第137話 あと一人

 「――二日目のクラス班と三日目及び四日目の完全自由班を決めてもらうことになる。今からこの教卓に置くプリントに班員の名前等を記入して、一週間以内に提出してもらうから、そのつもりでいるように。それでは今から班決めを始めてくれ――」


 柳先生がそう言い終わり、わたしも班決めに向かおうと席を立ったとき、猛烈な勢いでわたしの方にやってくる二人の姿が目に映った。


 「結衣、一緒の班になろ~っ‼」


 「うわぁっ! び、びっくりしたぁ……」


 わたしのすぐ目の前で急ブレーキをかけながらそう迫ってきたのは、奈緒ちゃんだった。そしてその後ろから瑞希ちゃんが奈緒ちゃんを追いかけるようにやって来た。


 「ほらほら~はやく名前書いちゃおうよ~」


 奈緒ちゃんがわたしの肩をぶんぶんと前後に揺らしてくる。


 「こーら、奈緒。何やってんの。まだ紙も回ってきてもないのに」


 「だってだって~早く予約しないと。結衣が誰かにとられでもしたら嫌じゃ~ん?」


 「まーそれにはやや同感だけどね」


 「ちょ、ちょっと二人とも……? 何を言って……」


 奈緒ちゃんと瑞希ちゃんの会話の意図がうまく理解できない。

 どういうこと? わたしを予約? 誰かに取られる……?


 「そ~だよ。ちんたらしてると結衣が他の班にスカウトされちゃうからだよ」


 「どーもこーも、そのまんまの意味だよ。結衣は意外と人気者なんだから」


 「そ、そうかな……? わたしそんな風に思ったことないけど……」


 「そりゃそーよ。逆に自分が人気者だと思ってるんだったら、それはただの自意識過剰なだけ。典型的なナルシストだよ……」


 瑞希ちゃんはそうバッサリと言い切ってしまう。何だかその言葉に妙に力がこもっているように感じる。昔、何かあったのかな……? 

 人には一つや二つくらい他人に触れられたくないことはあるだろうから、わたしはそれ以上瑞希ちゃんにそのことを質問することはしなかった。


 「――じゃじゃ~ん、班決めの紙持ってきたから、こっち来てよ~」


 いつの間に持ってきていたのだろうか。気が付くと奈緒ちゃんが自分の席で、顔の前でひらひらとA4サイズの紙を揺らしながら立っていた。

 わたしと瑞希ちゃんはすぐに奈緒ちゃんの席に向かう。


 「さすが奈緒、仕事が早いねー」


 「それはど~もど~も」


 「じゃあ名前書いて行こーか」


 「そ~だね」「うん」


 瑞希ちゃんが奈緒ちゃんから紙を受け取り、ボールペンを手に取る。


 「――これでよし、と思ったんだけど……」


 「どうかしたの……?」


 瑞希ちゃんは紙を見ながら「うーん」と唸っている。


 「これ……最低四人以上は班員がいないといけないんだって」


 「え~まじ⁉」


 奈緒ちゃんもたまらずといった声を漏らしながら紙を覗き込む。


 「うわぁ~本当だ……。あと一人か~」


 わたしは周りを見渡してみる。しかし、もうすでにどの班も四人以上のグループが着々とできている。

 二、三人で固まっている、わたしたちと同じ状況のグループはいるけど、それ同士で固まってしまったら、逆に人数が多くなってしまう。

 かといって、このメンバーで離ればなれにはなりたくないし………。


 「どうしよっかー」


 「奇跡的にまだ一人ぼっちの子いないかな~」


 「ちょっとあんまりそういうこと言っちゃかわいそうだよ――って、あ……」


 奈緒ちゃんの発言を注意しようとした立場だったのに、その瞬間に一人の顔がわたしの中で浮かんでくる。

 い、いや、その……悪気はないんだけどね。そういうときに思いついちゃって本当にごめん、ごめんなんだけど……。


 その人は、もし班別行動をするなら一緒に回りたいと強く思っていた人。

 でも、表立って誘ってしまえば、それが周りに人に広がってしまってからかわれたりしたら嫌だなって思って、少し遠慮していた人。


 わたしは後ろを向く。すると――やっぱりだった。

 その人――伊織は一人で自分の席に座っていた……どこか思考を放棄したような顔をして。


 それに、自分の席に接着剤が付いたように深く腰掛けて微動だにしていない。

 一瞬、生きているのか不安になりそうなくらいの静止っぷりだった。

 たぶん、あの様子を見る限り、誰かを誘うことができず、後々のランダム班にされるのをまつことにしたのかもしれない。

 そうなるくらいだったら――。


 「――ね、ねぇ……瑞希ちゃん、奈緒ちゃん」


 「んー? どうしたー?」「ど~かした?」


 「あ、あのね……もう一人……なんだけどね……。い……じゃなくて高岡くんはどうかな……?」


 「「高岡くん……?」」


 二人の声が見事なくらいにハモリを見せる。そして二人は顔を見合わせてうなずく。


 「別に、私たちはいいけど……結衣、どうして高岡くんなの……?」


 「えっ……⁉」


 ま、まずいっ! 

 まさか「伊織と回りたいと思ってて」なんて絶対に言えないよ。そんなこと言ったらまず間違いなくわたしと伊織の関係が疑われてしまうかもしれないじゃない! 

 べ、別にやましいことはこれっぽっちもないけど……。


 「えっと、それは……一人! 高岡くんが一人でいるから……。このままランダム班にされちゃうのはなんだかかわいそうだなって思って。それにほら、あと一人でちょうど四人だからいいかなって……あはは」


 「そっかー」「たしかに~」


 瑞希ちゃんと奈緒ちゃんは納得してくれたみたいだった……けど。


 「――あっ、でもさ……」


 瑞希ちゃんが「ちょっと待って」をかける。


 「それって高岡くん男子一人になっちゃうってことでしょ……? それは高岡くんは平気だと思う……?」


 「そ、そうだね……。その辺りも聞いてみるよ」


 「おっけー。じゃあ結衣、頼んだよー」「よろしくね~」


 瑞希ちゃんと奈緒ちゃんは、女子グループに男の子が入ることは平気で、むしろ伊織の方を心配してくれるなんて……。

 結構意外だったけど、今回ばかりはそれはわたしにとっては願ったり叶ったり。


 背中を押されたわたしは、勇気を出して横で放心状態に近い伊織のもとにそっと駆け寄った。

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