第178話 あけおめ
「こんなど深夜から一体何なんだ……?」
いつもは昼間でもこんなに通知を知らせることはないのに。
もしかして、あれか?
「新春特別!」とか謳って色々な通販が一斉にセールを開催したことを知らせるやつとかかな?
そうだとしたら、せっかくさっきもらったお年玉も一気にとけてしまうだろうか……。
ちょっぴりの期待と、一抹の不安を覚えつつ、俺は自分の携帯の画面を明るくする。
「――っと、おぉ、マジか⁉」
俺はメッセージアプリのアイコンに付いている二桁の数字を見て、思わず驚きの声を上げる。
だってそうだろう。その数字が「5」とかでも、「誰からのメッセージだろう?」なんて期待してしまうのに、それが倍以上の、しかも桁数が違うとなれば、誰だって今の俺と同じ反応をするだろう。
そこをタップすると、どうやら差出人は、クラスグループ、俺と結衣、達也に佳奈さんの四人グループと……あとは結衣個人からだった。
これは、俗に言う「あけおめメール」と言うやつだ。
本来、というかもともと、このようなやりとりは「年賀状」が主流であった。
しかし、携帯電話が現在進行形で著しい発達をしている現代では、それをあかたも自分の舎弟のように自由自在に操るナウでヤングなピーポーを中心に、「年賀状文化」が廃れつつあると言える。
もちろん、俺も、自分の舎弟を持っていなかった小学生の頃は、元旦の朝早くからポスト前でスタンバイして、赤塗りのバイクが家の前に来るのを楽しみにしていたっけ。
ただ、そこで配達されるゴム留めされた分厚い年賀状の中にある俺宛ものは、せいぜい少なくとも一、二枚程度で、気分が沈んでいくと言うのがもはや一連の流れでもあった。
あの頃の俺は鋼メンタルを持っていたのだろう。今の俺でその状況になったら、一日中ベッドにこもって枕をひたすらに濡らす自信があるぞ。
こうして完成しつつある「あけおめメール文化」ではあるが、一つ問題がある。
それは、個人チャットでメッセージ送られてきているが、その人が同じグループにもいる場合。こういうときが一番頭を悩ませるのだ。
グループに返信して個人を後でにするか。それとも、個人に先に返信するか。
年賀状を作って書いてポストに投函して――という作業が、携帯一つでお手軽に完結できるようになったのは、省エネという観点から見れば喜ばしいことではあるけど……。
「ん〜、どうするべきか……」
悩みに悩んだ結果、結衣の個人チャットから先に返信することにした。
だって、グループでも「あけましておめでとう」をいっているはずなのに、わざわざ個人でも送ってくるなんて……やっぱりテンション上がるじゃんか!
[伊織、あけましておめでとう!]
[今年は受験生になっちゃうけど、またたくさん伊織と思い出を作りたい!]
[今年もよろしくね!]
結衣からは続けて三通が送られていた。
「受験生、か……」
結衣からのメッセージに高揚感が生まれるが、その言葉に、どこか浮ついていた足が地面につく感覚がする。
たしかに、俺も結衣とたくさんたくさん思い出を作りたい。それこそ、去年以上に。
でも、冷静になって考えてみると、たぶんそれは実質的に不可能に近い。
もちろん、結衣の言うように、俺たちは三年生、つまり「受験生」になる。
これからの人生の大事な進路を決める上での大事なプロセスであるから、優雅に遊んでばっかりはいられない。
それに、何より俺たちにより身近、かつ重要なこととして、「クラス替え」が控えている。
今でこそ同じクラスだから、休み時間に話すことができているけど、これが違うクラスにでもなってみろ。毎時間毎時間他のクラスに行って結衣を呼んで話して――なんてできるわけがない。
部活も引退に向けて頑張りたいだろうし、もちろん勉強だってしなければいけない。
つまり、三年生で結衣お同じクラスになることができなかったら、きっと今以上に会話をする機会が減ってしまうだろう。
いくらメッセージでのやり取りができる時代であるとはいえ、やっぱり活字だけでは伝えきれない気持ちや思いだってある。
それを伝えられないとなれば、お互いの考えの相違だって生まれるだろうし、小さな溝がすぐに取り返しのつかない隔たりに――なんてことも決して絵空事ではない。
結衣自身もそのことはわかっていると思う。その上でこのメッセージを送ってくると言うことは、つまりは……そういうことだ。
[結衣、あけましておめでとう!]
でも、そんな先のことばかり考えていても、生産性のかけらもないのも事実なわけで。
[俺も結衣ともっともっと楽しい思い出作りたい!]
今を生きなかったら、未来は実現するどころか、やってくることすらない。
[これからも結衣と一緒にいたい!]
それが今の俺の本音だというのは、間違っていない。正直な気持ちからすんなりと出てくる。
[大好きな結衣と]
だから最後の四通目のメッセージが、倒置法っぽく、後々見返したら悶え死ぬレベルになってしまったことに気付いたのは、送信ボタンを押した後だった。
「――あっ……やっべ」
すぐに送信取消しをしようとメッセージを長押ししてみるも、送ってすぐに既読が付いてしまったから、それをしても意味がない。
むしろ、「何で送って既読がついたのに消したの?」と追及されるかもしれない。
そのままにしても、いつまでも残るラブメッセージ。消しても追及される。つまり、逃げ場がない。
一体結衣からどんな返信が来るのかと、半ばヒヤヒヤしながら見ていると、
[わたしも大好き♡]
とハート付きのメッセージが返ってきた。
「おっふ……」
メッセージでこの破壊力。もしこれが直接言われてでもしてみろ。輸血が必要になるかもしれない(誇張)。
[今年もよろしくね!]
[うん!]
こうして結衣のかわいさに翻弄されながらも、無事に新しい年がスタートした。
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