第19話 決闘の結末

 漂う悪臭に受験生たちから悲鳴が上がる。


「なんて臭いだ」「うわぁ」

 あまりの臭いに涙目になっている受験生もいるぐらいだ。


 そして、ダナンとイヴァンは泣き出した。


「うぅぅぅうう」「あぁぁぁぅ」


 少し攻め方を間違ったかもしれない。本当は地上で溺れさせる予定だったのだ。

 溺れるのはとても苦しい。

 どうあがいても逃れられない苦しみの末に気を失えば、心に恐怖を刻み込める。


 ダナンが機転を働かせて水を飲んでしまったので溺れさせるのは失敗してしまった。

 だが、屈辱を与えて、心を折ることには成功したと思う。


 肝心なのは俺に恐怖を感じてくれたかどうかだ。

 念のためにダメ押ししておくべきだろう。


 俺は悪臭を我慢し二人に近づき、右手でダナン、左手でイヴァンの胸倉をつかむ。

 そして、二人の耳元に顔を近づけた。

 声に魔力をこめて、疑似的な竜の咆哮ドラゴンボイスを作って語り掛ける。


「俺に二度と関わるな」

「ひぃ……」

「あぁ……」


 ダナンもイヴァンも新たに液体を出して地面を濡らした。


 最初からこうすればよかった。

 ひょっとしたら、この汚れた会場をアルティが掃除させられるのかもしれない。

 それはとても可哀そうだ。このあとすぐに俺が掃除しよう。


 それにしても、この御曹司に寵愛を与えるとはセンスが全くない。

 俺は御曹司二人の胸倉をつかんだまま、天に向かって言う。


「全くセンスを疑う。こいつらが本当に寵愛にふさわしいのか?」


 その瞬間、これまで感じたことのない不思議な感覚がした。

 何かが流れ込むような、そんな感覚だ。

 きっと何かの気のせいだろう。


 そう思って周囲を見回すと、アルティがいつの間にか戻ってきていた。その後ろには四人いる。

 恐らく時間が押してしまったので会場準備の助手として連れて来たのだろう。


 戦意を完全に失ったダナンたちを見て、試験官が宣言する。

「もういいだろう。そこまで! 勝利者、ウィル・ヴォルムス」

「あ……あぁ」

「ぁぁあ……」


 ダナンとイヴァンは呆けた顔で座り込んでいる。

 それをみて試験官はため息をついた


「こいつらをこのまま筆記試験の会場に連れて行くわけにはいかんな」

 とても臭うので、他の受験生の迷惑になってしまう。


「すまない。やりすぎたかもしれない。筆記試験の前に掃除を手伝わせてほしい」


 俺は試験官に申し出る。

 筆記試験を遅れることになるかもしれないが、掃除は手伝いたい。


「そうだな。本当はこいつらに自分の出したものを掃除させたいんだが、無理だろうからな」


 試験官は改めてダナンとイヴァンの様子を観察する。


「こいつらは、とりあえず医務室に運ぶしかないか。皆は――」

 そこまで言って試験官は一瞬だけ固まった。誰も気づかないほど一瞬だ。


「――ウィル以外の皆は、とりあえず筆記試験の会場に移動しなさい」

「「はい!」」


 ほかの受験生たちが、筆記試験の会場へと向かう。

 その案内を務めるのはアルティが連れて来た者の一人だ。

 同時にもう一人が、ダナンたちを運んでいく。


 俺以外の受験生が全員いなくなると、試験官がアルティの方を向いて言う。


「あとはお任せしてよろしいでしょうか?」

「うむ。お主は予定通り試験を進めよ」


 返答したのはアルティではない。その後ろにいる人物のうちの一人だ。

 アルティの後ろにいる二人は、両者とも深くフードをかぶっている。


「ウィル・ヴォルムスは――」

「待たなくてよい」

「畏まりました」


 そして、試験官は去っていく。

 どうやら筆記試験の開始を待ってはくれないらしい。


 私闘をしかけた罰則だろうか。試験時間から掃除の時間を引くということかもしれない。

 漏らしたダナンたちも医務室で寝ている間、筆記試験の時間から引かれているのだろう。

 そうとなれば、急いで掃除するしかない。


 アルティの話によれば、実技に比べれば筆記試験はほとんど重視されないとのことだ。

 〇点でも実技次第で合格できるらしいが、成績が悪いのは好ましいことではない。


「さて急いで掃除するか」

 俺が掃除を始めようとすると、アルティの後ろにいた人物の一人が

「急がなくてもよい。そもそも、ウィル・ヴォルムスは掃除しなくてよい」

「だが……」

 俺が何か言おうとするのを遮るように、もう一人が言った。


「ウィル・ヴォルムス。我らについてくるように」

「ちょっとまて。アルティ一人に、この汚物を清掃させるつもりか?」

「それもウィル・ヴォルムスが心配することではない」

「アルティ、この場は任せる」

「はい。お任せください」


 それだけいうとアルティの後ろにいた二人がすたすたと歩き始める。


「時間はとらせない。とりあえず掃除しやすくする」


 俺は汚物がばらまかれた地面を炎の魔法で燃やす。

 燃えることで悪臭が周囲に散らばらないよう風の魔法も駆使して調整した。

 土が溶けるまで熱してから、氷の魔法で冷やしておく。


「すこしガラス質になってしまったが、糞尿そのままより処理は楽だろう」

「ウィル・ヴォルムス。ありがとう」


 アルティからお礼を言われた。

 アルティの後ろにいた二人のうちの一人が言う。


「もうよいか? ではついてきなさい」

「はいはい」

「わふぅ」「ぴぎっ」

 ルンルンとフルフルも警戒しながらついて来る。



 俺は二人の後を歩きながら、様子をうかがう。

 巧妙に魔力をごまかしているが、相当な実力者だ。

 巧妙すぎて、ただの一流程度ではごまかしていることにも気づけないレベルだ。

 性別もよくわからない。だが、わからないことにすら気づけない。

 そんなごまかし方をしている。


 恐らく救世機関のメンバーなのだろう。


 こんな者たちが複数いるのならば、アルティが見習いというのも納得だ。

 厄災の獣との戦いも楽になるだろう。


 そんなことを考えているうちに、二人はどんどん奥へと歩いていく。

 そして、一つの部屋の前で止まる。


「ウィル・ヴォルムス。入りなさい」

「わかった」


 俺がルンルン、フルフルと一緒に中に入ると、二人も中へと入ってくる。

 すると、すぐに扉が閉まった。


「お久しぶりです!」

 俺は突然、後ろからぎゅっと抱きしめられた。

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