第2話 パイ

「ハイ!『雷牛ストーンカの討伐依頼』達成を確認しました!

こちら、報酬の銀貨300枚です!」


一悶着はあったものの、クエストを終えたバリーら三人はギルドでクエストの達成報告をしていた(受付をしているのはバリー一人だが)。


「ありがとな、サンちゃん」


「いえいえ、所で…どうされたんですか?その腫れた頬。」


「あ?コレ?実は…」


バリーはギルドの総合受付をしている若い女性『サン』に雷牛の肉を二人に食べさせた事を話した。


「味は『美味い』って言ったたし、殴られる筋合いはないって思うんだけど…。」


「いや、それは怒られますよ…。

エネミーを食べるなんて気持ち悪い事。

バリーさんだって、エネミーじゃなくても辺りに居る虫は食べたくないでしょ?」


「いや?あんまり。」


「…はぁ、アナタに聞いたのが間違いでした。

でも、普通の人にとっては気持ち悪いんです!いくら美味しくても、いくら見た目が牛でも!」


「その倫理観、俺にはよく分からないんだよなぁ…。

エネミーが増えて、野生の鹿やイノシシはめっきり見なくなったし、農園の野菜や肉はべらぼうに高いし…。

殆どのエネミーの肉は討伐されても素材にされずにその場に放置されて結局、エネミーのエサになってるじゃん?

それら全てを解決出来る良い案だと思わない?」


「思いません!気持ち悪い事を言ってないで早く報酬をリントさん達と分けて下さい!」


「ヘイヘイ…。」と仕方なさそうに返事をしたバリーがギルドの共有スペースに戻るとリントとクロンの他、その場に居たハンターほぼ全員に冷たい目線を向けられた。


「…あー、リント、クロン、コレ今回の報酬な。

アンタらの分、少し多めにしておいたから。」


報酬の銀貨300枚の内の220枚をリントに手渡すとすぐさま20枚を取り出され、投げ渡された。


「…どうした?」


「アンタに借りとか作りたくないし、金輪際俺たちに関わってほしくないんだよ…。」


「ありゃりゃ…嫌われちゃったね…。

ま、説明不足だった俺が悪いか。

クロンも同じかい?」


「…。」


「…口も利きたくないか。

まぁ、同じだよな。

だったら尚更コレは詫び賃として置いておく。悪かったな。」


「「…。」」


「でも、どんな理由とは言え金を投げるのは良くないぞ、それだけは気を付けろよ。」


「分かった…。あと、二度とゴメンだけど…アレは美味かった…。」


小声で発せられた言葉にニッと笑顔で返したバリーは投げ渡された銀貨を拾ってテーブルに乗せて二人の元を去った。


「…とは言え、二人がみんなに言ってくれちゃったおかげで他のハンターにもすっかり嫌われ者になっちまったなぁ…。

正直、目線が痛い。」


他のハンターは先程からチラチラとバリーの方を見てはヒソヒソ話をしている。


「少しの間、ギルドには居ない方が良いかもな…。今日は素材集め名目で森に居るか…。」


バリーは外していた装備を再び装着し、ギルドを後にした。





~~~~~~~~~~





ウードリアの森にて


「…居づらさから今日の食料とか全くの無計画で街を飛び出しちまった。

…さて、どうしよう。」


長い縄に札のようなモノを着けながらバリーは寂しく独り言を呟いていた。


「エネミーがうじゃうじゃ居るから鹿やイノシシなんて簡単に見つかる訳ないし、嫌われる要因のエネミーを食べますかねぇ!」


寂しそうながらもバリーの表情は楽しそうだった。


「キャー…!」


「!?」


遠くの方で悲鳴のような声が聞こえた。


「幼い声…ハンターじゃねぇな!」


その場で弄っていた縄を荷物にしまうと、バリーは声の方へと駆け出した。





~~~~~~~~~~





「うぅぅ…なんで魔力が尽きた時に限って…。」


《━━━》


十代前半から中盤と思われる外見の少女が普通の生物の二倍程の大きさのウサギ型のエネミーと対峙していた。


「僕なんて食べても美味しくない!

…とか言って通じるわけないよね!」


《━━━━》ジリッジリ


大樹に追い詰められて動けない状態の少女に対してウサギ型のエネミーは少女を一点に見つめながらジリジリと距離を詰めている。

今にも飛び出しそうだ。


「あ~ヤダヤダヤダ死にたくない!どうせ後先短いけどこんな事で死にたくないよぉ!」


半ば諦めかけている少女に向かってウサギ型のエネミーが飛び出す!


《━━━━!》


直前に一本の矢がウサギ型のエネミーの眼前に突き刺さりその跳躍を阻止した。


「黄色の角に黒い角のウサギ…なんだっけ?

確か…アルミラージ?」


回りを警戒し始めたウサギ型のエネミー、アルミラージと少女の間にバリーがエネミーの種類を独り言で特定しながら駆けつけた。


「お嬢ちゃん!取り敢えずコイツは俺が引き受けるから逃げ…って気絶してるし!?

あー、仕方ない!護衛クエストとか苦手分野だけどやってやる!かかって来いウサ公!」


少女が気絶してると分かるとバリーは弓を肩に掛けて腰からナイフを抜いた。


《━━━━!》


アルミラージが挑発に乗ったかのようにバリーの胴体の中心に向けて跳躍するとバリーはナイフの峰でその攻撃を弾いた。


「しっかり的確に急所を狙ってくる辺り、野生生物とはやっぱり違うんだな。

そもそも、げっ歯類なのに肉食ってのがおかしいしな!」


挑発を繰り返し、場所を少しずつ移動しながらバリーはアルミラージの攻撃を弾いている。


「…ここら辺なら大丈夫か。」


場所を見計らい、アルミラージの跳躍を避けるとバリーは先程作っていた縄に札のようなモノを着けて輪にした道具を投げつけた。


《!

━━━━!!》


投げた途端に輪の中には光る網が出現し、アルミラージに被さり動きを止めた。


「…本当は下に空間とぬかるみを作るモノと合わせて簡単に落とし穴をつくるための魔力網を作る魔符だけど、急拵えで違う使い方でも案外イケるもんだな。」


バリーは前回のクエストで使うかも知れないと用意していた魔符(一部の簡易的な魔法を発動出来る札)に感心しながらアルミラージにとどめを刺した。


「小型エネミーだけど、侮れないもんだよな…。

さて…コイツはどうするか…。」


倒したエネミーの血抜きを済ませたバリーの視線には未だに気絶している少女だけが残った。





~~~~~~~~~~




日はすっかり落ち、夜となりバリーは比較的安全そうな場所にキャンプを構えた。


「良く見たらコイツ耳が長い…エルフか?

でも、森の奥地に住むって噂程度でしか聞かない人種のエルフがなんでこんな人の街の近くに?


…まぁ、いいか。コイツも腹は減るだろうし、また怒られるかも知れないけど悪くなる前にコレを調理しますか。」


調理器具を取り出し、フライパンに油をひいてから焚き火にかける。


「えー…ここで取り出しますは、革袋内部に空間魔法の魔符を取り付けた万能調理器具、名付けて『時短魔法クッカー』俺、命名。


この中に皮とか骨とか内臓とかの余計な部分を取り除いたアルミラージの肉と切断系の風魔法の魔符を投入。」


誰が聞いている訳でもないのに解説をしながら空間魔法で内部が拡がった革袋の中に食材と別の魔符を入れていく。


「30秒程度であら不思議、あっという間に挽肉ができちゃうんですねぇ。

そうしている間にフライパンが温まったので花とは違い毒のないアシソギソウの根とエネミーが嫌うために安くて人間が食べる野菜No.1の玉ねぎを刻んでフライパンに投入!

炒めてる間にさっきの時短魔法クッカーは綺麗にして熱魔法の魔符を入れておく。」


楽しくなって来たのかテキパキと鼻歌混じりで調理を進めて行く。


「野菜に火が通ったらアルミラージの挽肉を入れて塩コショウで味付け、更に炒める…と。」


辺りに香ばしい匂いが漂うが何故かエネミーの嫌う野菜の玉ねぎを使っている為かエネミーが近寄って来る様子はない。


「んっ…!

ん?」


「あ、悪い起こしちゃったか?」


「あれ?僕、生きてる?」


「あのウサギのエネミーなら倒したぞ、小型エネミーでもアンタの胴体貫くには十分な危険性はあるから次から森を散歩するなら気を付けろよー。」


「そんくらい知ってるし。

ただ、魔力切れになっただけ。


それに散歩なんかじゃ…。」


「やっぱりなんか訳アリか。

まぁ、俺はそこら辺を気にはしないけど…取り敢えず、飯食う?」


「え…?う、うん。」


十分に炒められた挽肉を火から下ろしたら荷物の中から時短魔法クッカーとは別の革袋を取り出し、その中のから小麦生地を取り出した。


「それは?」


「コレ?革袋の内部を空間魔法の魔符で拡げて氷魔法の魔符で冷やした小型魔法冷蔵庫。」


「(魔法を無駄な方向に使う人だな…。)

…そこから出したのは?」


「暇な時に作ってたパイ生地、コレにこのアルミラージの挽肉を乗せて、その上にもう一枚薄いパイ生地を乗せて上にはいくつか穴を開ける。

そしてそれを先程から温めて多分200℃程度になってる時短魔法クッカーに投入!」


「アルミラージって…さっきの!?」


「うん、さっきのお前を食おうとしてた肉食げっ歯類。

もしかして…エルフもエネミーを食べる文化はなかったりする?」


「あるわけないでしょ!?(でも、さっきの匂い…。)」


「そうか…そうだよな…。

エルフ誇り高い人種って噂も聞くし。

何か違う料理用意するからちょっと待ってな。」


「…いや、良い。それで良い!」


「…マジで?後で殴らない?」


「殴らないよ!ただ、助けて貰って贅沢言うのは申し訳ないし…。」


「良かった良かった!じゃあ、あと20~30分で焼き上がるから待ってな!」


エネミー食に感心があると分かった為かバリーは上機嫌で調理器具を片付け、食器を用意し始めた。





~~~~~~~~~~





30分後


「…。

よし、卵黄とか蜂蜜塗ってないからツヤは出てないけど『アルミラージのミートパイ』完成!」


時短魔法クッカーから出てきたパイを6つに切り分けて少女の前に出した。


「う…エネミーの肉って所が悔しいけど美味しそう…。」


「嫌なら食わなくても良いぞ。無理強いは良くないって学んだばかりだからな。」


「いや、大丈夫!いただきます!」


手づかみでムシャムシャ食べるバリーの向かいで少女は決心を決めてパイにナイフ入れてフォークに刺し口に運んだ。


「…!熱っ!んー!んー!」


焼きたてのパイの熱さに悶えて水を口にしながらなんとか飲み込んだ。


「…美味しい。

サクサクした生地と薄い塩味がちょうど良い、玉ねぎの甘味もタンパクなお肉と合ってる。」


「食レポ上手いね…。

でも、口に合ったようで良かった。」


「それにヤッパリこのお肉、魔力が摂れる!

エネミーって魔法によって生み出された存在だからかな!?」


「いや、知らないよ。

俺、魔符は結構使うけど魔法の才能イマイチで魔力量もハンター養成学校で最下位争いしてたし。」


「そうなの?でも、魔力が摂れるならエネミー食べるのもアリかな?」


魔力切れを起こしていた少女はまだ熱いパイを汗をかきながらハイペースで一切れ食べきった。


「まだ魔力足りない!おかわり!」


「良い食いっぷりだな、別にパイは逃げたりしないからゆっくり食いな。

…所でアンタ、名前は?俺は『バリー』。」


バリーはもう一切れパイを渡しながら聞いた。


「名前?僕は『エアリィ』、よろしくねバリー。」


その後、エアリィはパイの半分以上を平らげた。

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