第一章〜異世界イスラルディア〜

「う・・・うぅっ・・・・・・」


最初に出たのは呻き声だった。深い所に落ちていた意識がゆっくりと浮上してくる感触があって直後、魂が肉体に行き渡るように徐々に五感が、身体の感覚が戻っていく。


「ん・・・・・・眩し・・・・・・」


ゆっくり眼を開けると眼前に青い空と降り注ぐ陽光が映りこんだ。長く意識が無かったせいなのか陽光が目を刺すような痛みを感じる。その痛みに催促されるように俺は身体を起こした。


(ここは・・・・・・知らない場所・・・??)


起きた俺の視界に最初に映ったのは森だった。人の手が加えられていなさそうな原始的な風貌の森。そしてそれらは俺の見た事が無い景色だった。生えている木々や植物が判別出来るような見識は持ち合わせていない。しかし、目の前に広がる森は明らかに自分の知る物では無い事を思わせる違和感がある。

はっきりとこれが違う、とは言えない。けれど自身の脳がここは自分の記憶のいずれとも違う、と訴えている感じがあった。


「どうなってんだ・・・オレ・・・?・・・・・・あ!」


そこで俺は視界の端に倒れた親友のよく見慣れた姿を認め、慌てて立ち上がった。草の地面を駆け、蓮斗 レントの傍らに移動する。


「おい蓮斗 レント!?おい、おいってば!?起きろよ蓮斗 レントっ!!」


蓮斗 レントの両肩に手を掛け激しく揺さぶる。すると蓮斗 レントの身体がピクリと動き、反応するのが分かった。


「うっ・・・・・・、んっ・・・・・・」


(良かった!気を失ってただけか・・・)


身動きする蓮斗 レントにホッとした俺は蓮斗 レントが目を開けるのを待つ。


「んっ?・・・・・・斎馬 サイマ・・・あれ?・・・・・・オレ・・・・・・??」


目を開けた蓮斗 レントと目が合うとすぐに俺は口を開いた。


蓮斗 レント!大丈夫か?どこも何ともないか!?」


「ん、あ、ああ・・・。でもここ・・・どこだよ??」


口振りから蓮斗 レントは身体に異常は無さそうだが酷く動揺しているのが分かった。仕方ないだろう。目の前に見知らぬ景色が広がって内心、動揺しているのは俺も同じだった。


それは頭に浮かぶ一つの可能性。先程までの神社での出来事。とても日本では見る事の出来ない森の景色。


それらの事実が指し示すことは・・・・・・。

俺はそれを恐る恐る口にする。


「オレ達・・・異世界に・・・来たのかもしれない・・・」


「はぁ!?マジか!?ホントに来れたのかっ!?」


俺の言葉を聞いて蓮斗 レントはガバッと飛び起きるとすぐさま立ち上がって忙しなく辺りを見回した。少しそうした後、ピタリと静止し立ち尽くした蓮斗 レントが唇を震わせながら言葉を紡ぐ。


「オ・・・・・・オレ達・・・マジで来れたんだな?森も見た事無いし何となく空の感じも違う・・・。これはもう全く別の世界、異世界って事でいいんだよなっ!?」


「あ・・・あぁ・・・、確実じゃないけど多分そうじゃないか・・・?」


俺は自信無さげにそう口にする。景色、内包する雰囲気、そしてまとわりつく空気ですら何か違う。この違和感も違う世界だから、と言ってしまえばすんなりと納得がいく。


ただ同時に勘違いではないか。異世界など行けるはずがないという固定観念もまた同時に自分の中にあった。


「よっしゃ斎馬 サイマ・・・ここから、この森から出てみようぜ?」


「ああ、わかった」


蓮斗 レントの言葉に俺はすんなりと頷いた。

そうだ、それが正しい。

この場から移動し、森かあるいは森の外まで行けば自ずと答えは出るに違いない。俺達は足並みを揃え、森の中を歩き出した。


「凄いな・・・・・・。こんな原生林みたいなの、間近で見たの初めてだ・・・」


目に映る木々や植物が真新しい。奇妙に捻れた木々や食虫植物のような強烈なデザインの植物が俺の視線を釘付けにする。ますますここが自分の知る世界ではないという考えが強くなっていく。


「こいつはホントに凄いな・・・・・・。あ、おい斎馬 サイマ!あれ!見てみろよ?」


俺が周囲の景色に目を奪われていると何かを見つけた蓮斗 レントが木々の間から見える空を指差した。


「あれは・・・建物・・・?城壁か・・・??」


そちらを俺が見上げてみれば四角い石を組み上げて造られた城壁のような物がそびえているのが見えた。


「そうっぽいな・・・、すげえ立派な造りだぜ・・・」


驚きを隠せないまま森を歩いていくとすぐに城壁の全容が視界に入ってきた。


「デカっ!?10mは雄にあるんじゃないか・・・?」


見上げる俺の前には見るからに堅牢そうな造りの高い壁が建てられていた。よく見えないが上の方は良く映画などで観る中世の城のように見張りなどが出来るスペースがあるようだ。


「おい斎馬 サイマ、見ろよあそこ?門があるぞ。あれ、入り口じゃないか?」


蓮斗 レントが指差す先には人が10人くらいは並んで入れそうな大きな木製の門があった。


「そうみたいだな。行って・・・みるか?」


迷いながらも俺はそう口にした。明らかに門の内側は城か街か何か、いずれにしても人が住む場所には違いないだろう。

ただし、その予想は相手がこちらと同じ人間であって初めて成り立つ予想ではあるが。


「なんだよ斎馬 サイマ?ビビってるのか?」


「いやだってここが異世界だとしたら何があるか分かんないだろ?人喰い人種とかそれこそオークやゴブリンが出るかもしれないし・・・。もし人だったとしても俺達を受け入れてくれるかどうか・・・」


「なーに言ってんだよ!折角異世界に来れたなら楽しむしかないだろ!?新しい出会いを、発見を楽しもうぜ!ほら、行くぞ?」


「あ、ああ・・・」


一抹の不安を残しながらも俺は蓮斗 レントの後について歩き出した。


(やっぱ蓮斗 レントは凄いな・・・。結局なんだかんだ言ってオレはいざ異世界だと思ったらビビってるのに蓮斗 レントは少しも怖がらないなんて・・・。)


いつも何か面白い事を見付けたり、新しい事を提案するのは蓮斗 レントで俺はそれについて行くほうだった。常に前向きで行動力溢れる蓮斗 レントに感心させられていた俺だがそれがこういう時にこんなに差が出るとは思わず、今はただ蓮斗 レントに従うしかなかった。


(いや、でも蓮斗 レントの判断が間違ってた事なんてないしな、ここは蓮斗レント を信じて進むだけだ!)


「おい、待ってくれよ蓮斗 レントっ!!」


「おお、何してんだ置いてくぞ?」


蓮斗 レントの隣に並ぶと大きな門の前に俺と蓮斗 レントは近付いた。傍まで行ってみると門がやはり巨大で所々に金具で強化が施され、堅牢な造りになっているのが分かる。これなら車で突っ込んだくらいではビクともしなさそうだ。

あまりの迫力に俺はすっかり気持ちが呑まれてしまい、自分が酷くちっぽけな感じがした。


「ど、どうする蓮斗 レント??」


堪らず隣にいる親友に判断を投げると蓮斗 レントはんー、と一拍考える仕草をした後すぐに門へと近付いていった。そして門を思い切り拳でドンドン、と叩くと、


「すいませーん!!旅の者です!誰かいるならこの門を開けてくださーいっ!!」


と大声で彼方まで聞こえそうな勢いで叫んだ。


「お、おいおい!?大丈夫なのかそんな・・・!?」


俺は蓮斗 レントの突然の行動に驚いて固まってしまう。とんでもない事をしてしまったのではないかと思って俺が固まっていると向こうの方から反応があった。


「何者だ!?ここが光の王国アルドラードと知っての行為か!?」


硬質な男の声が門の向こうから響いてくる。あたふたとする俺に目配せした蓮斗 レントは任せろ、とばかりにガッツポーズすると再び口を開いた。


「俺達は遠い所から旅をして来たんだ!住んでいた村が化け物達に滅ぼされてしまって着の身着のままここまで来た!もう食べ物も無いしどこかに行く力もない。どうか俺達を受け入れてくれないか!?」


蓮斗 レントの声にしばしの静寂が流れた。返答を待っているとなんと大きな門が音を立ててゆっくりと開いていくではないか。


「マジか・・・開けてくれた・・・??」


驚く俺に蓮斗 レントは歯を見せて笑い、


「へへっ、どうよ?」


と得意気に言った。

そうこうする内に開いた扉から全身を鎧に包んだ兵士らしき人物が歩いてくる。ガシャガシャと音を立てて歩く様はまさにファンタジーのそれだ。

俺達より頭一つ高い男性らしきその兵士は俺達の顔を順に眺めた後、言葉を発した。


「ふむ、難民・・・という事でいいのかな?見たところまだ大人ではないようだ。君達、名前は?」


すると蓮斗 レントがすぐさま前に一歩踏み出し、


「はい、そういう認識で間違いないと思います。俺は蓮斗 レント、こっちは斎馬 サイマと言います」


と、慣れた感じで話し出した。


蓮斗 レント斎馬 サイマ・・・か。よし、私の名前はラング。見ての通り、衛兵をしている。君達の事は私が責任を持って入国手続きさせて貰おう」


ラングと名乗った男は兜を脱ぐと真面目そうな顔に柔和な笑みを浮かべてそう言った。口調も最初より柔らかい。兜から抜け出た顔は面長で引き締まっており、刈り上げられた短い金髪と日焼けした肌が熟練の兵士といった印象を与える。落ち着いた大人の雰囲気は30代後半くらいか。


「本当ですか!?お願いします!」


「うむ、ついて来なさい。ああ・・・それと、さっきのように門を思い切り叩くのは関心しないぞ?魔物の襲撃と勘違いされても文句は言えないからね」


「あぁー・・・、すいませんでした!」


(なんか生徒思いの先生、みたいな感じの人だな。これは良い人に会えたかな?・・・にしても・・・)


ラングに付いて門の内側へ歩き出した俺はラングと歩調を合わせる親友の後ろ姿を眺めた。その姿は突然迷い込んだ異世界でも良く馴染んでいるように見え、既にラングと普通に言葉を交わしている。


(相変わらずすげー対応力・・・。本当こういうの得意だと思ってたけど異世界でも関係なしかぁ・・・)


俺は蓮斗 レントがいつも大人達に気に入られ、評価されていたのを思い出して苦笑する。異世界の雰囲気に呑まれ、たじたじな自分とは雲泥の差だ。


「ま、でも蓮斗 レントについて行けば安心だよなっ!」


俺が自分を納得させる為に言った一言は蓮斗 レントに聞かれていたようで蓮斗 レントがこちらを振り向き、


「ん、何か言ったか?」


と首を傾げた。


「いや、何でもないよ。蓮斗 レントはやっぱ蓮斗 レントだなーと思ってさ」


「んだよそれ・・・」


そんな風に俺と蓮斗 レントが話していると前を歩いていたラングが後ろを振り向いた。


「さあ、この扉の向こうが王都アルドラードだ。大きな街は初めてかな?」


どうやら門の外と街を繋いでいるらしい城壁の中のトンネル状の通路。ラングは街側の出入口となっているだろう扉に手を掛けてそう言った。


「あ・・・はい!ずっと小さな村にいたので外の世界は初めてです!」


「そうか、なら初めは驚くかもしれないな。さあ、この先が光の王国と呼ばれる国の城下町だ」


俺が蓮斗 レントの模範解答的な設定付けに感心しているとラングが街に繋がる扉を開いた。


ギギィ・・・、と重々しい木の軋む音と共に大きな門の片側が開かれ、俺の目の前に街の景色が広がった。

その光景は俺の心を一瞬で奪うには充分だった。


「うわっ・・・なんだコレ!?・・・・・・すご・・・すぎる・・・・・!!」


始めに見えたのは、石畳で舗装された道の左右に建てられた美しい建築物の数々。その殆どが煉瓦のような物で組み上げられ、暖かい彩りを生み出している。


そして煉瓦の家々の向こうには白い意匠の背が高く、大きく横に広がった建物が見え、その更に後ろにはまさにファンタジーの世界でしか見れないだろう、立派な石造りの王城がそびえているのが見えた。


上の方しか見えないが、国旗らしき翼の生えた剣のようなマークが刻まれた大きな旗を翻す城の姿は圧巻で、俺は思わず鳥肌が立つほどだった。高揚し、胸がドクドクと高鳴っていくのを感じる。


「お、おい斎馬 サイマ・・・あれ・・・」


だが俺や隣で口をパクパクしている蓮斗 レントを本当の意味で驚かせたのはその建築物のいずれでもない。


「ふふふ・・・。驚いたかな?あれが我らの王国が光の王国と言われる由縁の一端であり、邪を払い、その莫大な光の力であらゆる攻撃から王都を守る神代の遺産、アルドラードの涙だ」


「アルドラードの・・・涙・・・!!」


それはちょうど王城の上空に浮かぶ巨大な結晶だった。空の青さを映して鮮やかな青色に輝き、巨大な魔法陣がその周囲を取り囲んでいる。


遠くて分からないが大きさは隕石と見紛うほどで光を湛え、神秘的に光り輝く姿はまさに神々の奇跡といった印象を強く俺に与えた。

あまりの衝撃に俺は我を忘れ、アルドラードの涙と呼ばれた巨大な結晶に魂を吸い込まれたように見入ってしまう。

王都の空を埋め尽くす蒼天の輝きは神の落とした涙と言うに相応しいだろう。


(これが神の遺産・・・、これが異世界・・・・・・。俺は本当に凄いところに来たんだ・・・!!)


今まで退屈な現実に辟易していた。楽しい事を探すのが、生きがいを探すのが大変で苦しかった。

その中で友人と過ごす楽しい時間だけが俺にとって本当に夢中になれる最高の一時だった。それすら無くなってしまいそうな時の流れに俺は悩み苦しんでいた。


・・・だがもう今は違う。


斎馬 サイマ・・・。オレ、オマエと異世界に来れてよかったぜ・・・」


傍らには最高の親友がいて。そして目の前にはどこまでも興味が尽きないだろう神秘の世界が広がっている。


「ああ・・・オレもだよ・・・!」


その時、初めて実感した。

俺は異世界に来たのだ。戻れないかもしれない、そのせいで失う物も沢山あるかもしれない。


でも今の俺の心にはそれらは些細なことでしかない。ただ、今は目の前に広がる世界をどう親友と共に歩み、楽しむか。その期待で胸がいっぱいだった。


「―――ようこそ。光の勇者が世界を救い、創りあげた国、光の王国アルドラードへ・・・!!」


鏑木 カブラギ斎馬サイマ 、22歳。

俺はこの春、親友と共に異世界へと降り立った。






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