親友と行く、異世界転移道中

優夢

プロローグ 〜斎馬と蓮斗〜








季節は春。

徐々に暖かい風が吹くようになり、街には新たな環境への期待と不安が入り交じったような雰囲気が漂っていた。明確に何が違う、という訳ではないがこの時期に特有の人々が纏う空気だ。


そんな空気感に影響されるように自分の心の中にも漠然とだが"何か変わらなければいけない"、という思いが募るようになった。変わらない日々をずっと過ごせたらどんなにいいだろうかというありもしない妄想が浮かんでは消えていく。詰まるところ、現実逃避というやつだ。


・・・一体自分は何処へ向かって何がしたいのだろうか・・・。


「・・・・・・・・・なあ・・・。・・・おい?斎馬 サイマ・・・?」


「あ、おお?ゴメンゴメン、何っ?」


いつの間にかボーッとしていたらしく、掛けられた声に俺は思わず顔を上げた。慣れ親しんだ親友の不思議そうな表情が俺の意識を現実へと引き戻す。


「何?じゃねえよ・・・。話してたら急に返事が返って来なくなって顔見たらボーッとあらん方向見てやがって何事かと思うだろ?」


「ああ悪かったよ、そういや話の途中だったんだよな・・・」


そういえば先ほどまでこれからの進路について話していたのだ。俺の親友、蓮斗 レントは何も決まっていない俺と違い、高校を卒業したら家族を養う為に就職するらしい。俺と違い、しっかりと目的意識を持って自ら将来を選択する蓮斗 レントの話を聞き、俺はいつの間にか自分の事を考えてボーッとしてしまったのだった。


いつの間にか手に持っていた炭酸飲料の缶は温くなり、辺りは夕陽が落ちて完全な暗闇と化していた。


「もういいよ俺の話はっ!・・・ところでオマエはどうするんだよ?何も決めてないのか?」


「う・・・、知ってんだろ蓮斗 レント・・・、俺は絶賛、迷走中だよ・・・」


俺の答えに蓮斗はプッと噴き出し、鼻筋の整った精悍な顔を悪戯っぽく歪める。


「ハハ・・・、まあそんなとこだとは思ったよ。オマエ、今楽しいのが一番、みたいな感じだったもんなずっと」


「うるさいなー。オマエらと一緒にいるのが楽しすぎるのが悪いっ!特に蓮斗!オマエはヤバい!」


「おいおい!オマエのやる気の無さをオレのせいにすんなしっ!!」


「いいやオマエらの存在がオレをダメにするんだっ!!」


今は大学四年生の春。卒業が目前という状況だ。進路を決めている蓮斗 レントと違い、最後まで仲のいい友人達と遊び歩く事に全エネルギーを注いだ俺は結局自分が何をしたいかも分からず親に言われるまま名前も知らなかった企業に就職する事になった。


正直本当にこれで良かったのかどうか、という気持ちが後から後から出てくる。別に就職する事が嫌な訳じゃない。就職すれば自分で金を稼げて世界も広がり、楽しいこともたくさんあるだろう。


でも、だからこそ。流されるまま自分は時間を過ごしてしまっていいのかという思いが募る。流され続けた結果、取り返しのつかない結末が待っているのではないかという不安で心が一杯になるのだ。


「あーっ!!なんで大人になるんだオレはーーっ!!」


俺は今の心中を薄暗い空に吐き出すように上を向いて思い切り叫んだ。だだっ広いコンビニの駐車場に俺の声が響き渡る。人通りの少ない今の時間ではこっちを振り向く者はいない。代わりに隣で地面に座り込んでいた蓮斗 レントが俺の顔を見て苦笑する。


「んだよ、その哲学的な叫びは」


「だってさー・・・。あーあ、オレの将来はどうなっちまうんだろ・・・」


「なーに言ってんだ?いいだろ?オマエのとこはちゃんと学費出してくれる親なんだからさ?ウチなんか弟達養うのに必死でオレは就職確定コースなんだ。オレよりか全然いーだろ?」


「うっ・・・、それを言われちゃ何も言えない・・・」


俺は蓮斗 レントの言葉に怯み、罰の悪い顔をした。


その通りだ。蓮斗 レントの方が俺よりも大変な境遇にある。兄弟が多く、片親の蓮斗 レントに比べ、俺は両親がいて共働きし、金持ちでは無いが一般的な中流家庭と変わりない。本当は俺が悩む必要なんか何も無いのかもしれない。分かってはいるのだが・・・。


「あ、そーだ!斎馬 サイマ、そんなオマエに面白い話があるぜっ!」


またしてもボーッとしかけた俺に蓮斗 レントが悪戯っぽい笑顔で声を掛けてくる。

長年の付き合いだから分かる。蓮斗 レントがこういう顔をする時は本当に面白い話をする時の顔だ。


「何だよ?進路の話より面白いやつなのか?」


「まあ、見てみろって・・・ほらコレ!」


そう言い、蓮斗 レントが俺の方へ自分のスマホの画面を見せてくる。俺は好奇心と期待に駆られて蓮斗 レントのスマホの画面を見つめた。


「これって・・・・・・、何かのブログかなんか?」


画面に映っていたのは誰かが投稿したと思わしき文章が書かれたページだった。上の方によく観る人気アニメのキャラがトプ画として貼り付けられている。


「ああ、この人はアニメやラノベの異世界物が大好きで日本の色んなパワースポット的な場所を回ってブログに投稿してる人なんだ」


確かに文章には行ったのであろう場所の雰囲気や魅力が事細かに描かれており、凄く分かりやすい。載せられている写真も素人目ながら映りがよくこだわっているのが分かる。


こういう人がフリーライターとか名乗って副業で金を稼ぐのだろう。テレビなどで見た事を思い出し、俺は感心しながらブログを眺めた。


「・・・でもこれがなんなんだよ?言っとくけど俺はあんまり神仏に興味無いし、旅行に行く金なんて服とゲーム代に消えてないぜ?」


蓮斗 レントへの期待値が高かっただけにあまり魅力を感じず、俺は冷めた返答を返す。


「へっ、それはこのブログよく見てから言えよ?ほらここ!」


すると蓮斗 レントが画面をスクロールさせ、ページの1番上の方を指差した。そこには”異なる世界へ繋がると言い伝えられる神社”と大きな文字でタイトルが添えられている。


「へえ、異世界ってヤツか・・・、こういう場所ってあるんだな・・・」


日本でも良く神隠しとか言われるのがそうだろう。何となくテレビやネットの情報で見たり聞いた覚えがあった。


「だけどな、それだけじゃないんだぜ斎馬 サイマ?そら、これ見てみ?」


そう言って蓮斗 レントはブログに添えられていた写真の一枚を拡大した。言われるままに見てみると画像の中には古びてあまり人の手が長年入っていなさそうな神社らしき建物が映っていた。それを見てすぐに俺はあっ、と驚いた声を挙げて画面を覗き込んだ。


「これって!?・・・学校の近くにあるあの古い神社かっ!?」


「正解っ!!懐かしいだろー?俺らがガキの頃、裏の竹林に秘密基地作ったりしたあそこだよ」


「マジか・・・、あそこが異世界に・・・?」


話しながら画面を下にスクロールしてみると異世界に行く手順が分かりやすく解説されていた。


1、本殿の裏側にある小さな祠の前へ行く


2、祠の蝋燭に火を灯す


3、祠の前で目を瞑り、百回回る。回っている間、違う世界に行きたいと強く願い続ける


4、神様に願いが届けば別の世界へ行く事が出来るそうです



「なんかコレ・・・、胡散臭くね?」


文章を読み終わった俺は自然と言葉を漏らしていた。それほど異世界に行く手順はシンプルで誰でも出来るようなものだったからだ。


どう考えてもガセネタだとしか思えない。大方、ブログの回覧数を増やしたいブロガーが興味を持たせる為に自分で付け足した事ではないかと心の中で見当を付ける。


「手順もそうだし、大体出来るそうですってなんだよ?説得力無さ過ぎだろ!」


しかし厳しい指摘を入れる俺に蓮斗 レントがまあまあ、と手の平を出し、


「そもそも行ったら帰れるかも分かんないんだから証明のしようがないだろ?確かにちょっと胡散臭いけど面白そうじゃんか、異世界なんてさ?騙されたと思って行ってみようぜ?」


と言った。


「んんー・・・・・・」


確かに異世界に興味が無い訳じゃない。異世界ファンタジーのラノベやアニメ、ゲームで育ってきた俺達にはこういう話は大好物だ。蓮斗 レントもそれを分かっているからオレを誘ってきたのだろう。


(まあ高校最後の休みだもんな・・・。これが終わっちゃえば蓮斗 レントとも居られる時間は減るだろうし想い出作りにはいいか・・・)


「分かったよ!蓮斗 レントがそこまで言うならダメ元で行ってやるさ!」


「おお!そうこなくっちゃ親友っ!!」


「こういう時だけ親友言うな!」


「じゃあ明日の朝6時に学校の正門前に集合なっ!」


そうしてその日は蓮斗 レントと別れ、帰路に着いた。両親と夕飯を済ませ、風呂に入って自分の部屋のベッドに横になると改めて蓮斗 レントとした約束の事がまじまじと脳裏に浮かんだ。


「改めて考えるとオレ、凄い事約束しちゃったのかな・・・?」


普通に考えて実際に異世界に行ける、なんてのは夢物語だ。だが万が一、という考えが頭をよぎる。


もし実際に異世界に行けたとしてその先帰れる保証は無いのだ。残された家族や友人はどう思うだろうか。


「明日も出かけるんでしょ?早く寝なさいよ、夜更かし好きなんだから」


「オマエももう大学生かあ。最後の春休みだ、思いっきり今の内に楽しんどけ!後悔しても若さは帰ってこないぞー」


先程までの会話が頭に浮かんでくる。もし帰って来れなければこれが最後の会話になってしまうのかもしれない。


「・・・なんて、そんな訳ないよな。考え過ぎだっての!あーあ、ゲームでもしよっ」


何を自分は真面目に考えているのだろうか。明日も普通に親友との楽しい事が待っているだけだ。俺は早々に自分の思考に見切りをつけるといつも通りお気に入りのゲームをプレイした後、日付が変わる頃にベッドに入った。


(明日はいつもより楽しくなりそうだな・・・!!)


俺はドキドキと小学生の様に胸に期待を躍らせながら意識を放した。


この先の自分の人生が明日で大きく変化していくとも知らずに・・・・・・・・・。

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