第18話 俳優養成所
「将来はどうするんだ?」
「ダンサーになる」
「ダンスじゃ喰っていけないだろう」
「ダンサーとしての仕事の他にも、ダンスインストラクターとか振付師とか色んな仕事がある」
「それをお前がやれる保証は無い」
高校卒業も間違に迫った頃、僕は親に将来の事を訊かれる事が増えた。
「大学に行くとか、就職する気は無いのか」
「無い」
当時、バブル経済が破綻して久しく、後に「就職氷河期」と呼ばれる時期に僕らは卒業する。
恋人と一緒に習い始めたダンスは、
放課後、僕は高田馬場にあったファストフード店でバイトをし、その給料でダンスを習っていた。
父は「勝手にしろ!」と怒り、見かねた母が「…お前、どうしてもダンスの道に進みたいというのなら、俳優養成所に行って他の芸事も身に着けたら?」と言い出した。
その頃の僕にしてみれば、ダンス以外の時間を強力減らしたい。なので、「余計な事はしたくない」と答えたが、母は「芝居も踊りの役に立つ事がきっとあるから、やってみたら?」と勧める。
母は趣味でダンスを踊っていた。その時に老若男女、プロアマ様々なダンサーを見てきた。
「ダンスだけでは喰えない」と母は言い、僕は「やってみなけりゃわからない」と譲らない。
しかし、結局のところ僕は折れた。
「わかった。俳優養成所のオーディションを受けてみて、受かったらやってみる」
母方の伯父がテレビ局に勤めていた関係で、「悪い噂を聞かない事務所を紹介して欲しい」と母が伯父にリサーチを入れていた。
「ここがいいんじゃない?」と紹介された俳優養成所のオーディションを受けた。
「どうせ落ちるだろう」と思っていたら、結果は合格。
養成所の稽古日は、田畑先生のレッスンとはものの見事に曜日と時間帯が被ってしまい、通えなくなってしまった。
養成所の所在地は、高場馬場からも近い。
そんな訳で、僕は放課後、バイトをしながら俳優養成所に通い出し、高校を卒業後もしばらく通い続けた。
そうそう。卒業といえば、こんな事があった。
今福くんという同級生に「将来は立派な芸人になって下さい」と言われたのだ。
「へ?いやいや、俺はダンサーになるから」
と笑ったが、今現在、僕は噺家、つまり芸人になっている。
彼には何かが見えていたのだろうか…?
養成所では演技指導の他に、歌唱、ダンス、パントマイム、
授業を受けていると、たまにドラマのエキストラや事務所所属のアイドルのバックダンサーの仕事が来る事があった。
そうした日々を送る中、僕にも半期下の後輩が出来た。
後輩といっても、僕より年上の人たちだったが、みんな非常にいいヤツで、授業の後に夜遅くまでよくつるんでいた。
ある日、後輩に「実はダンサーになりたいんだ」という話をした事があった。
何日か経って、上原先生というダンスの先生に呼ばれた。
「田中、お前、ダンサーになりたいんだって?」
「え?あ、はい」
「いい後輩を持ったな」
「?」
狐につままれた様な心待ちになったが、どうやら後輩たちが上原先生に僕の事を話してくれた様だった。
「じゃあ、いついつから何処そこへ来なさい」
と、上原先生に言われた場所に行ってみると、そこはダンススタジオだった。
十数人のダンサーが集まって、ストレッチをしたりしている。僕はその雰囲気にすっかり呑まれてしまったが、上原先生が僕をみんなに紹介してくれた。
「俳優養成所の子でね、田中くん」
「田中です。よろしくお願いします」
その日以来、僕は「劇団の子」と呼ばれる様になった。どうやら、上原先生は公演の出演者として今までも俳優養成所の生徒を出演させたりした事があった様だった。
しかし、「劇団の子」呼ばわりは不服だった。
僕自身はダンサーのつもりでいたので、何とか名前で呼ばれる様になりたい!と思った。
この集まりは日本ジャズダンス芸術協会の公演に向けたリハーサルだった。
リハーサルの場所はその都度変わり、浅草の体育館や
僕は高校の頃からダンスを踊って来て、養成所の中でもダンスなら誰にも負けない、という自負があった。
しかし、そんなちっぽけなプライドは、いともアッサリと打ち砕かれた。
先輩たちはプロもアマチュアもいたのだが、皆べらぼうに上手い。
ピルエットという片脚でくるくると廻る動きがある。僕は当時、せいぜい一回転廻れればいい方だったが、先輩たちは二回転、三回転廻れる様な人たちがゴロゴロしていた。
『これはエライところに来てしまった』と思ったが、休憩中にこのピルエットの練習を黙々としていたら、先輩たちが「もっとこうした方がいいよ」と色々とアドバイスをくれる様になり、いつしか呼ばれ方が「劇団の子」から「田中」に変わった。
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