第146話 恋バナ
「こ、恋……⁉」
「おぉ、修学旅行の定番イベントをしっかりとこなしていくスタイルだねー」
びっくりするわたしとは対照的に、瑞希ちゃんはどこかノリノリだった。
「ではでは、早速始めて参りましょうか。ほら、布団くっつけてくっつけて!」
奈緒ちゃんに言われるがまま布団を動かして、三人の頭を近づけていく。
部屋の照明を落としているから、それなりの雰囲気が出ているように感じる。
「じゃあ、まずは言い出しっぺの私から~」
奈緒ちゃんは元気よく口を開く。
「このクラスで強いてあげるなら――片山くん、かな……?」
「おぉー、その心は?」
「別に好きってわけじゃないんだけど、ああやっていつも盛り上げ隊長的な人は一緒にいて退屈しなさそうかな~って。ほら、遊園地でも会話に困らなさそうだし~」
「あぁ、わかるー。無理のない会話が続くっていいよねー」
「そうそう~。じゃ~次は瑞希ね」
「うーん、私か……。私は……あぁ、ぱっと出てこないな……」
「え~何それ、つまんな~い。また後で聞くから考えといてね」
「りょ、りょーかい……」
二人の会話を聞いていて、わたしの鼓動が少しずつ上がって行くのを感じる。これって、誰かしら必ず言わないとだよね……。
「それでは、お待ちかね、結衣の番で~す」
「え、えっと、わたしは……」
全力でクラスの男の子の顔と名前を思い浮かべる。
でも、すぐに鮮明にはっきりと浮かんでくるのはただ一人だけだった。でも、それを言ってしまったら――
「――ねぇ、結衣。言う前に一つ聞いてもいいかな?」
「な、何を……?」
「結衣ってさ――高岡くんと付き合ってたりする感じ……? っていうか、そうだよね、きっと」
「ふぇぁっ⁉」
「あー、それそれー、私もすっごく知りたいところー」
「結衣さん、実際のところどうなんですか? 高岡くんとの関係はズバリ……?」
「え、えっと、その……」
ど、どうしよう。この聞き方だと、何か確信めいたものがあって聞いているんじゃないかな。だとしたら、ここでごまかしても――
「――ひ、秘密って言ったら……?」
「そりゃ、それがそうだって認めてることになるよね~。だって否定してないんだもん。ねぇ、瑞希~」
「そうそう。ほらー、言った方が楽になるぞー」
付き合い始めてからこれまで、「二人の関係はなるべく口外しないようにしよう」って伊織と約束したんだけど、これは……もう逃げ場がない。
伊織には明日謝れば、きっと許してくれるよね……。
「――こ、ここだけの秘密にしてくれる……?」
「もちろん、そりゃ人の嫌がることをしようなんて、そんな下衆な性格はしてないから。そこだけは安心保証付きだね~」
「私も奈緒と同じだよー」
「わ、わかった」
わたしは鳴りやまない心臓に手を当てて、ゆっくりと息を吸う。
「――じ、実は……わたしと高――伊織は付き合って……ます」
「「きたぁぁぁぁぁ~~~~~‼」」
小さな声でそう言うと、二人は消灯時間が過ぎて先生たちの見回りがあるのを知っているはずなのに、とてつもなく大きな声で飛び跳ねた。
「ちょ、ちょっと二人とも! しー、しー、静かに!」
「いやいや~それを聞いて静かにしてられる方がおかしいって」
「そうだよ。しかも、『い・お・り』だってー! ひゃー、ラブラブですなー青春してますなーうらやましいですなー」
「ほ、本当に恥ずかしいから、そんなに言わないでよ……」
「またまた~。結衣、いつから付き合ってるの~?」
「え、えっと……体育祭の後から」
「えぇ⁉ それってもう半年くらい前ってことだよね?」
「ま、まぁ……うん」
「よく気が付かれなかったよね~」
「そ、それは……誰にも言わないでおこうって二人で約束したから……」
「おぉー、それはつまり、『二人だけの秘密』ってやつだねー。うぅん、ロマンチック!」
瑞希ちゃんは目をキラキラとさせながらわたしを見ている。
「そ、そんな大げさだよ……。ただ、そういうことを言うのが恥ずかしかっただけで……」
そんな瑞希ちゃんを見るのが少し恥ずかしくて、目線を逸らしてしまう。
「――でもさ~」
そこで、奈緒ちゃんが何かに気づいたような口ぶりで会話に戻ってくる。
「修学旅行の班決めのときに高岡くんを誘ったのも、実は……一緒に回りたかったからとか?」
「っ……⁉ ち、違くはないけど……」
「やっぱりそうなんじゃ~ん。いいじゃんいいじゃん。そういうの大事だと思うよ。好きな人と修学旅行で観光……うん、いい。とってもいいね~」
「あ、あはは……」
わたしは今にもとろけてしまいそうな奈緒ちゃんを見て苦笑いを浮かべる。
「結衣と高岡くんってちょっと意外な組み合わせだよね……」
「瑞希ちゃん……? どうして?」
「たしかに二人は席も隣で普段から楽しそうに話してるけど、それまでの関係なのかなって思ってさー」
瑞希ちゃんは唸るようにして顔を枕に伏せる。
「たしかに~。お二人はどうして恋仲に発展したんですか~?」
もう二人には完全にスイッチが入ってしまったようで、わたしの退路を完全に断ってしまっている。
「じ、実はね……お互いに一目惚れだったみたいで――」
「「一目惚れ展開きたぁぁぁぁぁあ‼」」
瑞希ちゃんと奈緒ちゃんは、有名人が突然目の前に現れたときようなテンションになっている。
「ひ、一目惚れってことは……四月にってこと?」
瑞希ちゃんが鼻から蒸気を出しそうにしながら顔を寄せてくる。
「ううん。わたしが一目惚れしたのは、中学二年生のときで――」
「「長年の恋が実ったパターンきたぁぁぁぁぁあ‼」」
「だ、だから……そんなに大声出すと先生に怒られちゃうよ……」
「いーや、結衣と高岡くんの話が聞けるなら、怒られることなんてへっちゃらさ」
「そ~だよ。ほらほら、今日はもう寝かせないから、ありったけのおのろけ話をプリーズアス!」
「そ、そういうものなんだ……」
瑞希ちゃんと奈緒ちゃんの追及の勢いは止まる気配を見せず、わたしはこれまで半年間、伊織と過ごしてきた日々をちょっとだけかいつまんで話すことにした。
その度に二人は悶絶するような悲鳴(?)をあげた。
一回に見回りの先生に注意されちゃったけど、それで諦めるような二人ではなく、その後も段々と更けていく夜を小さな声でしゃべりながら過ごした――。
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