第42話 総長室でのミーティング その2

 ティーナもロゼッタも、緊張した様子で息をのむ。

 アルティは特に緊張した様子はない。いつも通り背筋を伸ばしている。


「めぇめぇ」

 そして子ヤギは俺の前に出されたお菓子をバクバク食べていた。

 俺のお茶までごくごく飲んでいる。


「子ヤギはお腹が空いていたのかもしれないな」

 羊たちに草を運んで痩せていたぐらいだ。

 それから軽く草を食べさせたりはしたが、移動しながらなので本格的な食事はまだだった。


 俺の分のお菓子を食べつくした子ヤギは、アルティのお菓子も食べ始めた。


「こ、こら。子ヤギ。アルティのはダメだ」

「めぇ?」


 首をかしげながら、言葉がわからないふりをして、バクバク食べる。


「構わないです。食べてください」

「あたしの分も食べていいよ。羊を守ってくれたもんね」

「わたくしのも食べていいわよ」

「めえ!」


 みんなからお菓子を提供されて、子ヤギは凄く嬉しそうだ。

 それを見てゼノビアが言う。


「……追加でお菓子をもってこさせよう。ミルト。奥に行ってたくさん持ってきておくれ」

「わかった。すぐにもってこよう」


 ミルトが部屋の奥へとお菓子とお茶を取りに向かった。

 小賢者にそのような雑用をさせるわけにはいかない。

 そう思ったらしいティーナとアルティが立ち上がりかけるが、ゼノビアが手で制した。

 そして、ゼノビアは説明を開始する。


「テイネブリスというのはだな……」


 今回戦ったのは魔王である厄災の獣テイネブリスを復活させようと企んでいる者たちだ。

 その者たちの名はテイネブリス教団と言い、救世機関の宿敵である。

 教団の中には魔人が含まれる。

 入学前にティーナを襲ったのも教団だ。

 そういうことをゼノビアは語っていく。


「最後に現れた獣だが、あれはテイネブリスの尻尾と呼ばれる眷族だ。よく倒せたものだ」


 そして、俺は正式に決まっているわけではないが、ミルトの直弟子候補だとゼノビアは語る。


「ウィルもアルティも救世機関にいつ迎え入れてもよいぐらいの実力の持ち主だ」

「だから、色々と詳しいし、強かったんですね!」

「納得だわ」

 ロゼッタもティーナも納得したようだった。


 俺の前世がエデルファスということを明かさないためにそういうことにしてくれたのだ。

 俺はゼノビアの配慮に心の中で感謝した。


 ゼノビアはティーナに向けて言う。


「ティーナには、ディオンが説明することになっていたのだがな」

 俺の弟子、水神の愛し子ディオン・エデル・アクアはティーナの師匠だ。

 重要な話は師匠からすることになっているのだろう。


「思いがけず、説明を受ける前に獣の眷族のことや魔人に遭遇してしまったな……」


 ゼノビアは少し困ったような表情を浮かべる。

 ディオンに小言をいわれることを覚悟しているに違いない。


「外出許可を出したのは私なのだがな。危機意識が足りなかったやも知れぬ」


 外出許可を取ったのはアルティだ。ゼノビアに直接頼んだのだろう。

 俺たちが魔人や獣の眷族と遭遇するとまでは、ゼノビアは考えなかったに違いない。

 だからこそ、ゼノビアは外出許可を出したのだ。

 実際、教団の襲撃者程度、俺とアルティが居れば余裕で撃退できる。


 ロゼッタが少し不安そうに手を挙げた。

「総長先生。結構重大なお話だと思うのだけど、あたしも聞いてよかったんですか?」

「あまり良くはないのだが、もう知ってしまったのなら仕方あるまい」

「そうだな。こういう事態を想定して、入学時に宣誓書へサインしてもらったのだからな」


 お菓子をたくさん持って戻って来たミルトがそんなことを言う。

 確かに入学式の後のガイダンスの際に、宣誓書にサインをした覚えがある。

 書面の内容は人類の敵と恐れず命を懸けて戦うとか、知りえたことを決して口外しないなどだ。


「ロゼッタ。お主も勇者の学院の一員なのだから、もう一般人とは違うのだ」

「はい、あたしも覚悟はできています!」


 ロゼッタの返事を受けて、ゼノビアは深くうなずく。

 それからゼノビアは俺とアルティを見る。


「アルティ。ウィル。経緯を改めて説明しなさい」


 先ほどロゼッタに尋ねたのは、ロゼッタが何を知ったか確かめるためだった。

 今度の問いは、どのような敵だったか知りたいということだろう。


 俺とアルティは襲撃者との遭遇から、ゼノビアたちの到着まで時系列で語っていった。

 ゼノビアとミルトは、真剣な表情で聞いていた。


 一方、俺が説明している間、子ヤギはミルトが持ってきたお菓子をパクパク食べていた。

 ヤギが人間のお菓子を食べていいのかわからないが、神獣なので大丈夫だろう。

 俺のひざの上に乗り、お尻をこっちに向けて尻尾をパタパタパタと振っている。

 俺の顔にパシパシ当たるが、むしろ心地よい。


 俺とアルティからの説明を、ミルトは前かがみ気味で聞いていた。

 説明が終わると、ミルトは長椅子の背もたれに体を預けて天井を見あげた。


「これまで死体が魔人になったケースはない」

「……魔人から獣の眷族に変化したこともないな」


 ゼノビアもそんなことを言う。


「……すこし調べねばなるまい」

「それはミルトに任せる」

「ああ。わかっている」


 そしてゼノビアは言う。


「ご苦労だった。また後で連絡すると思うが……今日はゆっくり休みなさい」

「はい。ありがとうございます」

「ロゼッタ。お主は深く知りすぎた。これからは何かを頼むことが増えるかもしれぬ」

「光栄の至りです。全力を尽くします」

「うむ。期待している」


 俺たちが立ち上がると、ミルトが言った。


「みなわかったと思うが、外は今は危険だ。軽率な外出は禁止だからな」

「心得ました」


 俺がそう返答すると、ミルトは神妙な顔でうなずいた。

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