第136話 確信
「――それでは時間になったから始めるぞ」
昼休みが終わり、午後の最初の授業時間。ようやくその時間がやって来た。
柳先生がメモを見ながらしゃべり始める。
「旅程は三泊四日。行先についてだが、朝も話した通り、京都、奈良となっている」
「――三泊四日もあるのか~」
「――京都とかに行くのは楽しみだけど、なんかそんなにいると飽きちゃいそうだな……」
「――せんせ~。お小遣いはいくらまでですか~?」
「――バナナはおやつに入りますか~?」
午後の眠たい時間帯ではあるが、今は生徒のほとんどが机をサーフボードにするんじゃないかと思うくらいに前のめりになって、順番なんてお構いなしにあちこちから柳先生に質問をしている。
こらこら、発言の順番くらい守りなさいよ。柳先生は聖徳太子じゃないんだから、そんなに一気に来られても困っちゃうだけでしょうが。
そもそも聖徳太子不存在説すら出ているし。その伝説すら後世の人々たちによって作り出された架空の人物かもしれないなんて騒がれているんだから、柳先生みたいな普通の人がそんなことできるわけ――
「そうだ。例年通りで行くことが既に四月の時点で決まっている。それは年間予定表でも知らせているぞ。よかったな、二泊三日に短縮されなくて」
「そ、そうですね! はいっ、楽しみです!」
「それに、これは後述するから軽く触れるだけにするが、おそらく飽きることはないと思うぞ。楽しみにしておけよ」
「そ、そうなんですか⁉」
「ああ。あと、お小遣いの具体的な金額までを指定するつもりはない。そもそもお前たちは高校生だ。お金の管理くらい教師にいちいち細かく言われるのもいい気がしないだろうし。私らもそんな面倒なことをするのはごめんだ。つまり、自由だ。多かろうが少なかろうが、好きなだけ持ってくればいい」
「お、おぉ……あざっす!」
「うむ。それで……バナナがおやつかどうか? そんなの自分で考えろう。ちなみに、バナナにはカリウムに食物繊維、ビタミン、ポリフェノール、アミノ酸などが豊富に含まれているし、糖質がエネルギーになるからかなり万能な果物と言えるだろうな。2005年から2019年まで十五年連続でよく食べる果物一位になっているんだぞ。下手に甘いおやつをたべるよりも、バナナを食べる方がよっぽど身体にいいな!」
そのとき、ここにいる誰もが確信した――柳先生、実は聖徳太子の末裔か、それとも本当の意味での「真・聖徳太子」ではないかと。
俺も内心びびって鳥肌がぞわぞわとしている。
柳先生のことをぐーたら教師とか思ってたけど、それ撤回して謝罪します。そして(おそらくこの一瞬だけ)改心します。
マジで生徒一人一人の質問にしっかりと答えるし、なんなら豆知識まで加えてくるとか。常人のできるそれの域をはるかに超えている。
「他に質問はないか~?」
しかし、当の本人は常軌を逸したことをしたと思ってはないようで、何食わぬ顔で話を進めていく。
「それでは次、日程の概説に入る。一日目は小田原駅に集合してクラスごとに新幹線に乗車。京都駅に着いたら、クラスごとにバスに乗って奈良公園に行ってクラス別行動をする。一日目は奈良のホテルに泊まって、翌二日目は京都に戻ってクラス班別行動。三日目、四日目はクラスの障壁を取り払った完全自由行動となる。時間までに戻ればいいから、各自好きなところに行くことができる。……まぁ、こんなところだ」
「「「おぉーーー‼」」」
柳先生の説明が終わると教室がどよめく。珍しく俺もその内の一人だった。
今までの修学旅行の概念が根底から覆されたような気分になったからだ。
教師が決めた枠内でキツキツと過ごした、小中それぞれの三日間は、どこか腰に鎖を付けられ、教師という買主の手の届く範囲での活動に限定されていた。
それが、高校ではこんなにもフリーダムになるのか。やべぇなおい。テンション上がってきちゃうぞっ!
「今の私の話を聞いて気付いたものの大勢いるだろうが、二日目のクラス班と三日目及び四日目の完全自由班を決めてもらうことになる。今からこの教卓に置くプリントに班員の名前等を記入して、一週間以内に提出してもらうから、そのつもりでいるように。それでは今から班決めを始めてくれ――」
そう言葉を区切ると、生徒たちは一斉に立ち上がり、グループを組み始める。
彼ら彼女らが必死になるのはすごくわかる。
一生に一度の高校生の修学旅行。その班決めは、その修学旅行の思い出の濃淡を左右するといっても過言ではない。つまり、ここにその命運がかかっているのだ。
「ねぇねぇ、一緒に組もう!」
「俺と一緒に回ろうぜっ!」
「えぇ、もう入れないの……?」
「誰か~私を入れて~!」
班決めがあることは何となく察していたのか、朝から目配り気配りでそれとなくグループが決まりつつあった。
だから今この瞬間、0からグループを作ろうというのは他の人よりも一歩で遅れてしまったことを意味する。
その証拠に、いつもの教室で見られるようなグループがそのまま班に反映されている。
いつも通りのメンバーは笑顔でもうどこに行くとかどうとかを話している一方、それにあぶれてしまった人は額に汗を浮かべながら辺りをきょろきょろと見渡している。
さて、班決めか……。
さっきまですぐ横にいた結衣は、もうすでに何人かの女子に誘われているらしく、数名でグループを作ってわいわいと楽しそうにしゃべっている。
いくら結衣と一緒の班がいいとはいえ、この状態で俺が男子一人でオール女子グループに「一緒の班に入れてください」なんて言えるはずがない。
きっとそんなこと、このクラスの陽キャオブ陽キャの男子ですら成し得ないことであるはずだ。つまり、俺には絶対無理だ。
誰もが自分の席から立ち上がり、誰かが誰かのことを班に誘い、受け入れ、断る声の数々を耳に挟みつつ、俺は「はぁ」とため息をこぼしながら背もたれに深く腰掛ける。
さて、どうしたものか……。
俺が唯一誘うことができる結衣も、俺の出だしが遅かったがために、すでに他のグループに引き入れられてしまった。
俺のことを誘ってくれる人なんて、果たしてこのクラスにいるのだろうか。このまま誰にも誘われずにランダム班に組み込まれてしまうのか?
そうなれば班内での会話はおろか、少したりとも楽しさが感じられない修学旅行になってしまいかねない。
自分から誘うのも困難、ランダムに班を組まれるのも凶。
これは、ほとんど詰みの状態。
行き場をなくした感情は、大きなため息として口から漏れていった。
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