第147話 アラーム

 修学旅行はまだまだ始まったばかり。どんどん飛ばしてやるぜと言わんばかりに、その日の夜はみんな体力があり余っていたのだろう。

 俺は悲しいかな、男子の陽キャオブ陽キャの片山と本田が一緒の部屋になってしまったのだ。

 せめてもの救いは、あと一人が穏やか目な性格の小林だったことくらいか。


 片山と本田は部屋に着くなり荷物を放り投げていきなり相撲を始めたり、露天風呂では女子風呂を覗こうと、陽キャどもが男湯と女湯の仕切りをよじ登ろうとしたり……。とにかく好き放題してくれた。


 そのせいで、せっかくの和室のいい雰囲気が最初にして総崩れしてしまった気がする。

 まぁ、片山たちの「覗き」という卑劣な犯行は、加藤の「必殺・桶落とし」で未然に防がれたんだけどな。加藤さん、さすがっす。


 男女とも露天風呂中に大笑いが起きる中、俺はその様子を少し離れた場所から見ているだけだった。きっとその中には結衣もいるんだろう――そう考えると……ちょっと……あ、はい。


 就寝時間になっても、彼らの行動に「休み」が入ることはない。

 お前ら陽キャっていったい何なの? 昼間はいわずもがな、夜行性でもあるなんて。もしかして昼行性と夜行性を兼ね備えた人類の進化系か何かですかね。


 俺はそんなにハイブリッド性能に優れてはいないから、夜は眠くなる。

 片山と本田は他の男子部屋か、それとも危険を承知の上で女子部屋に乗り込みに行ったのかは知らんが、今は部屋を留守にしている。


 「――小林、俺もう寝るわ」


 俺は一人携帯をいじっている小林に寝そべりながら声を掛ける。


 「あ、うん。わかった」


 「そういえばさ、小林はあいつらと一緒にどこか行ったりしないのか?」


 俺から寝るとは言ったものの、一緒の部屋にいるのに一言も話さずに終わるというのも、それはそれでどこか気まずい。


 「僕……? 僕は片山くんとか本田くんみたいにウェイウェイするのがちょっと苦手で」


 「へぇ、そうなんだ。じゃあ俺と同じだな」


 「あはは……そうだね。でも、あの二人がいると場が盛り上がるから、楽しいって言われれば楽しいんだけど……」


 どうも俺と小林は少しだけ性格的に似ている部分がちょっとはあるのかもしれない。


 「僕、高岡くんとこうやってしっかりしゃべったの初めてじゃない?」


 「たしかに、そう言われればそうかもな……。俺は陰キャだが、話しかけられれば多分普通に話せる系陰キャだから……だと思いたいが……。まぁ、その……これからも気軽に話してほしいな――って俺何言ってんだ。自分で言ってることが気持ち悪いなマジで……」


 「ふふふ……」


 「何がおかしい?」


 「いや、高岡くんってしゃべると意外と面白いなって……」


 「そうでもないだろ。あと、『くん』付けしなくていいから」


 「そう? わかった、高岡――」


 それから小林とどれくらい長く話したのだろうか。瞼が重いなと思ったのが最後、俺は夢の中に落ちていた――。


 「――ん……?」


 俺はけたたましく鳴り響くアラーム音で目を覚ます……いや、覚まされた。

 誰だよ、こんなに朝から壮大な音楽で起きてる奴は。


 というか、この音楽どことなく軍隊の起床ラッパ音に似ている気がする。もしかしてこの中の誰か軍隊の入隊希望してたりするの?

 すでに起床のときから意識してるとか、どんだけ意識高過ぎくんなんだよ。その心意気だけでもう合格だよ。ぜひとも頑張ってほしい。

 俺はぬくもりの残った布団からこの三人のうちの誰かにエールを送った。


 そしてまた惰眠をむさぼろうと目を瞑り、もうすぐ夢の世界に入場しようとしたところで、また同じ音が耳を貫いて脳に刺激を与える。


 ――おいおい、スヌーズ機能もオンにしてたのかよ。

 軍隊の皆さんは最初のワンコールで飛び起きるんだから、スヌーズ機能なんていらないだろ。誰か知らないけど、そんな脆弱貧弱な気合では務まらんぞ。もっと根性見せて見ろよ。


 「――ふぁ~みんな起きろー朝だぞーコケコッコー」


 そう言ったのは本田だった。

 お前だったのか、俺のせっかくの惰眠をこれでもかというくらいに阻害してきたのは。

 しかし、本田はそれだけ言うと、崩れるように布団に倒れて寝息を立て始めたのだ。

 俺はさっきので完全に目が覚めてしまったから、のそのそと本田の枕元に寄って形態のスヌーズ機能をオフにした。


 「――あぁ、おはよう。高岡ぁ……」


 きっとこの二度の起床ラッパ音の被害者なのだろう。ダルそうな表情で大きく伸びをしながら小林が起き上がる。


 「あぁ、おはよう小林」


 「それにしてもさっきの音すごかったね」


 「本当にそれな。家で一人のときはそれでいいけど、一緒に寝てるんだったら、もう少しマイルドな音にしてくれないと、こっちの心臓がパニックパニックになるぞ……」


 「でも、片山くんは……」


 小林は静かに横を指さす。

 指の先には、さっきの音にも負けず劣らずのいびきをかきながら、すごい体制で眠り続けている片山の姿があった。


 「おいおいマジかよ……」


 どれだけ疲れてるのか、それとも、どれだけ鈍感なのか……。

 ちょっとばかりうらやましいような、でもこの寝相にちょっと残念な気持ちを抱きつつ、俺と小林は寝ている二人を置いて布団を畳み始めた。

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