第十九話 すぐキレるのよくない

 秀雄は混乱した。


 まず、自分がなぜはたかれたのかがわからない。次に、なぜ、こうも情熱的で魅力的な憎しみの目で沙代里に見られているのかがわからない。沙代里は無感情なのではなく、感情の起伏が激しすぎるのだ。


「そのときはそのとき、じゃない。原稿が出されなかったときの代案があるのかどうかと聞いている」


 そう言い放つと、次の瞬間、沙代里はいつもの無表情に戻っていた。


「……もし出されなかったら、明日までにぼくがでっちあげるよ」


 もともと秀雄はそう考えていた。だが、わざわざ事前に言うほどのことではないと思っていただけだ。理不尽な暴力への怒りは沙代里の感情的な表情に見惚れることでどこかにいっていた。


「そうか。ならいい」


 はたかれた、といっても沙代里の腕力だ。秀雄は、何事もなかったかのように歩く沙代里についていきながら、事態を整理した。


 まず、自分がはたかれた理由。それは、おそらく沙代里の満足する回答をしなかったからだ。つまり、沙代里は、自分の思い通りにならないとキレるタイプ。


「あの……境川さん、何もはたくようなことじゃないよね」


 秀雄は落ち着きを取り戻してから言った。次の問題は、なぜすぐに手が出るかだ。


「そうか? わたしがまじめに話しているのに、おまえはまじめに話していなかった。わたしのプライドを損なった。罰を与えるには十分な理由だ」


 沙代里は、今度は秀雄の前をすたすたと歩いていく。


 ……罰? 前にも聞いたな。


「もしかして、SNSで『王』を名乗ってヘンなメッセージ流したのって境川さん?」

「SNSで『王』? 意味がわからん。ふざけているのか?」


 秀雄は、事実関係を見誤ると今後の人間関係に響くと考えた。


「そんなメッセージがクラスに出回ってるって聞いたからさ」

「そうなのか」


 沙代里は関心がなさそうだ。ふつうなら気になるはずの、そのメッセージがどう伝わったのかについて、突っ込んで聞きさえしない。嘘をつく理由もなさそうだ。ということは、あの「王」は沙代里ではない。


 サッカー部のクラブハウスが近づいてきた。


 ふと、沙代里が足を止めた。そして、振り返らずに言った。


「おまえへの罰は二度目だ。ものを大事にするのは結構だが、汚すぎるカバンはもはや無礼だ。代わりに捨ててやったが、まだ使っているようだな。懲りないヤツだ。三度目はない」


 そう言うと、沙代里はすたすたとクラブハウスに近づき、ドアノブに手をかけた。


 言い返すタイミングを失った秀雄は、愛用のカバンを片手に、努めて冷静に整理した。ようするに、何にキレるかいまいちわからず忖度が必要で、よく手が出るってことか? やべー。

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