狐の尻尾は黄金色

冬野いろは

第1話 プロローグ

 草臥れた社に色を添える、鮮やかな紅葉。


 彼女の姿を初めて見たのはいつだったか、正直言って覚えていない。

 今目に映る景色は生気を残した緑の葉で、燃える赤にはまだ早い季節だ。


 それでも小さな社に手を合わせる彼女の姿を思う時、静謐な空気と赤く鮮やかだった鳥居の色を幻視するのだから、去年の晩秋には見かけるようになっていたはずだ。


 何時からかは自信がないが、気がつけば。


 周囲が白く閉ざされた季節も、生命の旺気が鼻腔をくすぐる季節も。

 絶え間ない蝉時雨が去り、揺らぐ空気が落ち着きを取り戻した後も。

 彼女はここにやってきた。

 雨の日も風の日も、気がつけば毎日、まいにち。


 彼女の姿を気にするようになってから、実際には姿を見ない日もあっただろうが、三百も数えれば毎日と表現するには十分だろう。


 素朴な参道は急な傾斜を作っていて、十基連なる鳥居はいくぶん小さい。背丈よりは高いのだから支障はないが、褪せた鳥居を潜る時、彼女は僅かに頭を屈める。

 軽く十回屈める度に、柔らかな髪がふわりと風を孕む様は可憐でもあり。


 たいていは朝、そうでなければ夕方。両方の時だってある。

 小走りに現われては小高い社の前に辿り着き、また一つ頭を下げる。

 そして彼女が紡ぐ言葉は、いつだって同じなのだ。


 そのためだけに彼女は来た。人から忘れ去られた小さな社に現われた。


 そんな必死な、一途な願い事を俺はずっと聞き続けて。

 雨の日も風の日も、毎日、まいにち。






 ……そしてとうとう、俺はキレた。





「いい加減にしろ! 毎日毎日、同じ事ばっかりいいやがって」

「ふえ?」


 社の中から飛び出した俺に、驚いた眼。

 そりゃあそうだ。人気のないこんな社に誰かがいるなんて思わねえ。

 あんぐりと口を開けた彼女の顔に、やっちまったか、と後悔したがもう遅い。

 姿を見せた今日ばかりは言ってやらなきゃ気が収まらねえ。


「こんな社で、破廉恥なこと口走ってんじゃねーって言ってんだよ。毎朝聞かされる身にもなれってんだ」


「……な、…な、な?」


「何だって毎日まいにち、社にまで来て願う事がそれなんだ。お前の頭に詰まっているのは、それだけか」


「えっと、ちっちゃい神様?」

「とんでもねえ!」



 それが俺と奇妙な運命を持つ彼女との、初めての出会いだった。



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