プロローグ〜うつろう世界〜
「よーし、着いたぞー!!」
朝の冷えた静寂の中に
「ふあ〜あ・・・、
親友からの電話で飛び起き、服だけ着替えて飛び出した俺は、起き抜けのせいか頭に霧がかかったようでまだボーッとしていた。テンションの上がらない俺に
「オマエな・・・、オレよりゆっくり寝てたんだからちゃんと目覚ませよな?これからホントに異世界に行けるかどうか一世一代の大勝負なんだからなっ!」
と力強い口調で言った。
「はいはーい。わかったよ起きてるからさ、ふあ〜ぁ・・・」
俺は止まらない欠伸を噛み締めながら
「ここに来るの久しぶりだよな〜、懐かしいなこの古臭い感じ・・・」
周囲を見ていた俺は自然とそんな感想を口にしていた。朝のひんやりと澄んだ空気の中、香る木々と苔むした古い建物独特の香りが懐かしい。
「ああ、最後に来たのは中学の時だったっけか?流石に大学生になって秘密基地もねーし、わざわざ来る理由も無いもんな」
この神社はちょっとした山の中に建てられた物だ。行くには二百段以上はある石段を登らなければいけないし管理する人もおらず、神社は荒れ果てていて御利益など望めそうもない。その為、ここに来るのは昔の俺達と同じく探検ごっこや虫取りに来る子供達くらいのものだ。それもスマートフォンやゲームが主要な子供の遊びと化した現代ではほとんどいない。つまり春休みとはいえ、この神社を訪ねる者など誰もいない、という訳だ。
「はぁ・・・はぁ・・・・・・やっと・・・ついたっ・・・・・・はぁ・・・!!」
「あぁ・・・、こんな・・・はぁっ・・・階段キツかったっけ・・・!?」
俺と
「おお・・・、本当に懐かしいな〜・・・!!」
思わず声が漏れる。怒られるかドキドキしながら切り倒して秘密基地の材料にした竹林も、ゲームや雨宿りの場として使った建物の軒下も、全てが久しぶりで懐かしかった。
「本当だな。今じゃ俺らも大学生で真面目に学校通ってんだから不思議だよな・・・」
「ホントホント!
「グレてたんじゃねえ!戦略的撤退だよあれは・・・!」
そんな言葉を
今と違い、
「お前学校終わってコソコソと山の方へ歩いてくんだもんな・・・。で、ついてったら秘密基地なんかあってもう俺はビックリだよ!」
「同じクラスにストーカーがいた事も俺はビックリだけどな?」
あの頃から、
「さーて、それで?異世界に行ける祠ってのはどこらへんなんだ?」
話を切り上げ、俺が顔を上げて辺りを見回すと傍らの
「それならリサーチ済みだぜ。こっちだ」
そう言うなり、
「さっすが!頼りになるなぁ相棒!」
「へへっ!出来る男と呼べ」
本殿をぐるりと回り込んだ俺達は木々の間を抜け、林の中にポツンと建てられた祠の前に歩いていった。
その祠は表の本殿よりも更に風雨に晒され、ボロボロになっていた。写真で見たよりも風化が進んでいる感じがあり、かろうじて所々穴が空きながらも佇む姿は既にそこには何も宿っていないのではないか?という印象を見る者に与えてくる。
「小さい上に頼りない祠だな・・・。ホントにこんなんで大丈夫なのか?」
「おいおい、やる前からそんな事言うなって!さ、早速火付けてみよーぜ?」
言うなり、
「さあ、準備はいいか相棒?」
楽しげに
「ああ、やってみよう」
と言った。
「よし、オレがここ。
「ああ、わかった」
目を瞑ってクルクル回る為、お互いがぶつかってしまわないようある程度距離を取って祠の前に俺と
これをきっかけに俺と
現実と夢の境目。大人と子供の境目。
いつまでも同じでいられる訳もない俺達は少しずつ変化する環境に翻弄され、そして少しずつ変わっていく。
ある意味、今日のこの行為は大人になり、自分と向き合う為の一つの儀式なのかもしれない。いつまでも夢ばかりは見ていられない、という現実を正しく受け取る為の儀式。
だが、その中で少しだけ期待する自分もいた。
「よし、心の準備はいいか?
「ああ、いけるよ」
「よし、絶対に異世界行こうぜ?」
「ああ!」
声を掛け合うと目を瞑り、俺と
最初はバランスを取るのが難しく、足元がフラつくがすぐに慣れ、一定の速度で俺は回転し始める。
すると不思議と意識が徐々に内側へ内側へと集中し、感じるのは世界が回る感覚と互いの足音だけになる。
(これが終わればオレも
何かの終わりを感じ、俺はそう考える。別に会えなくなる訳では無い。だが大学生と社会人、変わってしまった立場では今まで通りの二人では無くなってしまうのではないか。
友人は
本当はそれが一番怖かった。
(だったら変わって欲しくない・・・。オレはこのままがいい・・・!いつまでも親友と楽しく笑えるこの時間がずっと続いて欲しい・・・・・・!!)
馬鹿げた考えである事は分かっている。きっと少し後にはアレが欲しい、コレが欲しい、と新しい考えが浮かぶに決まっている。
だが、それでも今は、今だけは後先考えないワガママな子供でいたい。
(そうだ・・・!異世界なんてモンがホントにあるなら連れてってくれ!!ずっとオレ達がオレ達らしくいられる、そんな場所へっ!!!)
図らずして俺は条件を満たした。そう、異世界に行きたいという強い願いを思い浮かべるという条件を。
条件は揃った。きっとこれを提案した
どのくらい、回り続けただろうか。遠心力で意識が少し、ぼんやりとする感じがする。
(あのブログの内容がホントならこれで異世界に・・・・・・・・・。いや、行ける訳無いだろ・・・)
心の中のもう一人の冷めた自分がそう口にしたその時、
『行けますよ?貴方がそう望むのなら・・・』
頭に声が響いた。澄んだ女性の美しい声が。
「っ!?今のは・・・!?」
驚き、俺は目を開けて回るのをやめようとする。だが目は開かないし身体は止まらない。
まるで機械か何かのように俺の身体はひたすら円運動を繰り返していく。
「なっ、なんだよコレっ!?」
『貴方が望んだのでしょう?願いは聞き届けられました・・・。招待しましょう。貴方の幻想が本物になる世界へと・・・。』
「い、いやちょっと待てよ!?なんで・・・コレ・・・!?」
叫ぶが状況を変えることは叶わず、瞑っているはずの眼の内側に光が溢れていく。痛いほどに光が塞がっているはずの網膜を焼き、俺は思わず叫んだ。
「なっ!?なんなんだぁっっ!?うああァァァーッッ!?」
目が焼け付く程の光の奔流に、俺の意識は徐々に遠のき、どこまでも落ちるような感覚が全身を襲う。
『ようこそ我らの世界、混沌の現世・・・イスラルディアへ・・・』
そして、力強く神秘的なその女性の声を最後に俺の意識は途絶えた・・・・・・。
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