第一章〜冒険者ギルド”救世の光”〜
「ラングさん・・・、こんなに揃えてもらってありがとうございました!」
「ああ気にしなくていい。困った人を導くのも衛兵の役目だ。気にせず頑張りたまえ」
少し使い込んではある物の、綺麗に手入れされた武具に身を包んで気持ちも新たにした俺達は冒険者ギルドに向かって歩いていた。
ようやく落ち着いた俺はラングに礼の言葉を口にする。気にしなくていい、と言ったラングの顔が引きつっていたのは気づかなかった事にしておく。
「よし、これで支度は出来た。後はギルドに登録に行くだけだな」
「はい!ドキドキしてます・・・!」
武器屋を後にし俺達は中心街まで来ていた。
ギルドまであともう少し。
その事が堪らないワクワク感と期待で胸を覆い尽くしていた。
(スゴい・・・、ホントに俺が異世界で冒険者になるなんてな・・・)
「てか、気になってたんですけど俺ら、身分証明とか大丈夫なんですか?」
舞い上がっていた俺に現実を突き付けるかのように
言われてみれば自分達はこの世界において身分を証明する方法がない。全てが自己申告な上、知識も無いので適当な嘘をつくくらいしか出来ないのだから。
「確かに・・・。俺達、難民扱いってだけで登録出来るんですか?」
「うむ、それなら大丈夫のはずだ。登録で聞かれるのは名前や年齢、性別と言った簡単な物だけだ。その代わり、ギルドに対し不利益な行動や損害を与える行為をしない、という誓約を結ばされる。これは高位の魔道士と行う魔導契約だから破れば本人の身に恐ろしい事が起こる」
「つまり、誰でも招き入れられるようにしながらも、しっかりとギルドの治安を守るために作られた契約、という訳ですか・・・」
「うむ。契約違反の度合いによっては死の危険すらある。よって邪な考えを持つ者は初めからある程度弾く事が出来、逆に純粋にギルドで働きたい者を呼び込めるという事だ。その為に個人の過去に深く触れるような事はしない。冒険者というのは訳ありな人間も沢山いるからな。そういう人間達も再起出来る、というのが我が国の冒険者ギルドの一つの宣伝文句でもある」
さすが光の勇者が創り上げたギルドという事か。誓約というのは怖い印象もあるがお陰で身一つでギルドに登録出来るというのだから文句は言えないだろう。
ひとまず門前払いされるという心配はなさそうで俺はホッ、と息を吐いた。
賑やかな中央区の喧騒をひたすら歩いていくとやがて今日見た中でも一番に来るだろうというくらい、巨大で頑強そうな建物が眼に入ってきた。それを指差し、ラングが言う。
「さあ、着いたぞ。あれがこの王国において絶対的な存在感を持ち、世界随一と言われる冒険者ギルド、その名も”救世の光”だ」
「うお、うおおぉぉっっ・・・・・・!!」
口を大きく開けた
石造りのまるで砦をイメージさせるような外観の造りに、周りの建物より頭一つ高い構造物をいくつもの通路で繋ぎ造られたそれは、場違いな程に街の中で物々しい雰囲気を漂わせている。
「クリスタルを見た時も驚いていたようだがこちらもなかなかだろう?そしてあの正面に掛けられた巨大な剣こそが光の勇者が使用していたとされる伝説の武器、救星剣シャルド・ノアを再現した物だ」
ラングの言うようにギルドの正面口、その頭上高くを彩るように宝玉の散りばめられた白銀の煌めきを放つ宝剣が鎮座しており、ギルドの名が書かれた大きな看板と共にシンボルとなっていた。
「なんて・・・綺麗な剣なんだ・・・」
レプリカの飾り物だと分かっていても荘厳さと力強さを感じさせる宝剣の造形に、俺は魂を抜かれたように立ち尽くし眺めていた。
(勇者の持つ伝説の剣、かあ・・・。いつか・・・俺もこんな剣を手に出来る・・・のかな?)
「さあ、驚くのはそれくらいにして行くぞ?」
「あ、はいっ!」
数秒とはいえ宝剣に目を奪われ、異世界でのこれからを夢想していた俺はラングの声にハッ、と意識を戻すと慌てて彼の後について行った。
(さあ、いよいよ俺達の異世界デビューだ・・・!!)
胸を高鳴らせ、重々しい木製の扉を抜けるとそこにはこれぞギルドと言うような酒場と受付カウンターを併設した空間が広がっていた。
ラングと共に歩を進める俺と
何故ならギルドに入った俺達へ好奇の目、あるいは値踏みする視線、更には明らかな敵意まで様々な眼が向けられていたからだ。
戦士らしく鎧に身を包んだ者からジャケットやマントを羽織る者、魔法を扱うのかローブに杖を持つ者など戦いに身を置いているであろう、一般人とは明らかに違う雰囲気を纏う者達。
老若男女、様々なそれらの人間達が一斉にこちらを見て来るのだ。ある者はテーブルを囲んで談笑しながら。またある者は杯を傾けながら。そしてある者は大きなボードに貼られた紙の数々を立見しながら。
息苦しさに俺はただ正面を向いてラングの背中を見つめたまま、絞り出すように声を出す。
「ラングさん・・・。なんか周りの眼が怖い気がするんですけど・・・」
するとラングは落ち着いた声色で、
「フフッ。ここの雰囲気はいつもこんなものだ。
と涼やかに言う。
「いや、そうは言っても・・・」
「
「う・・・
弱気な俺と対照的に胸を張って歩く
とりあえず視線が痛い俺はなるべく前方の受付カウンターの方にだけ目をやる事にした。
そして緊張の中、たどり着いたカウンターで受付嬢らしき女性が笑顔で出迎えてくれた。
「いらっしゃいませ!ようこそ冒険者ギルド”救世の光”へ。本日はどんな御用でしょうか?」
まだ二十歳にもなっていないだろう、という感じのあどけない笑みを浮かべる赤毛の女の子だった。給仕服に身を包み、幼さの残る顔付きに三角巾を被った格好が印象的だ。
(うわ・・・さすがギルドの受付・・・、けっこう可愛い・・・)
可愛らしい受付嬢に俺がドキドキしているとラングが慣れた様子で話を勧めていく。
「ああ、新人冒険者の登録だ。後ろの二人は難民でな。話を聞いた所、ギルドで働きたいというので連れてきた。すぐに登録は出来るかな?」
「はい、大丈夫ですよ!登録担当の魔道士は今、手が空いてますのですぐに登録手続き出来ます!」
「そうか、ではすぐにお願いしよう。・・・ああ、そうだ。二人共住む所も決まっていないから冒険者の宿も提供してもらいたい」
「はい、畏まりました!それではお二人共、どうぞこちらにっ」
可愛らしい受付嬢が元気な声と共に三人をカウンターの内側へと誘導してくる。しかし、それに着いて行こうとした時にラングが隣に居ない事に気付き、振り返った。
振り返った先にはカウンターの前に立ち尽くし、こちらに暖かい視線を送るラングの顔があった。
「ラングさん・・・?どうしたんですか??」
何故ラングがそうしているのか分からずに俺は首を傾げる。しかし、返ってきた言葉は予想外のモノだった。
「サイマこそ何してる?私はここまでだぞ?」
「えっ!?ラングさん、一緒に来てくれるんじゃ・・・」
「馬鹿を言え。私の仕事は難民であるお前達に当面の衣食住を確保してもらう所までだ。よほどの事が無い限り、ギルドに登録出来ないなんてことはない。つまり、私の仕事はここまでだ。後は二人で頑張るんだ」
「そっ・・・か、そうですよね。すみません・・・」
当たり前について来てくれる、といつの間にか考えていた自分に俺は今更ながらに気付き、思わず謝っていた。
本来なら情報をくれる程度で済むはずの衛兵業務をわざわざ持ち場を離れ、ここまで案内ししかも武具まで用意してくれたのだ。これ以上何を自分は望もうと言うのか。
(いつの間にか俺はラングさんを頼りにしていたんだな・・・)
「ふふっ。そんな顔をするな。いつまでも私が保護者のようについていては逆におかしいし、冒険者として格好がつかないだろう?なに、会いたければいつでも今日、私達が会った南門の詰所を尋ねてくれればいい」
優しい笑みと共に掛けられた言葉が胸にじわりと染み込むのを感じながら俺は感謝の言葉を口にする。
「ラングさん、色々とありがとうございました!俺、頑張りますっ!」
「ああ、しっかり頑張りたまえ」
そう言って差し出された手を俺は握り返した。グローブ越しの硬い手の感触からは力強さだけでなく、彼の優しさが感じられた気がした。
「おい
「あはは、ごめん」
「ふふっ!そうだな。君達は二人で一つだ。レントも頑張れ」
「はいっ!あざっす!」
「では、またな」
短い別れの挨拶を交わし、ラングが俺達に背を向けた。俺達もそれを見てカウンターの奥へ進もうとした時、後ろからラングの声がした。
「サイマ、レント。誓約の際、正直に事情を話してみろ?大丈夫、必ず力になってくれる。ここはそういう場所だからな」
「へ、それって・・・?」
声に反応し、歩き出した時にはラングは手を振りながらギルドの外へ出ようとしており、その先を聞くことは出来なかった。
「なあ、おい
「あ、ああ。うん・・・」
正直に事情を話す。つまりその言葉が意味する所とは・・・。
「俺達が難民なんかじゃなく別世界から来たって分かってたって事かな・・・?」
「ああ、そうなんじゃないか?」
つまり、ラングはそれらを分かった上で俺達を受け入れ、武具や衣服の準備までしてくれたと言う事か。今日会ったばかりの他人。いくら若者とはいえどんな相手かなど分かったものではない。ましてや、素性のハッキリしない不審な二人組だ。
俺は改めて初めて会った相手がラングで良かったと強く思った。親切にしてくれたラングの為にもちゃんとギルドに登録してこの世界での第一歩を踏み出さなければ。
「
「ああ、もちろんだ!」
声を掛け合った俺達はもう既にこの世界で二人だけでは無かった。自分達を思ってくれる人が世界に一人でもいる。その事がどれだけ大きな事かを今、俺は強く実感していた。
(よし、最初が肝心だ!ここはしっかり・・・)
「あのー・・・?」
「え・・・!?」
すっかり熱くなって頭の中で盛り上がっていると不意に声が聞こえて俺はそちらを振り向いた。そこには眉を寄せて何とも言えない表情の赤毛の受付嬢がこちらを見ていた。
「すいません、盛り上がってるとこ悪いんですけど、そろそろいいですか・・・?」
「「あ、はい・・・!!」」
声を揃える俺と
たとえ異世界といえど周りを見て、空気を読んで行動することは大切だと再認識した瞬間だった。
「・・・・・・ふふふ。サイマにレントか・・・。大変だろうが負けずに頑張れよ・・・!!」
呟くラングの言葉を背に
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