第十六話 特特待生
「と、とくとくたいせいってなんですか!」
くるみは声を振り絞った。目は何故かしっかり閉じられていた。
秀雄、舟見、愛花の三人はしばらくくるみを見ていたが、やがて愛花がため息をつき、切り出した。
「ある程度は有名かと思っておりましたが。いえ、一般生徒が知らなくても無理はないのかもしれません。特特待生とは、特別の特待生のこと。一言で言えば、この学校の授業料・寮費を上回る奨学金が貸与ではなく給付される生徒のことです」
「え……この学校、すごくお金がかかるってマ……母が言ってました」
くるみは驚きを隠さなかった。
「すごくお金がかかる……ええ、そうですね。間違いではありません。でも、もっと正確に言えば、一般の方々から見れば、絶対に払えない金額です」
黒白鳥学園の学費等々は、一般人からすれば、非現実的な金額だ。
「特特待生は数年に一人いるかいないか。その存在は秘匿されるわけではありませんが、おおっぴらに喧伝されるものでもありません。あまりに条件が厳しく、宣伝にならないのです」
舟見はうなずいた。
「フツーの特待生にだって、偏見や好奇の目が向けられるくらいだよ」
へー、とくるみは感心した。だが、もちろん、舟見がその特待生だなどとは思ってもいそうにない。
「でも、どうしてその……四十八坂さんは知っているんですか? 日野原くんがそうだってこと」
きょとん、としてくるみが聞いた。
「特特待生は、制度の名前だけは知られていますが、その全貌は知られていません。もちろん、誰が特特待生かも学校側からアナウンスされることもありません。でも、日野原くんは、隠してはいないようでしたね」
そう言って愛花はくるみから秀雄に目を向けた。
「それは、そうですね。ぼくも自尊心めいたものはたぶんあるのでしょう」
秀雄はため息をついた。そうだ。ぼくは何も隠してない。隠しているのは趣味だけだ。
「日野原くんのカバンだよ。きっかけは」
舟見がくるみにヒントを出した。
「え? え!? 日野原くんのカバン!? ……確かに、すごいダメージ感あるよね」
「そう来ましたか」
舟見はヤレヤレといったていだ。
「水沢さん。日野原くんのカバンはダメージ加工とかではないし、ふつう、入学式には制式のカバンで来るもんじゃないか? うちにはこういうのがあるんだから」
そう言って、舟見は足元に置いたまだ使用感のない校章のついたカバンを指さした。
「でも、日野原くんは、『制式のカバンを使わない』んだ。特特待生ならきっともらえると思うんだけど。買うにしたっていくらでも買えるお金をもらってる。なのに、こういうカバンを使っているってことは、当然、目をつけられる。目をつけられれば、調べられる」
舟見はそう言って、愛花のほうを見た。
「わたしの役職上、新一年生にどういった方々がおられるのかは興味ありますから。一年八組に目立つ一年生がいるという話は、すぐに飛び込んできましたわ」
生徒会長ともなれば、特別な情報網があるわけだ。
「先輩の目に留まって光栄です」
秀雄はにっこりと笑みを浮かべた。愛花も作り笑いでそれに応えた。
「そのせいで日野原くんがいじめられてるんですね!」
くるみが突然割り込んできた。鼻息が聞こえるようだ。
「いじめ……?」
愛花がくるみを見た。秀雄は、その次の瞬間には愛花の視線を避けることができないのを悟った。くるみはきっと、四十八坂先輩にぼくへの「いじめ」をなんとかしてもらうよう頼むつもりなんだ。その意味では、舟見と同じ動機をもつともいえる。もっとも、境川さんとぼくとの接点をつくろうとする舟見の試みは奏功しなかったが。境川さんの態度もヘンだったし……そもそも舟見は境川さんとぼくとの話がどう進むと思っていたのだろうか。
「『いじめ』というか、まあ、その『牽制』ってやつですよ」
秀雄は手短に説明しようとした。自分を無視するよう怪文書が出回ったこと。
「それは……陰湿ですね。まるで絵にかいたような……稚拙な」
愛花は嘆息した。
「いくら『牽制』でも、もう少し、なんというか、その、『大人』になれないものでしょうか? もう、高校生なのですから」
「あはは。つい数か月前までは中学生でもありますからね」
秀雄は他人事のように笑った。
「でもまあ、ぼくは、かえってせいせいしてるくらいですよ」
つまらないヤツに話しかけられてもウザいだけですから、とは秀雄は言わなかった。だが、愛花はそれを見透かしたかのようだった。
「……なるほど。それは目立つはずです」
「だめだよ! そんなんじゃ!」
くるみがまたもや割って入った。
「四十八坂さん! 四十八坂さんなら、その、なんとかなるんじゃないですか」
どうも、くるみは四十八坂先輩の魔法の力に期待しているようだった。
すると、愛花は興味深そうにくるみを見つめて、言った。
「その『牽制』のことなんですけど、たぶん、解決すると思いますよ」
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