2章

第44話 めざめと朝食

 魔王厄災の獣テイネブリスの尻尾と呼ばれる、眷族を倒した次の日。


「めええぇぇえ」

「……シロ。人の顔の上に乗るのはやめなさい」

「めえ?」


 俺は子ヤギの神獣シロに額の上に乗られて目を覚ました。

 外を見るとまだ暗い。朝焼けが始まったばかり。空が少し赤かった。


 横を見ると、サリアはフルフルを抱きしめて熟睡していた。


「シロもサリアが起きるまで寝てなさい。それに重いよ」

 シロは体高〇・五メートルぐらいの子ヤギだが、額の上に乗られるとさすがに重い。


「それにしても、こんな狭い俺の額に四本足を全部乗せるとは器用だな」

「めえ!」


 シロは誇らしげに鳴いている。

 ヤギは高いところが好きで、なにかと上りたがるのは知っている。

 だからといって、寝ている俺の額に乗ることはないだろう。そもそもそんなに高くない。

 ルンルンの背中の方が高いはずだ。


 そう思ってルンルンを見ると、

「ゎ……ぅ」

 お腹を見せて、熟睡していた。

 さすがのシロでもルンルンのお腹の上に乗るのはためらわれたのかもしれない。


 俺はシロを抱っこして、自分のお腹の上に乗せた。


「俺はもう少し眠る。シロも眠っておきなさい」


 そう言って寝かしつけるためにシロを優しく撫でていく。

 最初はシロは俺のお腹の上にすくっと立っていたが、すぐに座り込み寝息を立て始めた。

 そして、俺も再び眠りについた。



「あにちゃ、あにちゃ。あさだよ」


 俺はサリアに揺さぶられて目を覚ました。

「サリア。おはよう」

「おはよ!」


 サリアが起きたということは、もう起きる時間なのだろう。

 俺はベッドの上で身を起こす。


 サリアはベッドの外で子ヤギとじゃれあっていたようだ。

 俺が目を覚ましたのを確認して、じゃれあいに戻る。


 子ヤギは楽しそうに、サリアに頭をトントンとぶつける。

 サリアは、きゃっきゃと笑いながら、回り込んで子ヤギの背に乗ろうとしていた。

 その様子をルンルンは近くで大人しく見守っている。

 ちなみにフルフルは俺の枕の横でまだ眠っていた。


 その後、俺は自分とサリアの身支度を軽く整えて、食堂へと向かう。


「あさごはん! さりあ、おむれつすき!」

「そうだな、オムレツはおいしいな。いっぱい食べなさい。ゆっくりでいいからな」

「あい!」


 サリアはスプーンを使って、オムレツを一生懸命食べる。

 食べたくないと駄々をこねたり、食べ物で遊んだりしないとても良い子だ。

 俺がするのはこぼしたものの処理程度。楽なものである。


 サリアは幼くして親を亡くし、本家の家臣たちに面倒を見てもらうことが多かった。

 しかもサリアの面倒を見ることは、家臣たちの業務に含まれない。

 俺は家臣たちの親切心に甘えていたのだ。


 逆にサリアは幼いのにあまり甘えたところが少ない。行儀も良いしわがままも言わない。

 幼いながらに家臣たちへ遠慮して暮らしていたのかもしれない。

 そう考えると心が痛む。

 俺としてはもっとわがままにふるまってくれた方が安心なぐらいだ。


 ふと横を見ると、ルンルンもフルフルも大人しく自分のご飯を食べていた。行儀が良い。

 一方シロはというとミルクのたっぷり入ったバケツに顔を深く突っ込んで勢いよく飲んでいた。

 ごふごふという音が聞こえてくる。


「シロ、そこまで顔を突っ込まなくてもいいんじゃないか?」


 あまり深く顔を突っ込むと、鼻で息ができないだろうに。

 鼻どころかシロは目の上まで顔を突っ込んでいる。外に出ているのは角ぐらいだ。

 少し不安になる。


 シロは数日の間、魔狼を撃退しながら羊たちに餌を運ぶことに専念していた。

 自分の食事を犠牲にしながら頑張っていた。

 それゆえ、シロは赤ちゃんなのにしばらく飢えていたのだ。

 だから食い意地が張っていても仕方のないことかもしれない。

 これからはお腹いっぱい食べさせてあげたい。


「ぶべええ」

 ――ばちゃばちゃばちゃ

 変な声で鳴いて、がばっとシロは顔を上げる。息継ぎだろう。

 かなりの量のミルクがバチャっと床にこぼれた。

 そしてまた顔を突っ込んでごふごふと飲み始める。


「あーあ……」

 掃除がとても面倒だが、仕方がない。

 明日からはミルクのバケツを小さいものに変えてもらおう。

 小さくすれば顔を突っ込みすぎることもあるまい。

 無くなってから、お代わりする形にすれば量もたくさん飲める。


 俺はシロの汚した床を掃除するため、少し急ぎ目に朝ご飯を食べる。


「サリアはゆっくり食べなさい。消化に悪いからね」

「あい!」


 急いで朝ご飯を食べ終わると、俺はシロの汚した床を掃除しはじめる。

 掃除は俺の得意分野だ。汚れが取れて綺麗になるのは気持ちが良い。

 掃除している間にもシロは床を汚しながら飲み続けている。


「ぶべえ」

 ――ばちゃばちゃ

 ……お腹一杯飲んで大きくなって欲しいものだ。


 シロはバケツ一杯のミルクを飲み終わると、「げふぅ」とげっぷをした。


 そして、ミルクをたっぷりしたたらせた顔で、

「めええ」

 掃除している俺の背中に頭突きをしようとしてくる。


「シロ、さすがにその頭突きは待ちなさい」


 今頭突きを許せば、俺の服がミルクまみれになってしまう。

 俺は頭突きをやめさせると、シロの顔を綺麗な布で丁寧に拭く。


「ぴぎっ」

 その時フルフルが小さく鳴いた。フルフルもちょうど食事を終えたようだった。


「フルフル、どうした?」

 シロの顔を拭きながらフルフルの様子を見ると、床の上に平べったくなっていた。

 およそ一メートル四方の範囲に広がっている。


「フルフル、いったい何を……はっ!」

 そこまで言って俺は気付く。

 フルフルが広がっているところは、シロが派手にミルクをこぼしたところだ。


「まさか、フルフル。掃除してくれてるのか?」

「ぴぃ!」


 どうやらそうらしい。魔熊の死体をすぐに消化するほどのフルフルだ。

 こぼれたミルクぐらい一瞬だ。


「フルフル。助かる」

「ぴぎ!」


 食後のデザートみたいなものだ。フルフルはそう言っているようだった。


 フルフルは次にシロに近寄って、シロの体に張り付いて上っていく。

 特に顔辺りを中心に撫でるように移動している。


「めえ! めえ!」

「ぴぎっ」


 シロもまんざらでもなさそうだ。気持ちがいいのかもしれない。

 ついでとばかりにフルフルは、俺が床とシロの顔を拭いた布も体に取り込んだ。

 そして綺麗にして外に出す。


「フルフル。やるな。見事だ」

「ぴぎぃ!」


 俺がフルフルを褒めていると、アルティがやって来た。


「アルティ、おはよう。聞いてくれ。フルフルがすごいんだ」

「あとで聞きましょう。総長が呼んでいますのでなるべく早く向かってください」

 総長は剣聖ゼノビアのことだ。アルティの師匠で、俺の前世の弟子でもある。


「わかった、サリアを託児所に送ったらすぐに行こう」

 俺がそう言うと、アルティはうんと頷いた。

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