第9話 再び神の世界

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 ふと気づくと周囲の風景が暗転していた。

 落ちているようなのぼっているような奇妙な感覚を覚える。

 俺にとっては慣れ親しんだ感覚だ。もはや懐かしい。

 守護神寵愛値測定装置に手を触れたおかげで、意識だけ神の世界に飛ばされたらしい。


「ここも、久しぶりだな」


 エデルファスとして死んでから、ウィルとして転生するまでいた世界だ。

 前世の記憶とこの世界の記憶をとりもどしたのがつい先日。

 だからか不思議な感じがする。懐かしいような、ついこの前までここにいたような。

 そんな感じだ。


「あ、エデルちゃん。久しぶり。かわいくなっちゃってまあ」


 ふと気づくと、前世の俺が死んだあと神になれと誘いに来た例の女神が目の前にいた。

 ウィルの姿が気に入ったらしく、ご機嫌に俺の頭を撫でてくる。

 どうやら今の俺はウィルの姿らしい。転生したら神の世界でも姿が変わるようだ。


「今はエデルファスじゃなくウィルだ」

「そういえば、そうだったわね! 元気そうで何よりだわ」


 女神はご機嫌で、にこにこしている。


「なに? エデルファスが来たのか?」

「ほんとだ、エデルファスだ!」


 近くにいた師匠の神たちが続々と集まってくる。

 神の世界はいろいろ違う。遠近という表現も正確ではないのでわかりにくい。


「ここにいるってことは、エデルファス死んだのか?」

「まだ、死んではいない。それと今はウィルだ」

「ああ、そうだ。ウィルだったな!」


 集まってきた神たちに、もみくちゃにされる。

 師匠たちと修行していたころと姿が違うのに、師匠たちはまったく気にしてないようだ。


「ちょっと! ウィルちゃんと話すのは私が先でしょう!」

「姫、独り占めするなよ。ウィルは俺たちの弟子でもあるんだからな」

「それでも、あんたたちは私のあとで話しなさいよ!」


 女神が神たちを押しのけて俺の前に来た。

 どうやら女神は神の中でも偉いらしい。


「それにしても死んでもいないのに、どうしてきたの? 会えてうれしいけど」

「見てたんじゃないのか? もしかして俺はもうお気に入りじゃなくなったか?」


 神たちはお気に入りの、いわゆる愛し子を神の世界から眺めていると聞いた。

 そして前世の俺は女神の愛し子だった。


「ち、ちがうわ! ウィルちゃんは今も私のお気に入りよ! どうしてそんな悲しいこと言うの?」

「すまん」

「それでも、神だって忙しいし、四六時中見ているわけではないわ」

「俺は見てたから知ってるからな! ウィル、俺は知ってるからな!」


 そう女神の後ろで叫んだのは剣神だ。ものすごくアピールされる。


「おお、ありがとう、剣神の師匠」

「おう! 俺は見ているからな!」

「俺も見ていた」

「私も私も」


 女神がアピールする神たちをひとにらみすると静かになった。

 女神が神たちを黙らせたわけではない。

 一時的に神たちの言葉が俺の耳に届かないようにしただけだ。


「で、どうやってここに来たの?」

 俺は女神に小賢者の作った守護神寵愛値測定装置について説明した。


「魔法でこっちの世界に接続したのね? すごいこと考えるものね」

「そのようだ。俺の弟子が考えたらしい」

「さすがはウィルちゃんの弟子ね!」


 女神は納得したようで、深くうんうんとうなずいていた。

 そして、少し遠い目をしながら言った。


「へー。そんなものが作られていたのね。人族ってすごいわね」

「知らなかったのか」

「知らなかったわ」


 一瞬、俺は神のくせに知らないのかと思った。だがすぐに思い直す。


 神たちにとっての人は、人にとっての蟻よりも小さい存在だ。

 人が一匹の蟻に気まぐれに餌をやったとしても、蟻の社会に興味があるとは限らない。

 蟻の外敵との戦い方や蟻の巣の作り方などに興味がある方が珍しいだろう。

 それと同様に神が愛し子に恩恵を与えたとしても、神が人族社会に興味があるわけではない。


「ウィルちゃん、また、ひどいこと考えているのね!」

「そうだ、姫なんかと違って俺たちは見ていた!」


 女神が腕を組んでほほを膨らませていた。

 そして、別の師匠たちはドヤ顔をしてアピールしてくる。

 女神がほかの神の言葉が聞こえないようにできる効果時間は短いらしい。


 神だから人の思考を読むことは普通にする。

 デリカシーのなさを非難するのもお門違いだ。

 犬のお尻の穴を見て目を背ける人がほとんどいないのと同じこと。


「それに自分の内心をお尻の穴に例えるのはやめた方がいいわ」

「そうか、気を付ける」

「ウィルちゃん。私たちはちゃんと人族が好きよ?」

「わかっている。次元と世界が違うんだから、色々あるんだろうな」

「そうね。ウィルちゃんの言うとおり色々あるの」


 それにしても、だいぶ親しく会話するようになったものだと思う。

 神の世界での修行が長かったからだろう。

 時間の概念が違うので長いというのは正確ではない。

 とはいえ人間としての感覚では長いというのが一番近い。


 そのとき女神がぽつりと言った。

「私たちの愛情を機械で測られているみたいで、少し悲しいわ」

 全く気づいていなかったくせに。そう思ったが言うのはやめておく。


「言わなくても聞こえているわ」

「それはすまない」

「ウィル。今回の人生はどう?」

「そうだな、ぼちぼちだ。だが、記憶を取り戻す前に俺が死んだらどうするつもりだったんだ?」


 保護者である父母が亡くなったのだ。

 もし何かあれば幼児である俺は簡単に死んでいたかもしれない。


「それは大丈夫だと思うのだけど……」

 その時、後ろから犬神が女神を押しのけて前に出てきた。

 犬神は犬族を司る神だ。神々しい犬の姿をしている。


「ウィル! ルクスカニスはどうだ?」

「ルクスカニス?」

「あ、ウィルはルクスカニスのことを、ルンルンと呼んでいるんだったな!」


 衝撃の事実が犬神の口から語られた。

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