第5話 僕と落語 その1

幼い頃、じいちゃんが僕をおんぶしながら、子守歌代わりに『平林ひらばやし』の言い立てをよく口ずさんでいた。

「たいらばやしか、ひらりんか。いちはちーじゅうのもーくもく。ひとつとやっつでとっきっきー」

これが、初めて覚えた落語のフレーズ。

小学生の頃、とにかく本が読みたくて、親の本棚を物色した。

そこに並んでいた中に、落語協会・編『古典落語』シリーズ(角川文庫)という文庫本があった。

中でも何度となく読んだのが、三巻にあたる『長屋ばなし・上』。

収録されているのが、「初天神」、「蟇の油」、「胡椒のくやみ」、「孝行糖」、「三軒長屋」、「今戸の狐」、「長屋の花見」、「時そば」、「一人酒盛」、「人形買い」、「もぐら泥」、「粗忽長屋」、「火焔太鼓」。

落語の速記本特有のルビの振り方(例えば「鳶頭」と書いて「かしら」と読ませるとか、「本当に」と書いて「ンとに」と読ませるとか)が面白くて、真似するようになった。

じいちゃんやちゃあちゃんや両親が「まっつぐ(真っ直ぐ)」とか「うっちゃっちゃいな(捨てちゃいな)」という言葉をナチュラルに使う人たちだったので、江戸弁が耳に馴染んでおり、違和感無く読んでいた。

小学四年生の頃、江東区役所の向かいに「寄席よせ若竹わかたけ」が出来、ウチの師匠の出る時に母に連れられて聴きに行った。

父がラジオ局に努めていたので、局でマスターからダビングしたものか、エアチェックしたものかわからないけども、古今亭志ん朝師匠の『市田落語名人会 古今亭志ん朝十三夜』という番組のテープが揃っており、そっと持ち出してはこっそり聴いていた。

中学・高校は、地元の南砂町駅から営団地下鉄(現・東京メトロ)東西線で片道45分ほど乗った吉祥寺が最寄駅だったので、通学時にウォークマンでこのテープをよく聴いていた。

「井戸の茶碗」、「抜け雀」、「二十四孝」、「夢金」、「搗屋つきや幸兵衛こうべえ」、「品川心中」、「大工調べ」、「大山詣り」など十三席の噺が60分テープの片面30分に綺麗に入っているので、吉祥寺の駅から井の頭公園を抜けて学校まで歩くと家から丁度二席は聴ける。文字通り、テープが擦り切れるまで聴いた。

この頃から暫くは、いわゆる「昭和の名人」のテープばかり聴いていた。

寄席に通う様になるのは、もう少し後の話。

それはまた、別の項で。

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