第十三話 次期生徒会役員選考会議

 放課後。


 秀雄は舟見とともに生徒会室にいた。


 黒白鳥学園高校の生徒会室は、生徒会役員総勢三十二名を収容するにしても広すぎるくらい広い。隣の席まで優に三メートルはある。一クラスから二名の生徒会役員、一学年八クラスで十六名。夏休みを境に三年が引退、交代で一年生が入る仕組みだ。


 その日の会議では、まだ決まっていない一年の生徒会役員を選出することになっていた。「次期」とあるが、夏休み前には生徒会役員になる。


 黒鳥学園は、屈指の名門校。生徒会役員ともなれば、内申書にも箔がつく。だが、コンペティションになるのは最近では稀だ。見えない力で、各クラスの「代表」二名は選考会議までに決まっていることが多い。親やその他の圧力で事実上の推薦を受けた二名は、秀雄のいる一年八組にももちろんいた。その一人が境川沙代里だ。もう一人が宮崎あさひ。沙代里とよく一緒にいる、というよりもむしろあさひのせいで沙代里が見えないことがよくあるので、秀雄の身勝手な憎しみの対象になっている。


 二人の異分子が紛れ込んだものだから、会場は一年八組の椅子の置かれたところだけ騒然となった。もっとも、騒然としたのは、沙代里やあさひが座っている備え付けの大きな椅子から大きく後ろにパイプ椅子が二脚用意されるまでのあいだだけだ。


 秀雄は、これさいわいと沙代里を間近で見ようとした。


 だが。


 沙代里は、秀雄を一瞥しただけだった。まるで関心がないという様子で。


 秀雄は、拍子抜けした。憎しみと愛情は、ともに執着の別の形だ。憎まれるということは、意識されるということ。意識されていれば、人間関係は形成されるものだ。だが、無関心から何も形成されることはない。理由は不明にしても燃え上がるような憎しみで秀雄を意識していた沙代里の姿は、秀雄の妄想でしかなかった、ということか。クラスを恫喝したときに睨まれていたように感じたのも、気のせいだったのかもしれない。そういえば、舟見は、沙代里の親戚がどうのと言っていただけで、机を倒したのが沙代里とは言っていなかったな。あの沙代里の表情からは、机を倒すどころか、そもそもクラス全体で無視を決め込むようSNSで指示したというのも怪しい。


「きみ、何しに来たの?」


 あさひが舟見に詰め寄った。秀雄は見えていないていだ。宮崎あさひは沙代里の幼馴染だが、黒白鳥学園に入学したのは小学校からだ。だから「伯爵」にあたる。


 「公爵」と「伯爵」。実際、生徒会役員はほとんどそれぞれの学年に一人いるかいないかの「公爵」と、クラスに一人はいる計算の「伯爵」で占められている。ほかの者が入り込む余地などありそうにはない。


「いや、見学だよ、見学」


 たじろぐフリをする舟見。


「見学なわけないでしょ。候補者名簿に名前載ってたよ!」


 語気が強くなるあさひ。


「もういい。あさひ。あんまり目立ちたくない」


 沙代里が鈴の音を鳴らすような声でつぶやいた。


 すぐに黙り込むあさひ。


 秀雄は違和感を感じた。無関心というより、無感情じゃないか。


 秀雄の好みは、十歳から十二歳くらいのビッチである。姿形が十歳から十二歳の美少女なら誰でもいいというわけではない。漂い始める前の色香ですら男をたぶらかそうとする魔性こそ秀雄の求めるものだった。いくらぼく好みの清楚で可憐な美少女でも、ただのお人形さんじゃ興ざめだよ、まったく。


 秀雄の妄想が膨らんでいた分、落ち込みは激しい。もはや秀雄の目には、沙代里は獣欲をあおるニンフではなく、ただのお人形さんだった。まあ、それがわかっただけでも、舟見には感謝すべきなのかもな。


「静粛に」


 凛とした声が響き渡った。


 現生徒会長で三年生の四十八坂愛花しじゅうはっさかあいかだ。「公爵」で、衆目の集まる黒白鳥学園高校を何のスキャンダラスな出来事に巻き込むことなく平穏無事に治めていることから、「白魔女」などとも呼ばれる。実年齢以上の貫禄も、そのあだ名には込められているのかもしれない。


「ババアだな」


 秀雄は絶対に周りに聞こえない声でつぶやいた。

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