第19話 退所、そしてストリートダンサーへ

本番は新宿コマ劇場。

当日に楽屋入りすると、先輩が

「田中、知ってる?ここは出るよ」

「え?出るって、何が…」

幽霊これ

と、胸元に手をダランと出す。

「マジっすか…」

「マジ」

そんなこんなでキャーキャー言いながら、ドーランでメイクして、衣装に着替える。


本番が終わって、打ち上げをして、「ああ、俺はやっぱりダンサーになりたいな」と素直に思った。


俳優養成所では、ほとんどの同期が辞めていた。

養成所の先輩と後輩は、ほぼ入所した人数が残っているのに対し、僕の同期は7人くらいしか残っていなかった。

養成所側としては、半期後輩のクラスと合同で卒業公演をさせたがっていたのだが、「どうしても自分たちだけでやりたい」と自主公演という形で卒業公演を行った。

脚本、演出、振り付け、衣装など、全て自分たちだけで行った。

僕は生まれて初めて振り付けを作った。

当時、まだRAPと呼ばれていたHIPHOPやHOUSE、RAGGAEといった音楽ジャンルを聴くようになっていて、やっぱりそういう曲を使いたがった。

しかし、ジャズダンスしか習った事が無かったので、見よう見真似で当時大好きだったtrfのプロモーションビデオなどから動きをパクって無理やり作った。

かなり詰め込み過ぎて踊りづらいものだったのだが、みんな頑張って踊ってくれた。


名ばかりの卒業公演が終わると、すぐに辞める旨を伝えた。

別に引き留められもせず、あっさりと終わった。


翌週からすぐにダンスレッスンを受けにスクールに通い出した。


「ダンサーになるならバレエもやった方がいい」

と薦められて、バレエも受けた。


6歳上の登坂良樹のぼりさかよしきさんという先輩が凄く良くしてくれた。

良樹さんはプロとして喰っていて、他のダンサーからも一目置かれていた。

良樹さんの主宰する『H.S.ART』という表現者集団に混ぜて貰い、何故か主演までさせて頂いた。

ほぼ一人芝居、という過酷な舞台だったが、凄い嬉しかった。


しかし、この頃の僕は上手くなりたい為だけに踊るようになっていた。

段々と踊る事が苦しく思うようにもなっていた。


自由に踊るtrfのSAMさんみたいなダンスがしたいな。

そう思う気持ちと、当時「FUNKY」と呼ばれていたストリートダンスを蔑視する先輩たちの意見に板挟みになっていた。


丁度その頃、良樹さんが学生時代に所属していたという、立教大学のダンスサークル『St.Paul’s Musical Company』、通称『|M研《エムけん

》(現・D-mc)』に入りたい、と思うようにもなっていた。

元々はその名の通り、ミュージカルのサークルだったのだが、徐々にダンスのサークルになったらしい。


M研に所属していたスクールの友人をつてにM研に入れて貰った。

ジャズダンスはもちろん、LOCKIN’、HIPHOP、HOUSEといったダンスジャンルを踊っている先輩たちがいて、自分がやりたかったダンスのジャンルはHOUSEというのだ、と初めて知った。

僕が参加した頃、サークルのメンバーは十数人という、小規模なものだった。


M研に参加して以来、HOUSEにのめり込み、鶯谷うぐいすだににあったキャロルダンス研究所というダンススクールの夏期集中講座に申し込んで、そこでSPICEというダンスチームのかつぞうさんに出会った。

SAMさんともまた違ったHOUSEを踊るかつぞうさんのクラスは、楽しくて仕方無かった。

これだ、オレがやりたかったものはこれだったのだ!!!!!


僕は徐々にM研とバイト、CLUBに通うようになった。


六本木にあったR?hallアールホールというCLUBに初めて足を踏み入れた時、正直ビビっていた。

CLUBが初めてだってバレたくなかった。

しかし、周りで自由に踊るダンサーたちは手が届かないくらいカッコよくて、眩しかった。

僕は彼らの動きを観察し、真似する事を繰り返した。

当然、同じようには踊れない。

自分とストリートダンサーたちの壁の厚さを感じた。

どうして、彼らは振り付けもなく自由に踊り続けられるのだろう?

レッスンからダンスに足を踏み入れた為、そういう観念にとらわれていた。


秋頃に高円寺にスタジオがオープンする、というフライヤーを手に入れた。

講師にはSPICEのメンバー、SARAさんとKENさんの名前があった。


通うしかないな。


オープンするや入会した。


このスタジオはバレエ、ジャズも充実していたのだが、HOUSEとLOCKIN’のクラスがあり、しかも、HOUSEは週に2クラスあった。当時としては珍しくHOUSEに力を入れていたスクールの一つだった。


SARAさんとKENさんのレッスンに毎回出た。

わからない事だらけだし、姿勢が良過ぎてダメ出しされまくったけど、ヤバいくらい楽しかった。

当時のスタジオでの僕の呼び名は「SARAっ子」。毎回クラスを受けていたからだ。


4ヶ月くらい経ったある日、SARAさんに

「田中くんさぁ、イベント出てみない?」

と言われた。

聞けば、他にも何人かでチームを組んで出るという。

まだ早い、とビビる気持ちと、ジャズダンスで幾つかの舞台に立ってきた自負が混ざり合い、変な気分になったが、

「やります!」

と返事した。

こうしてSARAさんクラスの生徒の即席チーム、『さらまんた』が結成された。


新宿の路上で練習を繰り返した。

ガラスを鏡の代わりにして踊った。

今まで、リハーサルの合間にガラスで練習した事はあっても、毎回毎回外で練習するのは凄い新鮮で楽しかった。

それまで知らなかったダンサーたちとも、隣で練習してるってだけで仲良くなれた。

ストリートダンスは楽しいなぁ。しみじみ思った。


しかし、イベント当日になって驚いた。

出るのはR?hallの人気イベント『CONNECTコネクト』だった。

SPICEやTR∀MPトランプGRASSグラスCOPPERTONEコパトーン、電撃チョモランマ隊、といった僕らの先生たちのチームが出ているようなイベントだったのだ。

こんなんに出ていいのかよ?

かなり腰が引けた。


本番は訳の分からないうちに終わった。


二部は先生たちのチームが目白押しだった。今から考えると、ゲストチームだらけのショータイムである。

よくこんなイベントが毎月やってるなぁ、とビックリするような凄いダンサーたちが出演していたのである。

観てるだけでワクワクして踊りたくなってくる。

しかし、圧倒的なスキルを前にヘコんだ。


SPICEみたいになりたい。

毎日そんな事ばかり考えていた。

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