第十話 二人の時間
柚香は、第一学生食堂で「スーパードゥーパー」パフェをほおばりながら、昔のことを思い出していた。十年前。中学三年生の頃だ。あの頃の二人も、先生と女子生徒だった。日野原くんは先生ではないけど。
それは記憶が薄れるほどの過去ではなかったが、柚香は、思っていたよりも感慨のないことに、少し驚いた。あの出会いからわたしの人生は変わった。でも、相変わらずこのパフェは費用対効果が高いわ。
柚香がカウンターから戻ってきたときには、すでに秀雄とくるみはいなかった。門限が近いのだから当然だ。柚香は、腕時計をチラリと見た。いくらウチがここから近いったって、そろそろ帰らなくては。またあの子が最後の一人になってしまう。
柚香は、手早くパフェを平らげると、足早に一人娘のいる学童保育施設へと向かった。
一方その頃、学生食堂を出て、くるみと別れて寮に帰る道すがら、秀雄は頭を悩ませていた。あの、くるみの反応。たぶん、頭の中が小学生並みなのだろう。ぼくを男として認識できていないありがちなパターン。凡百の女子どもにぼくの価値などわかりはしないし、家畜にわかって欲しくもない。だが、あの場を水沢に嫌われることなく切り抜けられたのは僥倖……なのかな。
そのとき、携帯端末にメッセージの受信を知らせる振動が訪れた。
[また会えるかな]
くるみからだった。そりゃ、明日、学校で会えるだろうが、そういうことではなさそうだ。
[もちろんだよ。あと、先生にはまだクラスのことは相談しないで。ぼくがなんとかするから]
くるみに余計な話をされないためには念押しする必要があるが、秀雄には、うまい手が思いつかなかった。
[本当に大丈夫? 明日また会える?]
またくるみからのメッセージが来た。このやさしさはまさに母の慈愛……うぅ。間違ってもぼくはマザコンではない。
[学校だと話せないから、放課後、学生食堂で]
それ以外にどう返答しろというのか。秀雄はため息をついた。まあ、何か新しい情報が入ってくる可能性に期待しよう。
[わかった。今日は楽しかったよ! おやすみ]
どうもくるみには楽しい会話だったようだ。
そうこうするうちに、寮に帰りついた。いくら自由が基調の学園といえど、さすがに男子寮と女子寮とは分けてある。
黒鳥寮。最初にその名を聞いたとき、なんで男子が黒いんだ、と秀雄は思ったが、逆ならいいってものでもないか、とあきらめている。
門限を少し過ぎた程度で怒られはしないが、生徒の自主性とやらを言い訳に職務を半ば放棄している管理人を尻目に玄関をすぎて、秀雄が自室に入ろうとしたとき、呼び止める声があった。
「日野原くん、ちょっといいかな」
それは秀雄より少し背が高くやせ型の男子だった。秀雄は顔を知っていた。クラスメイトだ。だが、名前は思い出せない。
「別にいいけど。ぼくと話したらマズいんじゃないの」
そのとき、廊下にはその男子と秀雄以外誰もいなかった。
「そうだね。だから、きみの部屋に入ってもいいかな」
その男子は、いかにもそれとわかる作り笑いを浮かべた。
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