第184話 おみくじ
結局、集合してから参拝が終わるまで二時間弱かかってしまったが、終わってみれば意外とあっという間に感じるものだ。
登ってきた石段を、今度は逆に下って行く。
俺たちは決して早くここに来たわけではないが、それでも後ろにはまだまだ大勢の初詣をするのであろう人たちで溢れ返っていた。
「――ねぇ、みんな!」
石段を下りたところで、結衣が俺たちを呼んだ。
「どうしたの……?」
「もしかして、みんな参拝するだけが初詣だと思ってない……?」
「えっ……初詣って参拝が目的じゃ……」
今日の結衣はどこか張り切っているというか、ノリノリなご様子だ。さすがは地元民。地元愛が溢れているのが表情を見ているだけでもわかる。
「あっ、そうか! 人込みのせいで完全に忘れてた!」
そこで、佳奈さんも結衣が何を考えているのか、その真意に気付いたようだ。さすがは地元民。地元愛が(以下略)。
「あぁ~なるほどね……それは大事なことだねぇ~」
佳奈さんに続いて、達也も納得したような顔でうんうんと深く頷く。さすがは地元m――って待て待て。お前は地元民でもなんでもない。むしろ地元は俺と同じだろ。何でお前がわかって俺がわからないんだ……⁉
「え、ちょっと……みんなわかったの……?」
「もちろん!」
「あったりまえよ!」
「あとは伊織だけだね。ふふふ……」
ちょ、ちょっと結衣さん。「ふふふ」って、俺だけわからないのを楽しんでません?
「――あぁ~ギブ! ギブアップ!」
俺は両手を上げて降参を示す。これ以上考えたところでたぶんわからないだろうし、それに三人の面白がっているような視線に耐えられそうになかったからだ。
「じゃあ、正解の発表です」
そう言うと、結衣はある場所を指さす。
「――正解は『おみくじ』でした!」
「あ、あぁ……おみくじね」
どうりでみんなわかって俺だけわからないわけだ。
というのも、俺は初詣でおみくじを引くタイプではないからである。
厳密には、小さい頃は引いていたらしいのだが、そのときの記憶は遥か彼方に飛んで行ってしまったから、今ではほとんど覚えていない。
家族で初詣に行くときも、今日みたいな超有名どころに行くのではなく、近所の小さな神社で参拝だけすることが多い。
それに、おみくじ売り場があっても、それをするのは大抵妹の美咲くらいで、俺はいつも美咲がそれを引いて喜んだり落ち込んだりする様子をただ眺めているだけだった。
「伊織もわかったところだし、早速おみくじ引きに行こうよ!」
スキップでもするのかというくらいウキウキな足取りで、結衣はおみくじ売り場へと向かう。
ここ鶴岡八幡宮には、どうやら二種類のおみくじがあるらしい。一つは、箱を振って出てきた棒の番号のものをもらう、シンプルなもの。もう一つは、八幡宮と鳩という関係からだろうか、「鳩みくじ」なるものがある。
「こっちの方が絶対かわいいよ!」
「それは間違いないね!」
結衣と佳奈さんは何の迷いもなく「鳩みくじ」の方に吸い寄せられていった。
なるほど、シンプルで廉価なものと、ちょっとお高めだけど、鳩というかわいさとデザイン性に優れた付加価値のあるもの、それら二種類をあえて用意するとは、なかなかにうまい戦略かもしれない。
参拝客に来るのは、何もおじいちゃんおばあちゃんだけではないのであり、俺たちのような若い世代だって当たり前のように来る。
そして、おみくじは、例えるなら課金して引くソシャゲのガチャみたいなものだから、むしろ若い世代にターゲットを絞ったマーケティングが行われるべきであり、その結果がこの「鳩みくじ」にあるということなのである。
たしかに、鳩みくじはシンプルなそれよりも作るのに手間暇がかかるのだから、その分お値段は倍と、一見すると敬遠されがちかもしれない。
しかし、「今このときの思い出を作りたい」という若者にとっては、それほどの効用があるということで、迷いなくそっちを選ぶ。
神社にとっては儲かるし、若者にとってもいい思い出作りになる。まさにウィンウィンの関係を見事に作り出しているのである。
あぁ、おみくじ一つでもこんなに奥が深いのか……。
奥が深いのはマリアナ海溝とコーヒーくらいだと思っていたから、「奥が深いものリスト」に、新しくおみくじを加えるとするか。
財布から100円硬貨を二枚取り出して、賽銭箱に投入。すると機械が動いて自動でおみくじが出てくる――わけではない。ちゃんと自分の手で取りますよ。
手を入れる穴から何色のおみくじが入っているかは見えるらしいが、俺はあえてノールックで挑むことにした。先が見えてるって、あんまりおもしろくないからね。
「よし来たぁ!」
勢いよく掴んだ一つをつまみ上げる。
「緑か……」
出てきたのは新緑の色だった。うん、何か深呼吸したくなるような色でいいよね。
「結衣は何色引いた?」
「わたしは……ピンクっ!」
結衣は「じゃじゃーん」という効果音が流れてきそうな勢いでその包みを見せてきた。
「達也と佳奈さんは?」
「俺は青だぜ」
「私は黄色」
「色被らなかったね」
「そうだね。並べて見たらカラフルに見えるよきっと!」
結衣の提案で、自分の持っている包みを前に差し出す。
「うわぁ……きれい……」
結衣の予想は見事的中したようで、濃すぎず付いている淡い色合いの変化が、何とも言えないくらいに美しい。これは映える。
「次はいよいよ開封だね」
「四人一斉にオープンしようよ」
「「「「せ~のっ――」」」」
おみくじの運勢を見ようとしたけど、最初に目に入って来たのは、鳩のキーホルダーだった。
「ねぇ、伊織。見て見て! すっごくかわいい!」
鳩は平和の象徴である。そして結衣がそれを見て「かわいい」と言って目をキラキラさせている姿は平和そのもの。つまりダブルで平和。これなら、魔王に侵略されて混沌とした世界だって、秒で安寧が訪れるに違いない。
そんなほっこりするような光景を見つつ、俺は大本命のおみくじを開封する。すると――
「――だ、大凶……?」
「え、うそ……⁉」
「え、ま、まぁね……。みんなは……?」
「わたしは『小吉』だったよ」
「俺は『大吉』っ!」
「私は『中吉』~!」
「なんだ、と……?」
みんなめちゃくちゃ運勢いいじゃん! 俺だけまさかの「大凶」に、ショックが隠し切れない。
「い、伊織。でも、大凶のおみくじをその箱に入れて、矢を握ると、『凶』が『強』になるからだいじょうぶみたいだよ」
「そ、そうなのか……よし」
さすがは関東有数の神社。『凶』を『強』にするとか、やることのスケールが色々とぶっ飛んでるな。
神様仏様おみくじ様。どうかこの高岡伊織の「凶運」を「強運」に変えてください……。
強く強くそう願いながら、結った大凶のおみくじを入れ、そして矢をぎゅっと掴んだ。
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