第179話 初日の出

 結衣とのあけおめメールに卒倒しかけた俺は、その後すぐに眠りについた。

 しかし、まだ薄暗い時間であるにもかかわらず、俺の部屋をドカンと大きな音を立てて、誰かが侵入してきた。


 「――だ、誰だっ⁉」


 寝不足気味でも、そんなびっくりイベントが発生してもなお呑気に羽毛にくるまっていられるほど能天気な性格はしていない。

 俺はベッドから飛び起きて、まだ重い瞼を擦って目を開けると――


 「――お兄ちゃん! ほらっ! 初日の出見に行くよ!」


 「お前かぁ……」


 犯人は妹の美咲だった。

 マジで何なのよ。俺が寝坊しかけた美咲を起こしに部屋に入ったら超絶キレるし、その割には俺の部屋にはずかずかと入ってくるのね。

 まったく、妹というのはいいご身分だこと。


 せっかくの睡眠を邪魔されてキレそうになってしまったが、キレてしまったところで美咲には通用しないだろうし、俺自身が疲れるだけだ。結論、「キレるべからず」。

 俺は美咲の姿を確認したところで、もう一度布団に潜り込む。


 「ほらほらぁ~いつまでぐーたら寝てるのさ~」


 美咲は俺のことを揺らしてくる。


 「美咲……今何時だと思ってるんだよ……」


 「えっ? 六時だけど?」


 何が「六時だけど?」だ、この野郎。

 美咲は部活の朝練でこのくらいの時間には起きているんだろうが、俺はもう部活なんてやってないし、六時台から起きるような早起きさんでもなんでもないんだぞ。

 俺と美咲では時間感覚がだいぶ違っているようだ。


 俺は「まだ寝ていたいんだ」ということを示すために、美咲の揺らし攻撃を無視してそのまま抵抗を続ける。


 「もう、仕方ない。この手は使いたくなかったけど……」


 美咲はため息を一つつくと、一旦攻撃を止める。

 やれやれ、やっと諦めたか――と思ったが、次の瞬間、


 「――いい加減起きろ~!」


 美咲は大きな声とともに、なんと俺の羽毛布団を取り払ったのだ。


 「お、おい美咲っ! 何をする――って寒っ!」


 羽毛布団を取り払った美咲は、それで終わることなく、部屋の窓を全開にして寒風を俺にお見舞いしてきた。

 道理で異常に寒いわけだ……うん、寒い寒すぎるからっ!


 何と鬼畜の所業をしてくるんだ、美咲の奴は。我が妹のサイコパス性が垣間見えたようで、背筋が二重の意味で凍った。

 ここまでされてもなお眠り続けられる強者がいるのであれば、俺はぜひともその人を師匠と呼んで一生ついて行く覚悟だ(大げさ)。


 俺は完全に目が覚めてしまった。これ以上の争いは不毛だと分かった俺は、美咲の後ろについて行き、リビングに下りる。そこでは母さんが俺と美咲を出迎えてくれた。


 「あら、伊織。おはよう」


 「おふぁよ~」


 「美咲……伊織のこと起こせたいみたいね」


 「えっへん!」


 美咲はあたかも「お兄ちゃんを起こしてあげた偉い妹」ぶっているが……俺は忘れない。その自慢げな顔の裏に潜んだサイコパスの面影を……。


 「じゃあ、お父さんを起こしたら初日の出を見に行くから、美咲。お父さん起こしてきて。その間に伊織は支度を済ましておくのよ」


 「は~い!」


 「りょーかい、マム」


 美咲は元気よく二階に駆け上がって行くが、その通りすがりに「ふっ」と笑みをこぼしていたのは気のせいだろうか……。いや、気のせいであってほしい。そうでなかったら父さんが、父さんが……。


 それから数分して、美咲と父さんが二階から降りてきた。

 父さんは昨日あれだけ飲んでしまったからだろう、頭をしきりに抑え、軽くふらつきながら歩いてくる。


 だが、それはただの二日酔いだけではないはずだ。きっと、きっと美咲の「アレ」によって……。父さん、ドンマイっ!

 全員の支度が整ったところで、母さんの運転で、初日の出へと出発した。


 「これは……すごいな」


 海岸近くの駐車場までやって来たはいいものの、さすがは元旦なのか、それとも単に考えることはみんな同じなのか、俺たちが砂浜に着いたときには、既に大勢の人がスタンバイしていた。


 「はははっ! 人! ゴミ!」


 さっきからのテンションが下がらない美咲は、高らかにそう叫びながら砂浜を進んで行く。


 「おい美咲。それはまずいぞ。その変に片言の日本語は、ここにいる全ての人を敵に回してしまうかもしれないぞ」


 「大丈夫、大丈夫!」


 美咲はそんなのお構いなしのようだった。さすが強メンタル。俺と美咲が兄妹とは思えないくらいの違いだ。どうしてここまでの差がなってしまったのか……。


 美咲の背中を眺めながら感傷に浸っていると、背後からも続々と人が迫ってきた。

 毎年この辺りでは花火大会が行われるのだが、そのときの人だかりに匹敵――いや、むしろそれ以上の数かもしれない。そもそも花火大会自体にあんまり行ったことがないけど。


 それでも、まだこの砂浜は「穴場」スポットと言われるくらいに空いているらしい。

 ここの周りを見るとそれには深く納得してしまう。

 結衣とクリスマスに歩いた弁天橋や、国道沿いの歩道は、この砂浜以上にぎゅうぎゅうで、身動き一つすら付けないような、そんな状態だった。


 「――ねぇねぇ、そろそろじゃない?」


 波打ち際まで進んでいた美咲が戻ってきて、水平線のちょっと上あたりを指さす。


 「っぽいな……」


 ぼんやりと青みがかった空に、太陽の後光だろうか、オレンジ色が混じってくる。

 それが見えてからはあっという間だった。


 三浦半島や、その先の房総半島の先に漂う雲の間から強い光がその隙間からのぞき始め、雲の輪郭が燃えるように黄金に光り輝く。

 本当は雲一つないところで、半島から「ピカっ」とその姿が出てくるのが理想ではあったが、雲があっても、何だかんだで見ごたえは薄れない。


 そして、雲を超えて太陽が頭を見せるころには、さっきまでの青みがかったそらはどこにもなく、全体が幻想的なオレンジ色や黄金色に染まっていた。

 完全に太陽が昇り切ると、どこからか拍手が沸き起こり、一気にその周辺を拍手の嵐が駆け抜けて行く。


 初日の出とこの拍手。この日しか見られない光景に、思わず動画と写真をいくつも撮ってしまう。


 「――それじゃあ、道が混む前に家に戻りましょうか」


 燦々と煌めく太陽とその景色にレンズを向けていると、母さんが声をかける。


 「おっけぃ」


 拍手が鳴り響く中、俺たち四人はその場を後にした。

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