第7話 ドラゴンクエストと僕

学習塾に通うようになり、友達と遊ぶ時間が減ってしまった。

しかし、そんな中でもよく遊んでいたのがKくん。

Kくんは四年生の頃に転校してきた。そこからすっかり仲良くなって、放課後はよく彼の家に遊びに行っていた。

五年生となった春。Kくんが遊ぶ、見た事がないゲーム画面に釘付けになった。見たところ『スーパーマリオブラザーズ』の様なアクション・ゲームでも、『グラディウス』の様なシューティング・ゲームでもない。

「何、これ?」

「ドラクエ」

「面白い?」

「うん」

Kくんの遊ぶ後ろからブラウン管テレビを覗き込むと、画面中央にいる青いキャラクターがどうやらプレイヤー・キャラクターの様だった。キャラクターの周囲には山や草原などが配置され、数歩移動すると、画面がぐるぐると変わり始めた。

ウィンドウが幾つか表示され、中央には鳥山明調のモンスター、そして画面下には「コマンド?」の文字。


今から約30年前。これが、僕と『ドラゴンクエスト』との出逢いだった。

僕は『週刊少年ジャンプ』は読んでいたけど、どちらかというとコミックス派で、毎号雑誌を読む事が無かった。

『ハイスクール!奇面組きめんぐみ』と『ドラゴンボール』、『聖闘士セイント星矢』さえ読めればいいや、と数週間遅れで祖父母の家で読む程度だったので、『ファミコン神拳』の情報から遅れていたのだった。

しかし、このドラクエとの出逢いは、僕にとって憧れていたロールプレイング・ゲーム(RPG)との出逢いそのものだった。

当時、ゲーム雑誌やゲームブックなどの情報から『ダンジョンズ & ドラゴンズ』という紙とサイコロで遊ぶゲームが存在する事や、『ウルティマ』や『ウィザードリィ』といったコンピューターRPGがあるという事は、知識としては知っていた。

しかし、当時の一介いっかいの小学生にとって海外のゲームを輸入して翻訳して遊んだり、コンピューターをゲームの為に購入するという選択肢は無きに等しく、いつかそういうゲームで遊んでみたいものだと夢想するのが精一杯であった。


僕は、このドラクエというゲームが欲しかったけれど、誕生日は半年後だし、クリスマスもお正月も更に遠い。毎月500円の小遣いを貯めていたのでは誕生日を待った方が早い。そこで僕は「じいちゃんにねだる作戦」を決行する事に決めた。

日頃僕を溺愛してくれていたじいちゃんは快く応じてくれ、団地の一階にあったおもちゃ屋さんですぐに買ってくれたのだった。


恐る恐るファミコンにカセットを挿し、スイッチを入れる。英語だ。

「START」という文字にカーソルを合わせ、スタートボタンを押すと、画面が変わった。

「なまえを いれてください」

僕は迷わず「のりみつ」(本名)と入力した。すると…。

「おお のりみつ! ゆうしゃロトの ちをひくものよ! そなたのくるのをまっておったぞ。」

自分の名前が呼ばれている事に、若干の気恥ずかしさと興奮を覚えた。

こうして、アレフガルドに生を受けた僕の分身「ゆうしゃ のりみつ」を成長させる日々が始まったのだった。

王様との謁見えっけんが終わると、三つの宝箱を開ける。松明たいまつに鍵、120ゴールドを得て、王の広間から一階へ。

ラダトームの城の外に出ると、友人宅で見たあの景色が広がっていた。まずは、城の兵士に言われた通り、武器と防具を整えねば。

ラダトームの城の隣にラダトームの町がある。町に入るとすぐに武器屋と宿屋があった。武器屋で売られている武器と防具の値段と、所持金とを見比べる。

竹竿10ゴールド、棍棒60ゴールド、銅の剣180ゴールド、布の服20ゴールド、革の服70ゴールド、革の盾90ゴールド。

現時点での最強装備である銅の剣は高くて買えないので、考えられる組み合わせは二通り。

宵越よいごしの銭は持たねえ」とばかりに竹竿と布の服、革の盾を購入するか、攻撃力を求めて棍棒と布の服を購入し、余った40ゴールドでもって道具屋で薬草や竜の鱗を購入するか…。

僕は少し悩んで竹竿と布の服、革の盾を購入し、冒険の旅に出た。

初っ端に出っくわしたモンスターはスライムだった。

僕は当時、海外のファンタジー系のゲームを紹介する本などを読んでいたので、スライムと言えば不定形の粘液状の姿だとばかり思っていたら、ずいぶん可愛らしい顔をしていて驚いた。

このスライムや赤いスライムのスライムベス、蝙蝠こうもりの様な羽を生やしたドラキーと暫く戦ううちにファンファーレが鳴り、レベルが上がった。

宿に泊まっては戦い、戦っては宿に泊まって、僕の分身は成長していった。ホイミやギラ、ラリホーの呪文を覚え、徐々にラダトームの城から離れた町や村、洞窟へと赴いていった。


それまで知っていたゲームには無かった、この「レベルアップ」という概念が面白かった。

敵を倒すと経験値とゴールドと呼ばれる金が手に入る。

レベル毎に定められた経験値に達すると、自分のキャラクターのレベルが上がる。

レベルが上がるとキャラクターの耐久力とも呼ぶべきヒットポイント(HP)や魔法を使う為に必要なマジックパワー(MP)、その他「ちから」や「すばやさ」などの能力値が増えて、キャラクターが成長してゆく。

また、得たゴールドでより強力な武器や防具、道具などを買い揃え、キャラクターは更に遠くまで旅をして生き延びる可能性が増える。

レベルアップにより、魔法の呪文を覚える事がある。HPを回復する癒しの呪文「ホイミ」や、炎で攻撃する「ギラ」、敵を眠らせる「ラリホー」、城まで瞬間移動出来る「ルーラ」や地下迷宮から地上へ瞬間移動出来る「リレミト」など、アレフガルド攻略に欠かせない強力な呪文が一つ、また一つと増えてゆく。

この「目に見えてわかる成長」という要素にハマった。


そう、何故かドラクエに限らず、コンピューターRPGというジャンルを遊んでいると、ゲーム自体をクリアしたにも関わらず、延々とレベルアップやアイテム蒐集を繰り返してしまう事がある。

僕はカンスト(カウンターストップ。該当する数値が打ち止めになる事)するまで成長させる事に興味は無いが、クリアしたRPGを遊ぶ事が多いのは、こうした「目に見えてわかる成長」が楽しいからだ、と思っている。

人によっては「作業」と揶揄やゆされる経験値やゴールドを稼ぐ行為が、僕にとっては快楽の一つなのである。


ドラクエの大きな魅力に、堀井雄二先生の生み出すストーリーと世界、鳥山明先生の描くキャラクターと、すぎやまこういち先生の紡ぎ出す音楽がある。

ドラクエの物語は分かりやすく、かつ、主人公が喋らないというのがいい。

堀井雄二先生は漫画家・小池一夫先生の劇画村塾出身のライターで、『週刊少年ジャンプ』の読者投稿コーナー「ジャンプ放送局」などを担当していた。

堀井雄二先生が作るゲームの特徴の一つに「周囲の人物に語らせる」というテクニックがある。

ドラクエの主人公は一切、口をきかないが、周囲の人々が主人公がどんな人物であるか、語り掛けて来る事で、プレイヤー自身が想像して補完する。このプレイヤーとキャラクターとの距離感が絶妙だ。勝手に喋られてしまっては、感情移入がしづらくなってしまう。僕は無口なドラクエの主人公が大好きだ。


ドラクエが世に出た1986年当時、鳥山明先生の漫画は絶大な人気を誇っていた。

出世作『Dr.スランプ』が絶大なる人気を誇り、更に『ドラゴンボール』が大ヒット。この稀代の大人気漫画家の描くキャラクターは敵であるモンスターすらも魅力的で、鳥山明先生がキャラクターデザインしているからドラクエに興味を持った人も多いだろう。

ドラクエにもぱふぱふを筆頭に『ドラゴンボール』の影響が随所に見られるし、『ドラゴンボール』の漫画の中にドラクエ2のモンスターたちが登場する回があった。

相互に影響を与え合う存在だったのだろう。


僕は『ウルトラマン』が好きなのだが、『帰ってきたウルトラマン』の音楽を担当されていたのが、すぎやまこういち先生だった。

すぎやまこういち先生はザ・タイガースの楽曲やヴィレッジ・シンガーズ「亜麻色の髪の乙女」(後に島谷ひとみさんのカヴァーで再ブレイク)など大ヒット曲を手掛ける作曲家だが、ゲームが大好きでパソコン版の『森田将棋』(エニックス)のアンケートハガキを書いた事がキッカケで、ドラクエの音楽を担当する事になったというのは、有名な話。

「ゲーム音楽は繰り返し何度も聴く事になるから、クラシック音楽にしたらいいだろう」というアイデアは、ゲーマーならではの視点から生まれたものだろう。


こうした才能が集結し、ドラクエは生まれた。

この才能の三位一体こそがドラクエをドラクエたらしめていると思う。


モンスターとの交戦中に、あえなく死ぬ事もあった。

「おお のりみつ! しんでしまうとは なにごとだ!」

王様から小言を喰らって、所持金を見ると何と死ぬ前の半額に!?

幸い、経験値は減っている様子が無いのでホッとする。


今とは違い、こまめにセーブするなんて時代ではない。当時のバックアップを取る方法はパスワードである。『ドラゴンクエスト』も御多分に漏れず、「復活の呪文」と呼ばれるパスワードを王様から聞いてメモを取るのだった。

しかし、この「復活の呪文」の写し間違えによる悲劇もまた、多かった。

何分、ファミコン時代のドット文字である。濁点と半濁点を間違える事もしばしばあった。

たった一文字でも間違えれば、「じゅもんが ちがいます」と続きを遊ぶ事が叶わぬのである。

その為、僕は同じキャラクターの状態でも複数の「復活の呪文」を聞いて書き移す様にしていた。


こうして数週間が過ぎた。

学校に行ってもドラクエの事ばかり話し、家に帰るバスの中で攻略本を読み、ファミコンのスイッチが入ってなくてもドラクエの事ばかり考えていた。

現実の階段の上り下りの時にも頭の中で「ザッザッザッザッ」という効果音が鳴っていたし、家のドアを開ける時も「とびら」と頭の中にドラクエのウィンドウ画面を思い浮かべていた。


僕の分身は今や、立派な勇者に育っていた。

竹竿や布の服、革の盾ではなく、ロトの剣にロトの鎧、水鏡みかがみの盾を装備し、最強の回復呪文であるベホイミと最強の攻撃呪文であるベギラマを習得していた。

後は竜王をたおすのみ。

松明よりも明るく周囲を照らすレミーラの呪文を唱え、竜王の城最深部を目指す。

死神の騎士や大魔導、ストーンマンにダースドラゴンといった強敵を蹴散らし、竜王の玉座へ辿り着く事が出来た。

僕の分身は、竜王との死闘を演じ、見事、アレフガルドに平和をもたらした。

あのエンディング・テーマを聴くと、今でも涙腺が緩む。


竜王を撃破して、数ヶ月後。


僕は「ファミコン神拳」で驚くべき情報をゲットする事になる。


ドラクエの続編が、出る。

今度は3人パーティでの冒険との事だ。


僕は近所の商店街のファミコン屋で、人生初の予約をした。


あの店も、今はもう無い。


人生という長い旅路の中で、様々な出会いと別れを経験し、僕自身、成長してきた。

今の僕には、僕の家族がいる。共に人生を歩んでくれる妻が。

非常に心強いパートナーだ。

僕は竜王とは戦わないけれど、呪文では無く落語を覚えて、妻の叱咤激励を受けて今日も戦い続ける。

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