第7話 サラダ
ドラゴンと会ってから約1ヶ月後、バリーとリンは自分達の宿泊施設でリンのメンテナンスを行っていた。
「最初は嫌がっていたけど、良いんだな?」
「土に根が張れば耐久力が上がると言ったのはおにーちゃんですよね?
もう、おねーちゃんを泣かせたくはないのです。」
「自称天才のエアリィも街の外れで魔法の練習してるし、最近のクエストの取り組み方も真剣になってる気がする、お互い頑張ってるんだなぁ…。
じゃあ、植えるぞ。」
園芸用のスコップでリンの背中に穴を空けるとそこに何かを植えた。
「因みに何を…?」
「じゃがいもの種芋、根も強く張るしどう調理しても美味いからな。
体からトマトぶら下げてもいいならトマトにしたんだけど。」
「じゃがいもで結構です。
そう言えば、この前の『ハンターは戦うのではなく狩る者』とか言ってましたが…あれはどういう意味ですか?」
「ん?あれは単純な話だ、例えば鹿とか熊を狩る時に剣持って突撃するヤツなんて居ないだろ?
なのにエネミーを倒すの場合はなんかやる気バリバリで戦闘をするヤツが多くて、俺としては遠くから弓で射って狩るのとどう違うのか分からないんだ。」
「それは、素手喧嘩(ステゴロ)の私への宣戦布告ですか?」
「断じて違う、人はお前のような魔法生物どころか鹿や熊より弱いから近接戦闘は変だろって話。」
リンが拳で空を切ってるとギルドの制服に赤いフレームが特徴的なゴーグルを緑の短髪の上にかけた茶色の瞳の青年が二人に走って近づいてきた。
「バリーさーん!」
「ん?君は…ギルドの事務員の…。」
「『ネルム』です!って、わわわ…!
何をやってるんですか!?」
ネルムと名乗った青年は二人を見ると不思議そうに訪ねた。
それもそのはず、端から見ればアラサーの男がスコップで少女の背中を掘っているのである。
「えーと…趣味の園芸?」
「妹へのセクハラですね。」
「セクハラなんですか!?」
「冗談だよ!気づいてくれよ!
…で、何の用?」
「冗談か…良かった…。
キルスさんがお呼びですのでギルドにお越し下さい。」
「りょうかーい、じゃあリンは悪いけどエアリィを呼んできてくれ。
ネルムはキルスのオッサンに『すぐ行くからお茶とお茶菓子用意しておいて。』と言っておいて。」
リンの背中の種芋を植えた箇所を丁寧に埋めながらバリーが二人に言うとネルムは「はい!」と元気に返事をして部屋を後にした。
「…お茶とお茶菓子の下りは冗談なんだけどな。」
「今のが原因でギルドマスターの用件がおにーちゃんへの依頼からおにーちゃんの解雇に変わりましたね。」
ドライな口調でリンが冗談を口にすると窓からジャンプして外へと飛び出した。
「解雇はともかく…あのオッサンの事だからコレから忙しくなるだろうなぁ。」
~~~~~~~~~~~~~~
エアリィとも合流した三人がギルドに行くとギルドマスター室に通され、サンとネルムからお茶と嫌味なレベルで立派なフルーツのタルトを出された。
「よう!バリー!
言われた通り茶と菓子、用意してやったぜ!」
「…そりゃどーも。」
「気にすんな!お前の今回の報酬からの奢りだからな!」
「…で、今回の用件は?」
「因みに茶も海の国産のべらぼうに高ぇヤツだ。
タルトには合わねぇだろうな。」
「煽ったのは謝りますから用件をお願いします。」
「ま、冗談には冗談で返しただけだ金は取らねぇから気にすんな。
用件はまぁ…その荷物を見る限り察しはついてるだろうが、あの泥のドラゴンの居場所が分かった。
そして、俺達ウードリアのギルドはその討伐の先見隊のクエストの依頼を受けた。」
キルスは自分の皿のタルトを豪快にフォークで突き刺してフルーツを溢しながら丸かじりしながらも口調は冷静に話した。
ソレを聞いてタルトに目を輝かせていたエアリィも急に真面目な顔になってキルスに言い寄る。
「どこ!?」
「情熱的だな、嬢ちゃん取りあえず口のクリーム拭いて座ってくれ。
場所は森の奥、『とある里』の裏手に存在する沼だ。」
「とある里…?」
「ああ…『エルフの里』だ。」
「エルフの里…!」
「それって、エアリィの…。」
「そう、嬢ちゃんが居た所だ。
ドラゴンの第一発見者であり、嬢ちゃん自身も望んでいたからお前達が希望すればその先見隊への任務はお前達に任せる。
…と言いたいが嬢ちゃんはここに関しては訳ありなのは知ってる、受けるか断るかはお前達次第だ。」
エアリィの不治の病が原因で忌むべき者として追放した場所、更に自分達ではドラゴンを討伐出来ない。
そう考えたバリーが断ると言おうとしたその時。
「受けます。
あのドラゴンは私が倒します。」
「お前…マジで…?
つか、エルフの里にとってエアリィは里に入れたくない訳じゃないですか?
そこは大丈夫なんですか?キルスさん。」
「まぁ…問題ねぇわきゃないだろうな。
だが、安心しろ!そうならないようにネルムを連れていけ。
コイツは事務仕事はモチロンだが、受付も!海の国の良く分からん言語との通訳も!戦闘も最低限は出来る!」
「はは…戦闘はあまり期待しないで下さいね。」
キルスがネルムの肩を叩くとネルムは頭を掻きながらはにかむように頭を下げた。
「任務は先見隊として出現場所の詳細及び生態を機械都市『ギアリス』からの討伐隊へ報告、討伐隊のサポートだ!」
「ギアリスとの連絡やエルフの里との交渉等の雑務は僕にお任せ下さい。
戦闘に役立てない分はお手伝いします。」
「そこら辺助けて貰えると助かる。
見てわかる通り、俺達はそこら辺不得手だからなぁ…。」
「それと、ウチのギルドにもドラゴン討伐の経験者が居るからそいつも連れていってくれ。
お~い、入ってくれ。」
キルスが気の抜けた声で外に声をかけると部屋に白銀の鎧に身の丈程の長い槍を携えた金髪赤目の長身の男が姿を現し…
バリーにその槍を突きつけた。
「血気盛んな若者で結構…でも、俺がドラゴンに見えるんならお医者さん行った方が良いぞ?」
バリーは冷や汗をかきながらも冷静な口調で両手を挙げて冗談を言う。
「間違いなものか…!
貴様!よくも私のサンを汚したな!」
「え?何の事?」
「ハァ…おにーちゃん…女性なら誰でも良いんですね…。」
「良くねーよ!そもそも女にも対して興味ねーよ!
えーと…キミは誰?俺、キミに何かした?」
「一ヶ月前、貴様がそこのエルフを拾ってきた日…貴様は私のサンにパ…パ…パンツを…!」
「あぁ!サンちゃんが言ってた彼氏の『ジィ』くんか!
なるほど納得。」
赤面して言葉に詰まっているジィと呼ばれた青年の言動にバリーは納得して手を叩いた。(ついでに槍は横から手で押し退けた。)
「あの時は図らずもセクハラっぽい発言しちゃって悪かったなぁ。
でも、俺は誓ってサンちゃんにセクハラしたかった訳ではないぞ?」
「そうだとしても私は許さないぞ!
それになんだその言い方は!サンに魅力がないとでも言いたいのか!?」
「だから女に対して興味ないって言ってるだろ…コレだから男女の恋愛関係はめんどくさくて嫌なんだよ…。
悪いけど、あの後サンちゃんには菓子織りを持って謝ったし、誤解は解いてサンちゃんも納得した。
当人が納得してるのに彼氏とは言え他人がまだ怒ってるのはお門違いなんじゃないか?」
「ぐっ…。」
バリーの正論にジィは言葉を飲み込み、怒りと共に槍も納めた。
「ハッハッハッ!ジィ、コイツはエネミーと料理しか愛せないハーレムとは真逆の男だ!
そこに関しては安心して良いぜ?」
「皆さん…そろそろ支度をしませんか?このままでは出発する前に日が落ちますよ?」
このままでは話が納まらないと判断したのかネルムは少々強引に出発を促した。
「それもそうだな…そう言えばエアリィ、エルフの里ってここから近いのか?」
「うん、近所だよ?
10日も歩けばすぐ着くし。」
「エアリィちゃんや…人間にとって10日の道のりは『近所』とは呼ばねーんですぜ…。」
~~~~~~~~~~~~~~~
「すまない、待たせた。」
街の外れ、森との境界辺りで待ち合わせをしていた一行はジィの到着を待って出発した。
「待たせた割には大した荷物は持ってないな。」
「大きな荷物は長旅の枷にしかならないのは貴様も承知しているだろう?」
「ま、それもそうだな。」
「それに今は空間拡張ポーチがすっかり旅人やハンターには定着しちゃってますし、大きな荷物を持っている方はあまり見かけなくなりましたね。」
「昔はこの規模で遠くのクエストとなると荷物用の馬車か車曳きを頼まないとならなくてそれで報酬が減る減る…。
多分、どんな世界でも人件費が一番高いのに一番軽視されてるんだろうなぁ…。」
「オジサンの泣き言は見苦しいですよ、おにーちゃん。」
「でも、それに比べたら良い時代になりましたよね!
魔符のお陰で魔法使いでなくても強力な魔法を使えるようになりましたし、最近はギアリスで魔符をカートリッジとして装着して魔法の力を付与できる剣や杖も出来ましたし。」
「なにソレ?面白そう!」
ネルムが切り出したこの世界で一番の都市の最新武器の話に一番食いついたのは(見た目は)若いエアリィであった。
「はい、実はこれもその一つなんですけど…。
ここの持ち手部分に魔符を巻き付けるように貼る事でその魔法の力を付与出来るんです。
制御が大変なので専用の魔符が必要ですけどね…。」
ネルムは長さ50cmほどの歯車の塊のような機械感むき出しの剣を腰から抜いた。
「へぇ~!こんな感じの杖もあるんだ!絵本のヒーローの武器みたいでカッコいいじゃん。
ねぇ、バリー。」
「買うなら自分で稼いでくれ。」
「えー…。」
「えーじゃねーよ…そもそも、お前そんな事しなくても強力な魔法ポンポン撃てるじゃん。」
「でも、前みたいに攻撃が間に合わないなんて嫌なの、分かるでしょ?」
エアリィが暗い顔で涙ぐみ、バリーは一瞬たじろいだ。
…が。
「分かるけど、泣き落としで買って貰えると思わないように。
あと、泣いてないバレバレだから。」
「ちぇー。でも、悪くなかったでしょ?ボクの演技。」
「ハイハイ…。
所でみんな、気がついてる?」
呆れ顔でため息を着きながらバリーは前方を指差した。
そこには緑髪で半裸の美しい男女のような見た目の生物が三体で樹の周りを踊っていた。
「あれは…ドリュアス、複数なのでドリュアデスですね。」
「彫刻みたいで綺麗な姿のエネミーだねぇ。」
「え?エアリィ、あんなのが好みなの?止めとけ?」
「違う違う!芸術品みたいだなぁって思っただけ!」
「因みに彼らはその美しい姿で誘惑して樹の中に引きずり込む立派な肉食エネミーですよ。」
ネルムの解説を聞いてエアリィの顔からは血の気がみるみる減っていった。
「「「気に入らない(です)。」」」
ネルムがエアリィに解説している間にその他の三人はドリュアデスへと飛び出し。
「人型エネミーはいかにも人を誑かすための造形が気にくわない。」
バリーが一体の胸に矢を突き立て。
「彼女の方が5億倍は美しい。」
ジィが一体の腹を槍で貫き。
「おねーちゃんを誘惑するな、変態。」
リンが一体の顎を右アッパーで砕いた。
「「えぇ…。」」
~~~~~~~~~~~~~
「さて、カッとなったとは言え討伐してしまったからにはありがたく調理しよう。」
「人型と言えど血液も出ないし、切っちゃえば葉野菜と根菜の集合体にしか見えないね…。」
「牛でも人でもエネミーでも皮剥いで切り落としたら肉の塊だぞ?」
「正論ですけど、デリカシーはないのですか?」
落ち着いたバリー、リンとエアリィも手伝ってドリュアデスを一定の大きさに切り分けている。
その状況をネルムは青ざめた顔で見ていた。
「うわぁ…噂どおりエネミーを調理するんですね…。」
「あれ?ドリュアデスの素材、何かに使うんだった?」
「いや、使いはしないが…。」
「エネミーを調理してる光景が衝撃的だっただけです。」
「わかる…。
バリー、一口大に切ったけど後はどうすれば良いの?」
「じゃあ、後はこの大きなボウルに入れて…。」
バリーはポーチから大きめの木製のボウルと数種類の瓶、まだ残っていたコカトリスの肉を取り出してエアリィとリンの前に出し、二人はそのボウルに一口大に切ったドリュアデスを入れた。
「次にコカトリス肉を細かく切って酒、塩、スパイスに漬け込む。
それを炒めたら…ドリュアデスと一緒のボウルへドーン!」
「雑ぅ!」
「野菜メインじゃ俺のレパートリーだとどうしてもサラダになるから雑と言うか簡単なモノになっちゃうんだよ…。
若人も多いし、今回は肉も入れたけど。
ここにチーズとレモン果汁とニンニクを塩コショウで味付けしたドレッシングで和えれば…。『スパイスチキンのシーザーサラダ』完成!」
バリーは肉(コカトリス)と野菜(ドリュアデス)を混ぜて白いドレッシングをかけると人数分の皿に取り分けた。
「いただきます!
スパイスの効いたチキンとチーズのまろやかさが合ってるー!
…所で『シーザー』ってなに?」
サラダを勢いよく咀嚼しながらエアリィは当然の質問をした。
「なんか、大昔にウードリアの食堂に居た『チェーザレ』って言うオッサンが作ったこのチーズドレッシングがすこぶる評判が良くてチェーザレって名前が付いたサラダになって長い時間でいつの間にかシーザーに変わったらしい。」
「らしいって…随分と曖昧ですね。」
「まぁ、大昔の話だしなぁ…。」
「しかし、そのサラダは本当かどうかはともかく色々な伝説が残ってますよね。
食べた人の魔力が3倍になったとか、女神『ミクシス』様も食べたとか。」
「魔力三倍ねぇ…眉唾も良いところだな…。
リン、食べてみな。」
バリーがフォークでサラダの鶏肉がない部分を突き刺してリンの口に運ぶ。
「ん…。魔力は…微妙ですね。」
サラダを飲み込んだリンの身長は少し伸び、バリーが測ると83cmであった。
「3倍どころか3%といった所か…元から信じてはいないが、あの女神が食べたと言うのも偽りだろうな。」
「女神様って何万年も昔に世界を作った伝説がある方ですし、その方が大衆食堂で作られたサラダを食べられてる様子は…想像出来ませんよね。」
「魔力源としては使えないか…。
それにしても、二人ともエネミーに対して抵抗ない?」
話をしているネルムは躊躇なくサラダを口に運び、ジィに至っては既に皿が空になっている。
「最初はちょっと躊躇ってましたけど、食べてみたらレタスと遜色ないですしエネミーが原因で食糧難の時代に文句言ってられないと思いまして。」
「あー…私はただ出されたモノを残すのは失礼だと思っただけだ、勘違いするな。」
「それはそうと…おかわりだ!」
「言葉と行動は一致させてくれ…。」
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