮込めば食べられますね?」
鍋に水を入れるといつの間にか焚いていた火にかけて野菜とマイコニド、ドリュアデスを雑に放り込んだ。
「さて…。」
小さな体でセーフリームニルを二頭引き摺り、踊るように解体すると薄く切って先に入れた具材の隙間に詰める。
「最後に崩れやすそうな妖精の粉の塊を作った隙間に並べて…見た目は雑多としてますが、肉の色が変わるまで煮込めば食べられるでしょう。
味は…味噌と酒と…ショウガでしたっけ?
ここら辺をテキトーに入れましょう。」
バリーの調理姿を見よう見まねで調味料を入れて更に10分程度煮込んだら素手で鍋の両側面を掴んだリンは多少の音を立ててバリーとエアリィの前にソレを下ろす。
「そう言えば私は食事をとる必要ありませんでしたので、お二人で処理してください。
私は一口食べたら残った猪をどうにかしてくるのでついでにこの辛気くさい空気も鍋と一緒に処理して下さい。」
そう言って肉を一切れ摘まんで口に入れると近くに落ちていた長い枝を拾い上げ、伸びた自分に合わせて折ってバリーへ投げ渡し、猪の屍の山へ向かって行った。
「はは…ゴーレムのリンちゃんにまで気使われちゃったね…。」
「勝手にねぇ…そりゃ当然、俺は子供を持った事なんてないし、お前を子供扱いはしてもお前を自分の子供とは思った事無い。
本音を言うとお前を保護してるのも拾った責任感だ、お前がどこか自分の居場所を見つけたら喜んでそこに渡そうと思ってる。」
エアリィの分の鍋を取り分け、バリーは思いの丈を話した。
「それって僕の事が面倒臭いと思ってる?」
「ああ面倒臭い、俺はお前の保護者を名乗ってはいるが、それはお前が他人から見たらまだ子供に見えるからであって、俺達は親子なんて深い仲モノじゃなくてもっと浅い絆だと思ってるぞ?
お前が親子ごっこがしたいならそれでも構わないけど。」
「もしかして…僕ってバリーにとって邪魔?」
「いや?邪魔ならそもそも最初から世話するとか言わないぞ?
責任感とは言え保護者を名乗っている以上はお前のちゃんとした居場所を見つけるまでは最低限の事はするし。
それに、絆が浅いのは悪いことじゃないぞ?
切っても後腐れはないし、戻すのも簡単だからな!
深い絆に囚われる家族よりもある意味最強だ。」
開き直ったようにカラカラと笑うバリー、その言葉と様子にエアリィは安心をして渡された鍋の椀に口をつけた。
「安心したよ…確かに今まで僕がバリーをからかって『お父さん』と呼んだらすぐに訂正したもんね。」
「ちょっと違うけどだいたいはそういう事、まぁ…お前の恐怖を感じてやれなかったのは悪かったと思ってるけどな。
そういう事で、あのイケメンエルフの言ってる事は的外れって事で片付けたい。」
「意義なーし。
じゃあさ、今度からは親子ではないのを見せるためにも子供扱いはやめてね?」
「ハイハイ…善処します…。
で、我らが妹がはじめて一人で作ったぼたん鍋のお味は?」
「普通の豚肉と比べると少し臭みがあって噛み切りづらいけど、豚肉よりも脂がしつこくなくて美味しいよ。
シャキシャキしたドリュアデスは煮込むと柔らかくて甘味が増してるし、マイコニドは普通のキノコより柔らかいしダシも出てる。
この妖精の粉をキューブ状にしたモノは鍋の味を良く吸ってるし、ホロホロと崩れる食感がとても好き!
でも、味が少し薄いかなぁ…もう少し濃い方が好みかも。」
「200歳越えてるんだから塩分は気を付けなさい。」
「子供扱いはしないでって言ったけど、おばあちゃん扱いしてっては言ってないんだけど…。
それだったらバリーはまだハイハイしたての赤ちゃんじゃん!」
急な老人扱いに顔を真っ赤にして怒るエアリィとソレに対して意地悪そうに笑いバリーを遠目から見たリンは安堵のため息をついた後、バリーに「おねーちゃんをいじめるな」と蹴りを入れに行くのであった。
~~~~~~~~~~~~~~
バリーとエアリィがセーフリームニルのぼたん鍋を空にした頃、エルフの里の長との面会を終えたネルムとその護衛のジィがスウェンに連れられて戻ってきた。
「案外早かったね。
イケメンエルフの兄ちゃんもわざわざネルムくんとジィくんの道案内お疲れ様。」
「少しは落ち着いたか?
それと、我は今年で歳は1365になる、汝らで言う所で60代後半だ。
『兄ちゃん』と呼ばれる程若くはない。」
「マジで…?エルフって顔が良いだけじゃなくて老けないんだな…。
まぁ、それはどうでも良いけど…俺とエアリィはお前が思ってるよりもよっぽど浅い仲だ、そこんとこよろしく!」
「よろしく!」
何故か胸を張ってバリーとエアリィ、そしてリンはスウェンの眼前で腕組みをした。
「…汝らの言っている良く分からんが、長からの言伝だ。」
「ここからは僕が。」
スウェンの言葉を遮ってネルムがエルフの里の長から預かったと言う内容を話し始める。
「まず、我々ドラゴン討伐の先見隊は明日の明朝にエルフの里の裏手にある沼を寝床にしているドラゴンの調査に向かいます。
その後、三日後程度で到着予定の機械都市から派遣され向かっている討伐の本隊と合流次第、エルフの里の皆さんの力を借りてドラゴンの討伐を決行します。」
「いくらドラゴン討伐経験のあるジィくんが居ても俺達では烏合の衆だからなぁ…まぁ妥当なんじゃない?
報告と協力感謝、そうと決まったらまずはエネミー狩りだな。」
「鍋で殆どのエネミー食べちゃったからねぇ。」
バリーとエアリィが里とは逆方向に歩きだした所、不服そうに言葉を籠らせながらスウェンは話し始めた。
「もう一つ言伝がある。
汝らにはエルフの里の外れに空き家がある、そこに滞在を許す。」
「おや?おねーちゃんは女神様とやらに穢れを持ち込むから追放されたのでは?
急に掌を反して何のつもりですか?ブッコロシマスヨ?」
「う…うるさい、オレ…我々は里の掟に従いエアリィを追放したが、掟に従い滞在を許す!
ただそれだけだ!」
「なんですか?つまりアナタは本当は追放したくなかったとでも?
ツンデレですか?おっさんのツンデレとか需要ないんですよ?女神と里の掟の犬。」
スウェンが隙を見せたとみるや、リンは捲し立てるように鋭い言葉を浴びせ始めた。
「「本当はリン(ちゃん)が一番スウェン(様)や(エルフの)里に怒りを募らせていたんだなぁ…。」」
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