第183話 初詣
結衣の手をつなぎながら歩くこと数分。目の前に赤い柵が敷かれた橋が目の前に現れた。
「えっ、何これ。ここって通れないの……?」
赤い柵の左右にはまた別の橋が架かっていて、参拝客はどうやらその橋を渡って行き来しているみたいだった。
「ここは太鼓橋っていって、今は通行止めらしいよ」
「ん……? 『今は』ってことは、昔は通れたってこと?」
「そうみたい。さすがは伊織。鋭いねっ!」
「え、そう……へへへ」
結衣にそう言ってもらえると、達也に褒められるよりも何倍も……いや何百倍も嬉しいかもしれない。あっ……、べ、別に達也が嫌いとか、そ、そんなんじゃないんだからねっ!
結衣はこめかみに指を添えながら記憶を思い出すように口を開く。
「えっと、たしか……この橋って見たらわかると思うけどかなり勾配がきついよね」
「うん。たしかに」
パッと見ただけでもかなりの急勾配だ。晃さんのお店に行くときの坂に匹敵するか、もしかしたらそれ以上かもしれないな。
「だから、昔はここを一気に登れたら出世できるとか、幸せになれるとかっていう言い伝えがあったらしいの」
「へぇ~なんかそれっぽい」
神社とかにある、いわゆるパワースポット的なあれか。
「でもね。転んでけがしちゃう人とかが出てきたり、橋の老朽化とかで、通行禁止になっちゃったんだって」
「あらまぁ~」
願掛けを込めて橋渡りにチャレンジするも、途中で転んで失敗するとか、悲しすぎかよ。転んで痛いだろうし、それに出世できないかもしれないって、物理的にも、精神的にも二重の意味で痛そうだな。
それに、今のご時世は実力さえあればポンポン出世できてしまう。だからそういう意味で時代錯誤になってしまったのではないかとも考えてしまう。
「願掛けしている場合があったら、その時間で実力を磨け」と、無言のうちにそう俺たちに伝えてくれているのかもしれないな。
だがしかし。俺はやってみたかった。
橋を渡り切ってこう叫ぶのだ――「出世しまくる人に、俺はなるっ!」って。いや、別に海賊王とかになるつもりはないけどさ。でもそういうのってちょっと憧れるよね。
周りの人はそれを「中二病乙」とか言って、奇異な視線を飛ばしてきたり、ちょっと距離意を置かれちゃうんだけど、本人が楽しければ、正直何してもいいと思うんだよね。
もし何十年か前にタイムスリップできたら……と、通行止めの柵の先に自分の姿を想像しながら横の橋を渡って行く。
途中、参道の横にある手水舎に立ち寄り、まずはお清めから始める。
衛生管理が声高に叫ばれるようになった今日ではあまりやらない人も増えているみたいではあるが、初詣で神様にお願いをするんだ。心身ともに汚れをこの清水できれいにしないと、神様は見向きもしてくれないかも!
しかし、時は真冬の一月、元旦。いくらお清めとはいえ、そこにあるのはキンキンに冷え切った水。それに触れるとなれば……
「うわっ、冷たっ!」
まぁ、そうなるよね。知ってた。知ってたけど、冷たいものは冷たい。小学生のプールの授業で初めと終わりに浴びせられた地獄のように冷たいシャワー並みに冷たく感じた。
「ひゃっ!」
「こりゃ冷たい……」
「うっひょ~マジで冷てぇなおい!」
それはどうやら結衣も、そして佳奈さんも達也も同じだったみたいだ。
「でも、これでちゃんとお清め完了ってことでいいのかな?」
「う、うん……。それにしても冷たかったね、あはは……」
水に濡れ、そして寒風に晒されて、このままだと凍ってしまうのではないかと思う手をハンカチで包みながら、結衣は苦笑いを浮かべる。
「い、伊織~。助けてくれよ~」
結衣の横で泣きそうな声を上げているのは達也だった。
「達也、うるせぇよ。ちょっとは静かにできないのかよ」
「う、うぅ……だって、だってぇ……」
達也は駄々をこねる幼稚園児のように見える。あ、今近くにいる小っちゃい子に笑われてますよ。「あそこのお兄ちゃんおっきいのに泣いてるw」って感じに。
その光景にちょっといたたまれなくなった俺たちは、達也にハンカチをひょいと渡し、いざ本宮へと続く階段を上る。
そして石段を上る度にその姿を大きくする楼門。数か月前の修学旅行の色々な寺院の迫力が脳裏に蘇ってくるほどだった。
その中心には大きく「八幡宮」と掲げられているが、そこで妙な感じがした。
「――ねぇ、結衣」
「どうしたの?」
「あそこ……『八幡宮』の『八』の字がなんかおかしくない……? 字体が他と変わってるって言うか何というか……ヘビ……?」
「そうなのそうなの! ヘビじゃないけど……。やっぱり気付くのは伊織だねっ!」
何だか結衣がとってもご機嫌。とってもご機嫌。それを見た俺もテンション上がってきたぜ。ってか、あれ、ヘビじゃないのね。
「結衣~どういうこと?」
「結衣ちゃん、何々俺にも教えてよ!」
「ふふふ……仕方ないですね~」
結衣は「おっほん」と咳払いをすると、大きく息を吸う。
「伊織が気付いた八幡宮って書いてある中の『八』の字。あれは鳩さんをイメージしてるんです!」
「「「鳩……⁉」」」
「うん。これもお父さんから聞いただけなんだけど、鳩は『八幡様のお使い』として、全国の八幡宮を移動させるときの道案内をしてくれたらしいんだって」
「へぇ、そうなんだ……」
鳩と言ったら「平和象徴」って言うイメージが強かっただけに、意外な事実を知ることになったみたいだ……。
石段を登り切って本宮の目の前に立ち、ふと後ろを振り返る。
すると、由比ヶ浜までまっすぐに伸びているという参道と、その両サイドから広がって行く鎌倉の街並みが視界に入ってきた。
「お、おぉ……すごいな」
すぐ横からは現代の街並みが始まっているが、そのまっすぐの道だけ、歴史を切り抜いたように残っていて、俺はしばらくの間、その景色に見入ってしまった。
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