第十八話 美幼女と珍獣
次期生徒会役員には、正式な任期が始まる二学期までに、いくつか雑用が与えられる。
最初のそれは、ポスター報告の準備だ。ポスター報告と言っても、次期生徒会役員たちが自分たちでポスターを作成するわけではない。まだどのクラブに入るか決めていない生徒のために各クラブが用意する原稿を集め、ポスターにして展示するだけだ。原稿さえ集めてしまえば、あとは生徒会担当の教員に渡しさえすればいい。それを体育館に例年、掲出する。それだけだ。
だが、各クラブは、なかなか原稿を出さない。まともに作ろうともしないところもある。もう四月も末で、イベントは五月の連休前。まったなしだ。
その日の放課後。秀雄と沙代里は、約三メートルの間隔を空けて高等部の廊下を歩いていた。沙代里は秀雄よりも背が低い、クラスでたった一人の女子だ。白磁のような透き通る肌と絵画的なまでに整った容姿は、容姿で読モといったアルバイトをしている生徒が多いこの学園でも目立つ。秀雄は逆の意味で目立っていた。秀雄は学年の男子では一番背が低いうえに、誰がどうみてもチビデブハゲの三重苦。二人が一緒にいる姿は、美幼女と珍獣だった。
「サッカー部のクラブハウスって本当にこっちなのか!?」
と、沙代里。約三メートルも離れているので、自然と大声にならざるをえない。そうは言っても元々鈴を鳴らすような声だ。よく聞こえない。秀雄は沙代里のほうを向いた。向くとまじまじとつい見てしまうので、できるだけ見ないようにしていた。外見だけは好みなんだよな。
「なんだって?」
「クラブハウス! どこ?」
「かなり遠いけど、この方向で合ってるはずだよ」
わざわざ離れて大声でしゃべるなどバカげているが、自分から沙代里に近づこうとは思わない。
「原稿が今日出なかったらどうするんだ!?」
「なに?」
沙代里は、形の整った眉を思い切りしかめると、秀雄に歩み寄った。秀雄は、思わず避けた。
「なぜ避ける」
「なぜって、『近づくな』って言ったのは境川さんだよね」
次期生徒会役員名簿が全校生徒に告知された日。ちょうど柚香が終礼を終えて教室から退出した直後、沙代里は秀雄の席まで歩いてきて言った。
「仕事をするときは一緒にならざるをえない。だが、わたしに近づくな」
そんなわけで、秀雄は沙代里に近づくのを躊躇する。
「わたしと話しにくいと判断したときは、近づいてもいい。それくらいわからないのか?」
「複雑だね」
相手が常に命令口調の「公爵」さまだとどうも「常識」がわからなくてね、とは秀雄は言わなかった。
「で、原稿が今日出なかったらどうするんだ、ってことだ」
沙代里は相変わらず無表情だ。だが、仕事が終わらないことにイラついているのは確かだろう。
ポスターの原稿は、各クラブが作成する。だが、この時点ですでに十分な新入部員を確保しているクラブほど、この手の原稿を出したがらない。出しても手抜きなのがありありとわかる。とくに、すでに候補者を絞り込んで計画的に新入部員を勧誘・獲得している体育会系のクラブはそうだ。
明日は、担当教員である柚香に原稿を渡す締め切り日。
「そのときは、そのとき、だね」
と、秀雄はいつもの作り笑いをした。
すると。
びたーん、とビンタが飛んだ。沙代里は秀雄よりも身長は低いが、効果的にビンタを張るくらいは可能だ。
秀雄はあまりのことにことばを失った。
「おまえはマジでムカつくやつだな」
沙代里があの、燃えるような憎しみの目で秀雄を見ていた。
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