第5話 職場の事故事例を悪用してみた

 今回の話は厚生省のサイト 職場の事故事例No100300とNO.101547を参考にしました。

 なお今回のタイトルは『●反撃の烽火のろしとか気取ってみたかったのですがありふれているので没にしました。インパクト大事。


 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□


 緑人間の一人、ノロックは困惑していた。

 ほんの数分前まで自分達は圧倒的優勢だったはずだ。


「ふふ…蛮族どもの抵抗などこの程度か」などと、強力な魔術を操る神官からみれば児戯にも等しいドワーフたちの抵抗を観察するだけの余裕があった。

 邪魔な柵をウインドカッターで切り裂き、岩盤をファイヤーボールで燃やす。敵から飛んできた弓矢は風の盾で軌道をそらし、斧は障壁魔法で完全回避。

 赤子の様なドワーフの魔法など、完全無効化し発生前から潰す事さえできる。


 魔法技術の進んだ緑人間にとってドワーフによる原始的な魔法など無いも同然。

 それくらいの戦力差が両者には存在していた。

「くそ!まったく効いてねえ!」

「柵が破られた、退け!」

 とドワーフたちが撤退する。

 それをノロックは満足そうに眺め言う。

「未開の蛮族にしては楽しませてくれるではないか」

 それは猿やペットを見るような目だった。

 稚拙な抵抗とも呼べない抵抗に勝利を確信し『しっかりと文明とはどのようなものかを教えてやろう。奴隷として』と欲まみれの目で眺めていた。

 特にドワーフの中でも背の高かったメスは色々と使いようがありそうだ。

 前回は狭い入り口を警戒して深追いはしなかったが、今回は洪水の魔法で集落を押し流し、住処を壊滅させる予定だった。

 あのレベルの低い砂色の怪物(置石の事)には王国から派遣された上級神官のステータスは見えていないだろうが、実数が見えないのは幸いだったかもしれない。

 なにしろ彼の数値は5桁を越えているのだ。一部のステータスを見ても


【上級神官(昇進時に名前は消滅)】

HP4000 MP34520

力30+560 魔力250+2500

スキル;神官の加護【全てのステータスを5~10倍追加する】


 特に神官の加護というスキルは反則級のスキルだ。この力を得た時点で5人力から10人力となる。

 おまけに上級神官の魔力は常人の10倍はないと任命されない。

 上級神官が魔法を使用するということは使のである。

 つまりこの戦いは50人 対 25匹 ではなく 600人 対 25匹の戦いなのである。負ける要素が無い楽勝な戦いだった。

 降伏した後は全部自分の船に乗せて一部は本国への報告用に残りは金を掘る鉱夫として連れて帰る予定だったので、この集落は壊しても問題が無かった。

 文化的にも技術的にも劣った、神の威光が届いていない蛮族の文化などノロックや他の仲間にはどうでもよかったのだ。

 低い洞窟で待ちかまえるドワーフたちを大量の水で洗い流す光景を思い浮かべノロックは笑みを浮かべる。

 だが現実は違った。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「神官殿!」

 急に一人の男が倒れた。ように見えただろう。


 霧に紛れて毒矢でも仕込んだのか、未知のまじないでもかけてきたのか…。想像もできない事態に緑人間は頭を働かせているようだが分からないだろう。


「オキイシさん!どういう事ですか!」

 奇跡でも見たかのようにフローリンが俺を見る。

「この戦いは、時間さえ稼げればどれだけ押されようが問題じゃなかったんだ」


 たとえ門が破壊されようが、柵を壊されようが、使のである。

 魔法使いには見れない、俺だけの能力を発現さえできれば。

「みんな!勝ったぞ!あと少しすれば、あの使と同様に他の人間も倒れる!そうなれば後は楽勝だ!」

 わざと聞こえるように、ちっこい魔法使い。と強調する。

 これには他の人間も苦笑した。

 あの魔法使いは同僚にもあのような態度をとっているのかもしれない。

 というと、ちっこい魔法使いは憤怒の形相でこちらを見てこう言った。

「どうやら、そこの人間もどきは頭がおかしいようだな」

 そういうと他の魔法使いらしき緑人間が手のひらに炎を浮かべる。

「全員生かす予定だったが、気が変わった」

 炎の球はどんどん直径を増し、1m程にもなる。

「お、おい。本当に勝てるのか?」

 心配そうに、聞いてくるドワーフが一人。あの炎を喰らったらヤバいかもしれない。

「まあ、あんな邪悪な連中の炎がこっちに飛んでくる事は無いけどな」

 とわざと聞こえるように言った。

 邪悪。という言葉が余程気に障ったのだろう。こめかみをピクつかせて

「そこの生意気なウジ虫。おまえだけは跡形も残らないように燃やし尽くしてやる」

 冷たい目で言うと、マグマのような火球を俺に向けて、放とうとした。

 だが


「な…に…」


 腕をつきだした瞬間、あれほど燃え盛っていた火球が消失した。

「嘘…」

「何故だ?こんなことはあり得ない!神よ、何故炎の加護を発動されないのですか!」

 と叫ぶ魔法使い。その2秒後、糸の切れた人形のように倒れ・・・そのまま動かなくなった。

「は?おい。いったい何の冗談だ?」

 と同僚らしき魔法使いが声をかけるが返事はない。

 それどころか倒れた仲間を助け起こそうとした瞬間に、彼もまた意識を失ったのである。

「上級神官3人が倒れたぞ!」

「バカな!あの方たちだけで300人分の戦力だぞ!それが何もできずに倒れるはずがあるか」

 どうやら倒れたのは敵の主力だったらしい。統制を失い混乱していると、一人、また一人と緑人間は背の低い者たちから、声も立てずに意識を失っていった。


「…信じられん」

 すんでの所で命拾いしたドワーフたちは目を丸くする。

 相手の魔力は枯渇したようには見えない。

 だが、炎は消えてしまったし魔法使いは倒れた。

「おい、プリースト!回復だ!」

「は、はい!」

 ヘルハウンドに乗った偉そうな男が回復役らしき男に命じる。

 だが倒れた人を抱き起こして状態以上を回復させようとすると…

「なんだぁ?駆け寄った奴まで倒れたぞ」

 かがんだ瞬間に意識を失ったのが分かる。


「さて、ナイトロさん。もう一度毒をかけてください」

「あ?あ…ああ」

 そういって柄杓で液体をかける。を。

「ファイアーウォール!!!」と所々で火の壁が生まれるが、明らかに威力が落ちていた。そして…

「ファ…ッ………………」

 炎の壁を展開した男たちも急に倒れだした。

「なっ!いったい何が起こって…」

 いるんだ。と聞く暇もなく指揮官らしき男も倒れる。

 こうなるとドミノのように敵の舞台は瓦解した。


 背の低い男たちが順番に倒れる。

 まだ意識のある者は恐怖に陥って逃げ出そうとするが、もう遅い。

 俺が仕掛けた

 十人二十人とたった数秒で敵部隊は壊滅状態となった。

「ひっ!!ひぃぃぃいい!!!!!」

 ヘルハウンドに乗った男だけ逃亡に成功したようだが、後は皆意識不明。

 こうして、ドワーフと緑人間の戦いは、ドワーフ側の勝利で幕を下ろした。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「……信じられん」


 ドワーフの集落前は先ほどまで戦争をしていたとは思えないほど静まり返っていた。

 この窪地にいた50人の敵が一人を残して皆倒れている。

「これは一体、どんな魔法を使ったんだね?」

「ドライアイスですよ」

 俺はナイトロに答える。


 人間は空気中の酸素濃度が減ると異常を起こす。

 たとえば通常空気中に0.04%含まれる二酸化炭素が、空気中に3~4%含まれると頭痛・めまい・吐き気などが表れ、7%を越えると意識を失う。

 その状態が続くと呼吸停止状態になり最悪死にいたってしまう。

 これを二酸化炭素中毒という。

 現代社会だと石油タンクとか密閉したコンテナに入る際に空気測定なしで入ると発生する事故である。

 とある酒蔵ではもろみの仕込んだタンクに器具を落とし、それを拾おうと中に入ったとたん酸欠で意識を失い、そのまま死んでしまった。(職場のあんぜんサイト;労働災害事例No100300より)

 もし作業現場でこう行った場所を測定せずに入らせられそうになったら、命令した人間を先に入れよう。または労働基準監督署に連絡である。


 なお、これは一般家庭とは無縁の話ではない。

 身近な話だと、ドライアイスを車に積んで配達に出た方が、車の窓を開けずに運転し、密閉された車内に二酸化炭素が充満して酸素欠乏となり、死亡している。

(事故事例NO.858)

 他にゴミを養分に変えるコンポストという容器に顔を突っ込んだ主婦の方も酸欠で死んでいる。中でゴミが発酵しメタンガスが発生。酸素の少ない空気を吸ってしまったのが原因だ。

「とまあ、酸素濃度が少ないと生物は簡単に意識不明の重体になるんだ」

「ふうむ。そのドライアイスというのはどうやって酸素を減らすんだい?」

 ちんぷんかんぷん。といった表情でナイトロが聞く。


「二酸化炭素は酸素よりも重いから、低い場所に集まるんだよ」

 そういうと高分子を魔法で組み替えて透明な容器を作る。

 ここに黒く色の付いた油を流し込む。

「この油を酸素としましょう」

 つぎに水を同じ容器に入れる。

「黒いのがどんどん上に登っていくな」

 水が下にたまると油は水よりも軽いので上に追いやられていく。

「つまり、あの土地でも同じ事がおこったというわけですか?」フローリンが言う。

「ああ、あそこの地面の下は今、あらかじめ巻いておいた二酸化炭素の塊、ドライアイスが気化した分と、奴らが燃やして発生させた二酸化炭素で一杯だ。」


 1cm3のドライアイスは体積が約800倍になる。

(計算式;ドライアイスは1cm3あたり1.6g。分子数は44。

 22.4÷44×1.6=814.4)


 昨日ダイナマイトを合成して突貫で作った、集落前の広場の容積が約5000m3だとすれば(50×50×高さ2m)約1000kgのドライアイスがあれば二酸化炭素で一杯になる。

(5000÷1÷800×1.6kg=1000)

 実際は酸素の濃度を7%も動かせば十分なので70kg。余裕を持って400kgほど地面の下にまいておいたのだ。

「では、水を毒を言ってまいたのは」

「あいつ等に炎系統の魔法を使わせて温度を上げるためと、炎で酸素をどんどん減らさせるためだね」

 こちらの魔法が効かないのなら、敵に使わせればいい。

 ここにいる誰もが見えないが、俺だけは空気中の二酸化炭素濃度が見えていた。

 強力な炎を打ち出そうとしていた魔法使いなんか、首元まで二酸化炭素が充満していたので、酸素は殆どなかった。火が消えるのも当然である。

 

「ちょっとまってくれ、その二酸化炭素というのは何なんだね」

「目には見えないし、臭いもない煙のようなものです。これがたくさんあると火は消えるし、生物は最悪死に至ります」

「そんな都合の良い毒があるのか!」

 ナイトロは驚愕した。


「そろそろいいかな」

 そう言うと俺は大きめの石を掲げ、奴らの頭めがけてたたき落とした。

 スイカのつぶれるような音と岩の割れるような音をたてて兵士の頭がつぶれ「レベルが上がりました」という声が聞こえる。

「命を奪うのですか?」

 フローリンが悲痛な表情で見る。

「この手は一度きりなんだ。二回目も引っかかってくれるとは限らない。そして今の状態の俺やドワーフのみんなではまともに戦っても勝てない。見知らぬ土地で牛馬のごとく使われて死ぬくらいなら、俺は敵を殺す方を選ぶよ」


 こうして、たった一人でこの集落を破壊する力があり、いろいろなバックストーリーを持っていそうな人間族の若き上級神官たちは、ドワーフに味方した人間もどきの計略であっさりと死んでしまった。

 輝かしい未来や、伝統ある家の担い手でも油断すればあっさりと死ぬ。

 ドラマと違って世の中は残酷なのである。


 爆発的なレベルアップとともに、ドワーフと人間の戦いはドワーフ側の勝利で終わった。


 □□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□

 ドライアイスは密閉した空間で放置すると非常に危険です。

 特にドライアイスによる事故は車内に積んだドライアイスが気化して死亡する事件が断トツで、職場の安全サイトで『ドライアイス』で検索すると6件中3件が車内での事例です。

 職場の事故事例NO.101547の社用車でのドライアイスの運搬中に発生した事故事例では。

『被災者が社用車の後部荷物室に新聞紙で包んだドライアイス(174kg)を積み、運搬していたところ、気化した二酸化炭素が車内に充満し呼吸困難となった。事業所駐車場に戻った時点で意識が薄く、救急車で病院に搬送され、右小脳出血、急性二酸化炭素中毒、高血圧性脳内出血と診断された。』とあります。

 https://anzeninfo.mhlw.go.jp/anzen_pg/SAI_DET.aspx?joho_no=101547


 ドライアイスを仕事で使う際にはお気を付け下さい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る