第180話 不思議なメンツ

 他の初日の出客よりも一歩先に帰りだしたのが功を奏したのだろう。うんざりするような渋滞にほとんどはまることなく、無事家に帰ることができた。


 それから朝ご飯を食べる。

 いつもなら日本人のソウルフードとして名高い「TKG」こと、卵かけご飯に、サラダ、そして味噌汁と言ったほぼワンパターンのメニューであるが、今日は元旦ということで、テーブルにはおせち料理が並んでいた。


 もちろん、駅ビルに入っているお店の、黒塗りされた重箱に入ったちょっとお高いおせちはとてもじゃないが手を出すことはできない。

 だから、その代わりに、高岡家自家製のタッパーに入った「おせち風」料理を作ることにしたらしい。


 伊達巻きに黒豆、紅白のかまぼこに栗きんとん、数の子や煮物など、錚々たる顔ぶれたちである。

 それにお雑煮が加われば、もうおせち料理に困ることはないだろう。

 一通りのメニューを味わい、お腹を充たしたところで、リビングの時計に視線が行く。


 「そろそろかな……」


 俺は席から立ち上がる。


 「あら伊織、どうしたの……?」


 それを見て、母さんが首をかしげる。


 「ふぉうしふぁの(どうしたの)、ふぉふぃいふゃん(お兄ちゃん)?」


 美咲は口いっぱいに食べ物を頬張りながら尋ねてくる。

 こら、美咲ちゃん。もうちょっとお行儀よく食べなさい。口の中に食べ物が入っているときは、お口チャック。これ常識よ。


 「え、えっと……友達と初詣に……」


 「――結衣さんだ!」


 高速で飲み込んだ美咲が、むせそうになるのを必死に抑え、その名前を声高に叫ぶ。


 「へぇ~、結衣ちゃんと……」


 「おっ! 彼女と初詣なのか! そうなのか伊織っ!」


 母さんに加え、ちょっと難しそうな顔でテレビを眺めていた父さんも、こちらを振り向くと、珍しく参戦してきた。


 「まぁ、そうでないわけはないわけでは……」


 事実、結衣と初詣に行くことは間違いではない。だが、二人で、ではない。

 寝る前に来た「あけおめメール」の中で、達也がグループの方で「初詣やろうぜ!」と、イナズマチャレンジャー張りの勢いでそう送ってきた。


 毎年毎年家族で初詣には行っていたが、友人と初詣とか、ちょっとテンション上がっちゃうよね! ということで、俺、達也、結衣、佳奈さんの四人で、鶴岡八幡宮に行くことに決まったのだ。


 「と、とにかく……行ってくるわ」


 俺はスニーカーを履き、そして結衣からもらった手袋をはめていく。

 ふんわりと温かい毛糸地の手袋は、この寒波の中でもじんわりと手を温めてくれるだろう。

 彼女かか貰ったプレゼントを、こうして身に付けて外出するとなると、ちょっとどころではなく、めちゃくちゃ気分がいい。


 「あんなに女っ気のなかった伊織が、初詣を彼女と……。私はずっと夢でも見ているのかしら……」


 母さんはどこか祈りをささげるような仕草でそうつぶやく。

 おい、やめろ。それ夢じゃない、現実や。自分のほっぺでもつねってみなさいよ。きっと痛いだろうから。

 そうじゃなかったら……たぶん俺と母さんの世界線がずれているのかもね。


 「お兄ちゃん、私にお土産よろしく~」


 美咲は敬礼で俺のことを見ている。

 え、えっと……今から行くのは旅行とかじゃないから、お土産はないですね……はい。残念でした!


 そういえば父さんの声が聞こえないな~と思って見てら、目を瞑って一人静かに席に座っている。っていうか、よく見ると、頬に一筋の雫が!

 父さん、泣かないでっ! 別にそんなお涙展開なんてどこにもなかったよ……?

 高岡家は何とも不思議なメンツが勢ぞろいしている気がする……。


 夢と現実を彷徨っている視線、お土産をねだる視線、仏のように穏やかな視線を浴びつつ、俺は自宅を後にした。


 鶴岡八幡宮の最寄りの鎌倉駅までは、チャリと電車を合わせてざっと三十分ちょっと。

 いつもよりも電車が混んでいるとは思っていたが、それよりも、鎌倉駅で降りる人の数に度肝を抜かれてしまった。


 ここで降りる人たちは、俺と同じように鶴岡八幡宮で初詣をするのだろうか。

 大晦日から元旦にかけての夜中に初詣をする人が多いのは、テレビを見ていても知っているが、昼近くになっても来る人は来るのかもしれない。もしくは、夜中の参拝は混雑するだろうから、時間帯をずらすとか。


 まぁ、どっちみち、神奈川の初詣に人気の場所と言えば、川崎大師か寒川神社か、ここ鶴岡八幡宮の三強みたいなもの。

 だから、どの時間に来ても混雑してしまうのは避けることができないんだけどね。


 西口の改札を抜けて、すぐに見える時計台。ここが今日の四人の待ち合わせ場所となっている場所だ。

 待ち合わせスペースとして整備がされてから間もないが、その役割は十分……というか、果たし過ぎているように感じる。


 本来、駅舎とは反対の場所にあるから、あまり目立ったようには感じないが、地元民にとっては頻繁に使う場所となっているのだろう。この時間でも多くの人がそのスペースにいて、もうそろそろ道に人が溢れてしまいそうになっていた。


 そんな人込みをかき分けながら、他の三人を探す。

 集合時間よりも少し早めについてしまったから、達也はいないとして……。まぁ、あいつは遅刻だけしないでくれたらそれでいいんだけど。


 ちょっと早めの集合時間を伝えておいて正解だったなこれ。次回以降もぜひともこの作戦で行こうかな……。


 ということで、もっぱら結衣と佳奈さんの二人の姿を探していると、時計台のすぐ横辺りに、背の高い女の子と、見覚えのある淡いチェック柄をしたマフラーを巻いた少女の姿を視界に捉えた。

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