第85話

 途端に、弟子たちは一斉に跪いた。

 レジーナは俺をひざからどかして、椅子から降りて跪く。

 まさに流れるような動きで、非常に素早い動きだった。

 さすがは勇者。何をやらせても動きが早い。


「人神の声は、みんなにも聞こえてるみたいだね」

『すぐ近くにいるならば、聞こえるようにすることもできるわ』

「そうなのか。便利だね」

『ウィルちゃんの弟子だから、聞かせた方がいいかと思って』

「うん、助かる」

 後で説明する必要がなくなるので、面倒がない。


「えっと、連絡手段としてこの子を遣わしたってことでいいんだよね?」

『そうね。まずはこの子のことを説明するわね』


 やはり小さな少女は、人神の神霊らしい。

 神々の使徒であり、人神の眷族でもある俺とは魔力的な相性がいいのだそうだ。


『だからこの子に魔力供給お願いね』

「わかった」

『不足時に逆に供給してもらうこともできると思うわ』


 ちなみに人神が会話している間、少女にはほとんど意識はないらしい。

 神おろしの巫女のようなものなのだろう。

 とはいえ、うっすらと夢の中の出来事のように記憶してはいるとのことだ。


「なんでこの子は自分が何者かわからなかったんだ?」

『生まれたばっかりだからよ。ウィルちゃんもわからなかったでしょう?』


 俺が前世の記憶を取り戻したのは八歳の誕生日だった。

 人神が言うには、神霊なので記憶を取り戻すのは俺よりも早いだろうとのことだ。


『記憶を取り戻したとしても、大した記憶はないのだけど。生まれたばかりだし』

「そうなのか。で、何か注意事項みたいなのはあるの?」

『そうね、神おろしはかなり魔力を使うわ。だからこの後、魔力供給お願いね』

「供給の仕方は?」

『えいってやっちゃって。本能に従えば問題なくできるはずよ』

「それならいいんだけど」

『ここからが本当の注意事項なのだけどこちらも非常に疲れるし、その子の負担も大きいの』

「つまり、重大な要件以外では呼び出すなってことかな?」

『察しが良くて助かるわ。一度神おろしした後は一定期間を開けないと難しいわ』

「一定期間っていうと?」

『それはウィルちゃんと、その子次第ね。今なら……最低でも一か月かしら』


 俺と少女の力量が上がれば期間は短くなるのだろう。


『ウィルちゃん、頑張ってるみたいね。私も嬉しいわ』

「それはどうもありがと」

『寂しいけど、これ以上話していると、その子の負担が大きくなりすぎるわ』

「あっと、立ち去る前にこの子の名前を教えてくれ」

『名前はないの。ウィルちゃんがつけてあげて』

「……わかった」


 そして、人神の気配が消えた。

 少女はぱたりとテーブルの上に突っ伏した。


「確か魔力供給が必要なんだったね」

 俺は少女を両手で包むようにして持ち上げる。


「人神は、えいってやれって言ったけど……」

 魔力の流れを意識して流し込めばいいのかもしれない。


 俺は慎重に少女に魔力を流し込む。

 まるで自分の体の一部のように、すんなりと流れていく。


「なるほど。本能に従えっていうのはこういうことか」

 難しいことは何もなかった。

 魔力を流すと、少女はパチリと目を開けた。


「大丈夫? 気分悪かったりしない?」

「大丈夫だけど……。なんかすごく疲れた」

「それはお疲れさま」

「……なんでおじさんとお姉ちゃんたちはしゃがんでるの?」

 跪いたままの弟子たちを見て少女は首を傾げた。


「人神が降臨していたからね。もう立っていいと思うよ」

 俺の言葉で立ち上がる弟子たちを見ながら、少女がつぶやくように言う。


「そっか。あれは夢じゃなかったんだ」

「人神降臨中の記憶はどのくらいあるの?」

「夢の中の記憶みたいなぼんやりしたものだけどあるよ」


 人神が言っていた通りだ。

 現実感はないが覚えていないこともない。そんな感じなのだろう。


「そっか、何か聞きたいことはある?」

「ウィルが誰か教えて欲しいかな」

「名前は知っているんだね」

「ぼくの身体に入っていた神様が呼んでいたことを、おぼろげにだけど覚えているから」

 そして少女は俺の弟子たちを見る。


「あとおじさんとお姉ちゃんたちのことも教えて」

「わかった」


 俺は自分のことを簡単に説明する。

 前世のことや神の世界で修業したことも教えておく。


「目的は厄災の獣、テイネブリスを討伐することだ」

「わざわざそのために転生したんだ。偉いね」


 少女は皮肉ではなく、本心からそう言っているように見えた。

 それから、俺はシロやフルフル、ルーベウムのことも紹介する。


「ほかに、俺の妹のサリアと犬の神獣ルンルンもいるから後で紹介するね」

「楽しみ」


 俺の自己紹介が終わると、弟子たちも自己紹介を始める。


「おじさんたちは、すごいお爺ちゃんとお婆ちゃんだったんだね!」

「お、お爺ちゃん」


 高齢者扱いに、一番ショックを受けていたのは意外にもディオンだった。

 レジーナとゼノビアは「そうだ、高齢者だから労われ」とか言っている。

 ミルトは外見がもう六十台なので、慣れているのか平然としていた。


「あとで、俺のパーティーメンバーも紹介しよう」

「わかった。お願い」

 一応、アルティ以外には前世のことは秘密とは伝えておく。


「あと、何か聞きたいことは?」

「ぼくの名前は何にするの?」

「……えっと」


 ものすごく難しい問題だ。

 俺はしばらく頭を抱えた。

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