第145話 枕投げ

 「はぁ~、疲れた~」


 わたしは押し入れから出して敷いた布団に横たわる。

 疲れた。とにかく疲れた――特にお風呂で。


 なんで女の子同士だとあそこまでお互いにタオルで身体を隠すことなく文字通りオープンになれるんだろう。

 わたしたちが通っている高校は共学だから、男の子とがいる中ではあんなことはさすがにできないんだろうけど……。


 それにしても、だ。

 もちろん、全員が全員そうだったわけではなかったけど、それでも、半数以上が瑞希ちゃんや奈緒ちゃんみたいにしていたと思う。

 女子高だとああいうことは日常茶飯事ってよく聞くけど、それが本当なのか、正直言ってわたしは少し疑っていた。女の子同士だって恥ずかしいことは恥ずかしいんだって。


 でも、現実はそうじゃなかったみたい。

 現にわたしが瑞希ちゃんや奈緒ちゃんに色々……うん、色々と――。

 瑞希ちゃんと奈緒ちゃんから夢中で逃げ回ったり抵抗したから、せっかくのお風呂なのに、逆に疲れちゃったよ……。


 「ゆ、結衣……大丈夫?」


 「ちょ、ちょっと私たちはしゃぎすぎちゃったね~あはは……」


 「も~、ほんとだよ……くたくた」


 「そ~だ。ちょっと待ってて」


 そう言い残すと、奈緒ちゃんは寝転んでいるわたしとすぐ横にいる瑞希ちゃんを置いて、部屋を飛び出していった。


 「ねぇ、瑞希ちゃん。奈緒ちゃんどこに行ったと思う……?」


 「さー、どこだろう。脱衣所に下着でも忘れたのかな……?」


 「えっ……? それって結構……っていうか、かなり恥ずかしいんじゃない?」


 「まー、それが本当だったら黒歴史確定でしょ。もしかしたらふざけた女子が持ち帰ったりして……」


 「え、えぇ……⁉」


 「――まぁ、その可能性は低いだろうけど」


 「ど、どうして……?」


 「だって、奈緒のやつ、そんなに焦った顔してなかったじゃん」


 「そ、そうだったの……?」


 「うん。もしそうだとしたら、いくら奈緒でも取り乱すだろうし」


 「そ、そっか……」


 もしわたしが奈緒ちゃんの立場だったら、もう恥ずかしすぎて二度と学校に行けなくなるかもしれない……。そう考えただけでも――。


 「――たっだいま~」


 そのとき、陽気な声とともに、奈緒ちゃんが部屋に戻って来た。


 「お帰り奈緒。どうだ、下着は見つかったかい?」


 「……下着? どういうこと~?」


 「ほら、ね」


 「そ、そうだね」


 「え~、二人とも、何話してたの?」


 「いやね、奈緒は脱衣所に下着を忘れて取りに行ったのかなって」


 「やだ~、そんなわけないじゃ~ん。違う違う。私が行ってきたところはですね……」


 そう言うと、何かを身体の後ろに隠しながら、ゆっくりとわたしたちに近づいてくる。


 「まぁまぁ、結衣さんや、お風呂の件はこれで勘弁してくださいな!」


 そして、わたしの目の前でしゃがむと、奈緒ちゃんは後ろに隠していた紙パックのお茶をぴとっとわたしの頬に当てる。


 「ひゃっ!」


 わたしはその場から飛び上がる。


 「結衣の反応本当に最高過ぎるー!」


 「それ~!」


 二人は悪びれた様子もなく笑みをこぼしている。


 「わかった……。二人がそう言うなら」


 わたしは受け取った紙パックのお茶を二人の頬に順番に当てていく。


 「ひぇ~、冷たっ~!」


 「結衣……やったなーっ!」


 奈緒ちゃんがその勢いで布団に転がる一方、瑞希ちゃんは押し入れに向かうと、枕を持って帰ってきた。


 「――これでもくらえっ!」


 「痛っ! 瑞希ちゃん……わかってるよね。これは……戦争だよ!」


 そして、この瑞希ちゃんの一投を皮切りに、修学旅行恒例の枕投げが始まった。

 押し入れに用意されている枕は四つ。それを取り合ったり投げ合ったりする。

 わたしが瑞希ちゃんに当てて、それを奈緒ちゃんに当てる。奈緒ちゃんは二つ同時にわたしと瑞希ちゃんに当てる――。


 それからは四つの枕が部屋中を飛び交い、もう何が何だかわからないくらい大盛り上がりだった。

 もしこの旅館が修学旅行生の貸し切りじゃなかったら、きっと隣の部屋から苦情がたくさんきていたのかもしれない。


 「――ふぅ、私、もう降参しまーす。さすが疲れました……」


 「わ、私も~。っていうか、『疲れた~』って言ってた結衣が一番楽しそうだったね」


 「えっ⁉ そ、そんなことないよ。あ、あぁ……疲れたな~」


 わたしたちは布団に寝そべってそろってあくびをする。

 せっかくお風呂で汗を流してきたのに、今ここでまた少し汗ばんでしまった。


 先生の話では、各クラスのお風呂の時間が終わった後から朝食の時間までなら、自由にお風呂に入ってもいいことになっている。

 どうせなら明日の朝にでも瑞希ちゃんと奈緒ちゃんを誘って朝風呂でも行こうかな……。


 「――そういえば、そろそろ就寝時間っぽいね」


 瑞希ちゃんに言われて携帯の時計を見ると、画面には「21:57」と表示されていた。


 「――といっても、この時間に寝るような人はさすがにいないよね~」


 「そうだね。わたしもいつもならまだ普通に起きてるよ」


 「わたしもー。ちょっと疲れたけど、まだ眠いって感じではないかなー」


 「じゃあさ……」


 奈緒ちゃんはニヤッとすると、少し間を開けたから声を低くしてこう言った。


 「瑞希、結衣――恋バナ、しようよ」

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