第十二話 段取り
「そうなんだ。境川さんがね」
秀雄は相槌を打つも、心ここにあらず、だ。あの華奢な体がぼくの机をひっくり返した、だなんて? どうしてぼくはその場にいなかったんだ。いたいけな少女がぼくに憎しみをあらわにしてそんな暴挙に出る姿なんて、尊い。
秀雄が自分の世界に入りかけているあいだ、舟見は自己紹介を始めていた。
「ぼくは一応、これでも情報選手権一位なんだ。もちろん、それだけで情報通を気取れるわけなんてない。ぼくの実力は、単にIT系の技術が人よりあるってだけじゃなくて、情報網を世界中に作り上げってることで……」
秀雄は、舟見の言うことなど全く耳に入れていない。どうしてそんなにぼくのことを憎んでいるのかわからないが、あの、非力そうな腕で、ぼくをわしづかみにして……かきむしったりするのだろうか!? いや、暴力はキライだが。
「ねえ。聞いてるのかい?」
舟見が秀雄を現実に引き戻した。秀雄はようやく舟見に目を向けた。
「とにかくきみが『騎士』ってことね。それで、ぼくにクラスの雰囲気を戻してほしい、と」
舟見は、秀雄にどこまでやる気があるのか、まだ怪しんでいた。
「ま、そういうことだけどね」
「で、きみは具体的に何をしてくれるわけ? ぼくはこのままでも別にかまわないんだけど」
秀雄は意地悪く言った。舟見は苦笑した。
「はは。だろうね。ぼくが提供できるのは、事態が悪くならないように、きみに情報を渡すくらいさ。きみだって、これ以上、雰囲気が悪くなるのは困るだろ」
秀雄は内心、舟見のバランス感覚に舌を巻いた。秀雄も、これ以上イジメがエスカレートしても困るところだ。
「なるほどね。わかったよ。きみは悪いヤツじゃなさそうだ」
そう言って、秀雄は舟見に握手を求めた。舟見は抵抗なく握手に応じた。
「で、具体的には、ぼくは何をしたらいい?」
舟見は陰気な笑いを浮かべた。
「唐突で悪いんだけど、境川さんと話をしてくれないか」
秀雄はいっしゅん、興奮を覚えた。もう日も暮れてしばらく経つというのに、二人きりで逢引きしろというのか!?
「もちろん、今からじゃない」
秀雄は落胆した。
「明日の放課後、次期生徒会役員立候補者の集まりがある。境川さんは立候補するために出席する。ぼくも出席するが、きみも出席してくれ」
秀雄はもちろんその集まりがあることは知っていた。だが、生徒会役員に興味はないから、完全に忘却していた。秀雄は、その手のものになったことはないし、なるつもりもなかった。
「ぼくが出席したからといって、境川さんがぼくと話をするとは限らないぞ?」
「いや、する。討論会があるからな。さすがに、生徒会長や教師が見てる中で公然ときみを無視はできない」
秀雄はため息をついた。
「当たり障りのない話をしたって仕方ないだろう? ばかばかしい」
討論会などとは名ばかりに決まってる。
「それでも、それくらいしか、とっかかりがないのも事実だ。クラスできみと公然に話すことは現状ではありえないんだから」
秀雄は納得した。それはそうだ。クラス全体がぼくを無視していなかったとしても、境川さんとの接点などできそうにない。境川との接点を作るチャンスと考えれば、悪い話ではなさそうだ。
「わかった。じゃあ、参加登録は今からでもできるんだな?」
舟見はにやりと笑みを浮かべた。
「もう、きみの名前で登録してるよ」
秀雄は舟見の狡猾さに少し呆れた。だが、その小ズルさは嫌いではなかった。
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