第185話 日常

 ◇◇◇◇


 ふと気がつくと、俺目の前に人神がいた。


「あら。ウィルちゃん。またこっちに来てしまったのね」

「……来るつもりはなかったのだが。呼んだのか?」

「呼ぶわけないわ。来すぎたら死にやすくなるっていったでしょ?」

「じゃあなぜ」

「ウィルちゃん自体が、神に近づいているのかも知れないわね」

「嘘だろ?」


 驚く俺に女神は笑顔で言う。


「まあ、そんなことはいいわ」

「そんなことって……」


 俺が神に近づいているなど、軽く流せる内容ではないと思うのだが。

 そんな俺の背中をバシバシと叩きながら、剣神が言う。


「神の世界で修行した、神々の使徒なんだから当たり前だろう。どうせ死んだら神になるんだし気にすんなよ!」

「お、ウィルが来たのか?」

「久しぶりだな!」


 続々と神々が集まってくる。


「ちっ。こっそり私だけが話すつもりだったのに」

「姫よ、相変わらずケチだな」

「ケチって何よ!」


 姫たる人神が、他の神たちが喧嘩し始める。


 それを横目で見ながら魔神が言う。

「それにしても、お手柄だったな」

「お手柄? 教皇を倒したことか」

「そう、それよ!」

 もめていた人が口を突っ込んで来た


「向こうで思う存分喧嘩していろよ」

「ウィルちゃん、なんで、そんな意地悪言うの?」


 他の神々の声は聞こえてこなくなっている。人神が黙らせたのだろう。


「あの教皇ってのは、本当にやばくてね」

「子供にしか見えなかったが」

「子供だからまだましだったの。厄災の獣の使徒っていうか、依り代だから」

「依り代? ということはあの身体にテイネブリスが乗り移るかもしれなかったってことか?」

「そうね、あと数年で確実に」

「俺の全盛期にテイネブリスの復活する予定だったんじゃないのか?」

「そう調整したんだけど、テイネブリス側も対策を打ってきたってことよ」


 教皇は俺と同じくらいの年齢の子供に見えた。

 実年齢もやはり同じぐらいだったのだろう。


「テイネブリスはウィルちゃんの全盛期が来る前に復活しようとしたのよ」

「なるほどな。それにしては拙攻という感じだったが……」


 教皇の存在を隠し続け、突如復活させた方がいい。


「テイネブリスと教団の意思に齟齬があったのよ。教団は焦ったのね」

「なぜ焦る?」

「本気で言っているの? 八歳児に枢機卿が殺されて焦らないわけがないわ」

「……なるほどな」

「それにウィルちゃんとルーベウムちゃんが祝福を本格的に使い始めて、色々と技術を伝えはじめたでしょう?」

「祝福はしたな。技術というと気配消しとか気配察知か?」

「それ以外にも訓練法をティーナたちに教えたりしてたでしょう?」

「……そういえば、教えたな」

「時間はウィルちゃんに有利に働く。そう考えて焦ったのね」


 実際、俺や俺の弟子たちも、時間は俺たちに有利に働くと考えていた。


「時間がウィルちゃんに有利に働かないようにするために、テイネブリスは教皇を用意してたのだけど」

「真意が伝わらなかったと言うことか」

「そういうこと。まあテイネブリスの真意通りに進んだとしても、まだ五分でしょうけどね。そのぐらい戦力増強は順調だったし」

「……そうか」



 そして人神は俺のことをぎゅっと抱きしめる。


「テイネブリス側が急に動き出して、本当に心配したわ」

「そうか、心配をかけて済まない」

「教皇は子供の時点で単純な膂力や魔力はウィルちゃんより、大分上だったし」


 だからわざわざフィーを使って警告してくれたのだろう。


「確かに強かった」

「戦闘経験の差が生きたわね。修行させた甲斐があったわ!」

「経験の差もあるが、それよりも仲間の差だろう」


 俺がそういうと、犬神、竜神、ヤギ神、スライム神が人神を押しのけて俺の前に来る。

 そして黙らせていた人神の力を打ち破って語り出す。


「ルクスカニス、いやルンルンは強かっただろう?」

「ルーベウムだって凄かったはずだ!」

「シロも忘れるな!」

「フルフルがいなかったら、トドメをさせずに逃げられたはずだぞ!」

「ああ、みな素晴らしい活躍だったよ。ありがとう」

「そうだろうそうだろう」


「もう、勝手にしゃべって! 私とウィルちゃんの大切な時間だっていうのに」

「姫は独り占めしたがる癖、ほんと直せよ!」


 そのとき、俺の身体がすぅっと薄くなっていく。


「あ、そろそろ時間か」

「引き留めるわけには行かないわね。ウィルちゃんは神ではない生者なのだから……」

「神々のみんな、ありがとうな!」


 俺は師匠である神々にお礼を言う。


「おう! 気をつけてな」

「死ぬまで元気に生きろよ!」


 そして薄くなった俺を再び人神は抱きしめる。


「昨日の襲撃は教団の全戦力をつぎ込んだもの。それを殲滅させたのだから、教団は壊滅状態よ」

「それはよかった」

「教皇にくわえて枢機卿も全員討取られたし」

 恐らく俺の弟子たちがやったのだろう。


「ウィルちゃん。教皇はテイネブリスの魂を使って作り出された御子よ」

「それは新事実だな」

「教皇を討滅したことでテイネブリスの魂自体、大きく傷ついたわ。そして手足となる教団もなくなった」


 人神が話している間にどんどん俺は薄くなっていく。


「テイネブリスは魂の損傷を治せず、そのまま消滅するかも」

「そんなことがあり得るのか?」

「教団の残党が何も出来なければあり得るわ」


 残党狩りを頑張れば、テイネブリスの復活を未然に防げるだけでなく、殺しきることすら出来るのかも知れない。


「それは良い情報だ。頑張ろう」

「ウィルちゃん、けして無理はしないでね」

「わかっている」


 そしてついに俺はほとんど姿が見えなくなるほど薄くなった。


「なにかあれば、フィーを通じて連絡するわね」

「ああ」


 そして、俺の意識は眠りに落ちるように、消えていった。



 ◇◇◇◇


 ――ぺちゃぺちゃぺちゃぺちゃ

 眠っていた俺の顔を何者かが舐めまくっていた。


「だめ! あにちゃはつかれてるの!」

「めえ?」

 ――ぺちゃ


「だめ! あにちゃがねているのじゃましたらだめ!」

「……め」

 ――ぺ


「だめ! シロちゃん。こっちでごはんたべよ?」

「…………め」


 俺の顔を舐めていたシロをサリアが止めてくれていたようだ。

 シロは不満げながら、サリアの指示に従って離れていく。


 俺は目を開ける。

 窓の外を見る。昼になっていた。


 俺の真横にはルンルンがゆったりと身体を横たえ、お腹の上にはルーベウムが乗っていた。

 そして額の上にはフィーが乗っている。


「……フルフルは?」

「……ぴぃ」

 俺の背中の下に潜り込んで眠っていた。


「重くないのか?」

「ぴ」

 重くないらしい。


「あ、あにちゃ! 起きたの?」

「めええめえ!」


 俺が起きたことに気がついたサリアがシロと一緒に駆けてくる。

 シロは顔をバケツに突っ込んで、ミルクを飲んでいたようだ。

 顔全体がミルクでびちゃびちゃだ。

 床にミルクをぼたぼたこぼしながらこっちに走ってくると、仰向けで眠っている俺の頭頂部に頭突きを始めた。


「ぐえ!」

 額の上に乗っているフィーにもミルクがかかる。


「もうシロやめて、やめて」

「めえええええ」

 シロは興奮気味に頭突きしている。


「シ、シロ落ち着け」

「めええええ!」


 俺の頭がミルクでびちゃびちゃになり始めた。

 これ以上、託児所の布団を汚すわけには行かないので、俺は起き上がって、シロを抱き上げる。


「めえ」

 抱き上げると、シロは落ち着いたようだった。

 すかさずフルフルがシロのこぼしたミルクを吸収して回りはじめた。


「サリア、おはよう。眠れた?」

「ねむれた! あにちゃだいじょうぶ? つかれてない?」

「大丈夫だよ。沢山眠ったからね」


 そんなことを話しているとフルフルが俺の頭に上る。

 頭髪に付いたミルクを綺麗にしてくれているのだ。


「ありがとう、フルフル」

「ぴ!」


 そして、俺は託児所でお昼ご飯を食べた。

 アルティ、ティーナ、そしてロゼッタも起きてきて、一緒にお昼ご飯を食べたのだった。


 これからは救世機関のものたちと協力し、教団の残党狩りをする日々になるだろう。

 だが、教皇や枢機卿や、獣の眷族のような強敵とぶつかることも、ほとんどなくなるに違いない。


 油断するわけにはいかない。

 だが、大きな仕事を一つやり遂げたと言っていいだろう。


「あにちゃ、たまごやきおいしいね!」

「そうだね。サリア、いっぱい食べなさい」

「あい!」


 しばらくはサリアと過ごす時間を増やせるかも知れない。

 それはとても嬉しいことだ。そう思った。


☆☆☆

新作はじめました。

「転生幼女は前世で助けた精霊たちに懐かれる」

可愛い幼女がモフモフたちや精霊たちとのんびり奮闘する話です。

よろしくお願いいたします。

https://kakuyomu.jp/works/16817330650805186852

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八歳から始まる神々の使徒の転生生活 えぞぎんぎつね @ezogingitune

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