プロローグ〜うつろう世界〜

「よーし、着いたぞー!!」


朝の冷えた静寂の中に蓮斗 レントの元気の良い声が響き渡る。学校で落ち合った俺と蓮斗 レントはそのまま移動し、たった今神社に着いたのだった。朝、俺が寝過ごして10分遅刻したのは予定調和の範疇だ。


「ふあ〜あ・・・、蓮斗 レントは元気だな〜」


親友からの電話で飛び起き、服だけ着替えて飛び出した俺は、起き抜けのせいか頭に霧がかかったようでまだボーッとしていた。テンションの上がらない俺に蓮斗 レントは冷めた目を向けると、


「オマエな・・・、オレよりゆっくり寝てたんだからちゃんと目覚ませよな?これからホントに異世界に行けるかどうか一世一代の大勝負なんだからなっ!」


と力強い口調で言った。


「はいはーい。わかったよ起きてるからさ、ふあ〜ぁ・・・」


俺は止まらない欠伸を噛み締めながら蓮斗 レントと共に神社へと続く石段を登り始めた。


「ここに来るの久しぶりだよな〜、懐かしいなこの古臭い感じ・・・」


周囲を見ていた俺は自然とそんな感想を口にしていた。朝のひんやりと澄んだ空気の中、香る木々と苔むした古い建物独特の香りが懐かしい。


「ああ、最後に来たのは中学の時だったっけか?流石に大学生になって秘密基地もねーし、わざわざ来る理由も無いもんな」


蓮斗 レントも過去を振り返ってそう答えを返してくる。


この神社はちょっとした山の中に建てられた物だ。行くには二百段以上はある石段を登らなければいけないし管理する人もおらず、神社は荒れ果てていて御利益など望めそうもない。その為、ここに来るのは昔の俺達と同じく探検ごっこや虫取りに来る子供達くらいのものだ。それもスマートフォンやゲームが主要な子供の遊びと化した現代ではほとんどいない。つまり春休みとはいえ、この神社を訪ねる者など誰もいない、という訳だ。


「はぁ・・・はぁ・・・・・・やっと・・・ついたっ・・・・・・はぁ・・・!!」


「あぁ・・・、こんな・・・はぁっ・・・階段キツかったっけ・・・!?」


俺と蓮斗 レントは息も絶え絶えに石段を登りきり、目の前に鳥居と本殿が見える森の中の神社を視界に入れた。そこには数年前、蓮斗 レントと二人で遊んだ懐かしい光景が広がっていた。


「おお・・・、本当に懐かしいな〜・・・!!」


思わず声が漏れる。怒られるかドキドキしながら切り倒して秘密基地の材料にした竹林も、ゲームや雨宿りの場として使った建物の軒下も、全てが久しぶりで懐かしかった。


「本当だな。今じゃ俺らも大学生で真面目に学校通ってんだから不思議だよな・・・」


「ホントホント!蓮斗 レント、あの頃はメチャメチャグレてたもんなー!」


「グレてたんじゃねえ!戦略的撤退だよあれは・・・!」


そんな言葉を蓮斗 レントと交わしていると俺の脳裏に中学の時の事が蘇ってきた。


今と違い、蓮斗 レントは自分の家の貧乏で兄弟が多く、母親しかいない環境に参っていた。そこから逃げるように蓮斗 レントはこの神社を拠点にするようになり、偶然それを見付けた俺が声を掛けたのが最初の出会いだ。


「お前学校終わってコソコソと山の方へ歩いてくんだもんな・・・。で、ついてったら秘密基地なんかあってもう俺はビックリだよ!」


「同じクラスにストーカーがいた事も俺はビックリだけどな?」


蓮斗 レントの面白み溢れる性格に俺はすぐに仲良くなり、沢山の話をした。家庭の事から好きな人の事、人に話した事の無い深い悩みまで。俺も色々悩める時期だったし、蓮斗 レントが少し精神的に参っている時期だったというのも大きいだろう。


あの頃から、蓮斗 レントは掛け替えのない親友なのだ。もし、その親友と異世界を冒険出来るのなら、俺は喜んで行くだろう。


「さーて、それで?異世界に行ける祠ってのはどこらへんなんだ?」


話を切り上げ、俺が顔を上げて辺りを見回すと傍らの蓮斗 レントが得意気に笑った。


「それならリサーチ済みだぜ。こっちだ」


そう言うなり、蓮斗 レントは俺に手招きし、迷いのない足取りで歩き出した。


「さっすが!頼りになるなぁ相棒!」


「へへっ!出来る男と呼べ」


本殿をぐるりと回り込んだ俺達は木々の間を抜け、林の中にポツンと建てられた祠の前に歩いていった。


その祠は表の本殿よりも更に風雨に晒され、ボロボロになっていた。写真で見たよりも風化が進んでいる感じがあり、かろうじて所々穴が空きながらも佇む姿は既にそこには何も宿っていないのではないか?という印象を見る者に与えてくる。


「小さい上に頼りない祠だな・・・。ホントにこんなんで大丈夫なのか?」


「おいおい、やる前からそんな事言うなって!さ、早速火付けてみよーぜ?」


言うなり、蓮斗 レントはどこからか取り出したチャッカマンで祠の両端に置かれた蝋燭に火を付けた。いつからあったかも分からない蝋燭はあっさり火が灯り、準備は完了した。


「さあ、準備はいいか相棒?」


楽しげに蓮斗 レントが声を掛けてくる。俺は僅かな期待と好奇心を胸に、


「ああ、やってみよう」


と言った。


「よし、オレがここ。斎馬 サイマはぶつからないようにその辺な?」


「ああ、わかった」


目を瞑ってクルクル回る為、お互いがぶつかってしまわないようある程度距離を取って祠の前に俺と蓮斗 レントは立つ。


これをきっかけに俺と蓮斗 レントは何か変わるのだろうか。この頃、良く考える事がまた頭に浮かぶ。


現実と夢の境目。大人と子供の境目。

いつまでも同じでいられる訳もない俺達は少しずつ変化する環境に翻弄され、そして少しずつ変わっていく。


ある意味、今日のこの行為は大人になり、自分と向き合う為の一つの儀式なのかもしれない。いつまでも夢ばかりは見ていられない、という現実を正しく受け取る為の儀式。


だが、その中で少しだけ期待する自分もいた。


「よし、心の準備はいいか?斎馬 サイマ?」


「ああ、いけるよ」


「よし、絶対に異世界行こうぜ?」


「ああ!」



声を掛け合うと目を瞑り、俺と蓮斗 レントはその場で回り始めた。

最初はバランスを取るのが難しく、足元がフラつくがすぐに慣れ、一定の速度で俺は回転し始める。

すると不思議と意識が徐々に内側へ内側へと集中し、感じるのは世界が回る感覚と互いの足音だけになる。


(これが終わればオレも蓮斗 レントもそれぞれの道に行かなきゃいけないんだな・・・)


何かの終わりを感じ、俺はそう考える。別に会えなくなる訳では無い。だが大学生と社会人、変わってしまった立場では今まで通りの二人では無くなってしまうのではないか。


友人は蓮斗 レントだけじゃない。当然新しい友達もこれから出来るだろうし、彼女が出来たりお互い結婚する事もあるだろう。それでも、蓮斗 レントとはいつでも最高の関係でいたい。


本当はそれが一番怖かった。蓮斗 レントとの関係が変わってしまう事が。大切な何かが変わってしまう事が。


(だったら変わって欲しくない・・・。オレはこのままがいい・・・!いつまでも親友と楽しく笑えるこの時間がずっと続いて欲しい・・・・・・!!)


馬鹿げた考えである事は分かっている。きっと少し後にはアレが欲しい、コレが欲しい、と新しい考えが浮かぶに決まっている。

だが、それでも今は、今だけは後先考えないワガママな子供でいたい。


(そうだ・・・!異世界なんてモンがホントにあるなら連れてってくれ!!ずっとオレ達がオレ達らしくいられる、そんな場所へっ!!!)


図らずして俺は条件を満たした。そう、異世界に行きたいという強い願いを思い浮かべるという条件を。


条件は揃った。きっとこれを提案した蓮斗 レントは俺以上にそう願っているだろう。ずっと一緒にいる親友なのだ。彼が軽い気持ちでこういう事をしないのは分かっていた。


どのくらい、回り続けただろうか。遠心力で意識が少し、ぼんやりとする感じがする。


(あのブログの内容がホントならこれで異世界に・・・・・・・・・。いや、行ける訳無いだろ・・・)


心の中のもう一人の冷めた自分がそう口にしたその時、


『行けますよ?貴方がそう望むのなら・・・』


頭に声が響いた。澄んだ女性の美しい声が。


「っ!?今のは・・・!?」


驚き、俺は目を開けて回るのをやめようとする。だが目は開かないし身体は止まらない。

まるで機械か何かのように俺の身体はひたすら円運動を繰り返していく。


「なっ、なんだよコレっ!?」


『貴方が望んだのでしょう?願いは聞き届けられました・・・。招待しましょう。貴方の幻想が本物になる世界へと・・・。』


「い、いやちょっと待てよ!?なんで・・・コレ・・・!?」


叫ぶが状況を変えることは叶わず、瞑っているはずの眼の内側に光が溢れていく。痛いほどに光が塞がっているはずの網膜を焼き、俺は思わず叫んだ。


「なっ!?なんなんだぁっっ!?うああァァァーッッ!?」


目が焼け付く程の光の奔流に、俺の意識は徐々に遠のき、どこまでも落ちるような感覚が全身を襲う。


『ようこそ我らの世界、混沌の現世・・・イスラルディアへ・・・』


そして、力強く神秘的なその女性の声を最後に俺の意識は途絶えた・・・・・・。

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