第138話 世にも珍しい

 「――完全に終わったよこれ……」


 ただでさえ他人から誘われるような学校生活を送ってきたわけでもないのに、班決めのスタートダッシュに乗り遅れてしまった。

 もうすでに大方の班決めは終わっていてしまっている。今から俺が行ってお願いしたところで、断られるのは目に見えている。


 それがわかったしまったから、今はこうしていつかやってくる「ランダム班決め」という残り者同士の班決めに全てを委ねようとしている。


 初めて手が届きそうだった「自由」な修学旅行。

 しかし、ランダム班となればより一層気まずい空気になる。それを自由とは到底言い難い。

 それは、手に触れる前に儚くも俺の前から姿を消してしまいそうだった。


 まさに――放心状態。

 今の俺を端的に表すなら、その言葉がドンピシャで当てはまる。

 今にも口から魂が抜けていきそうになったとき、前の方から俺の名前を呼ぶ声がする。


 「――い、伊織……」


 「ゆ、結衣……?」


 そこには口に手を当てて小さな声を出している結衣の姿があった。

 どうして結衣がここにいるんだ? さっきまで他の女子と楽しそうにおしゃべりをしていなかったか……?


 「あ、あのね。もし伊織が良ければ……なんだけど」


 「う、うん」


 「わたしたちの班、あと一人足りなくて……。もし『わたしたちの班に入っていいよ』って言ったら、入ってくれる……かな?」


 「え、えぇっ……⁉」


 抜け出しそうな魂がものすごい勢いで元に戻っていき、血の巡りを感じるようになる。


 「お、俺が……結衣のグループに……?」


 「そ、そう……」


 おいおい、結衣は一体何を言っているんだ……?

 俺は結衣の言っていることが何一つとして理解できなかった。

 だって、さっきの結衣を見る限り、グループは今のところ女子だけなはず。あと一人なら女子を誘うのが普通だろう。


 周りだって女子オンリー、男子オンリーのグループもちらほらいるし、きっとその人たちは「京都女子旅♪」とか「弾丸上等! 京都旅ぃっ!」とかを考えているんじゃないのか。たぶんだけど。


 だったら、そんな女子旅に男子が一人混ざるわけにはいかないだろうよ。

 え、なに。適当な人数合わせで組まれたはいいけど、女子だけが参加できる体験とかをしている間、俺のことは店の前の柱にでも括り付けておくとか、そういう新手の拷問をさせられるんですかね……。

 過ぎ行く人の下衆を見るかのような目が身体のあちこちに突き刺さり、そんなあられもない姿が女子たちの写真の餌食になってSNSに晒されて、高岡伊織、一生の黒歴史に――。

 想像しただけでもぞっとする。


 「――い、伊織……? どうしたの、そんなに青ざめた顔をして……」


 「いや、ちょっと人間社会の闇に陥りかけてた……」


 「に、人間……? 闇……?」


 「……あぁ、いや、何でもない何でもない。あはは……」


 おっといけないいけない。結衣をよからぬ道へと誘い込んでしまうところだった。

 清廉潔白な結衣は、こんな社会の闇に呑まれることなく過ごしてほしいとすら思う。

 いや、誰目線でものを言ってるんだよ。心配性の父親か。まぁ、心配性はあってるけど。


 「え、えっと、それで……班の方なんだけど……」


 「そ、そうだったね……。あ、あのさ、その、結衣以外の班員は俺が入ることに抵抗とかないの……? ほら、俺一人だけ男子とかだったら女子の皆さん、なんか気まずくならない……?」


 「それなんだけど……。みんな、わたしたちがっていうよりも、伊織が男子一人で気まずくなるのか心配って言ってたよ。だから伊織さえよければ、わたしたちはウェルカムだよ!」


 「そ、そうなんだ……」


 へぇ、何とも不思議な世界があるもんだ。俺が放心状態になったあの一瞬で、そういうことに寛容な世界線に飛んできてしまったのかもしれない――うん、自分でも何を言っているのか理解できない。


 それにしても、女子班に入ることにはいささかの抵抗はあるが、ランダム班という不確定要素の強いものに身を任せずに済むし、さらに結衣と一緒の班になることができる。これは、俺にとっては願ってもないチャンスかもしれない。


 「じゃ、じゃあ皆さんがそう言うなら、お言葉に甘えてもいいですかね……?」


 「もぉ~、何そんなにかしこまってるの? 半年も一緒の教室で過ごしてきたクラスメイトだよ。肩の力抜いて話してよねっ!」


 「そ、そうっすね……」


 俺は「るんるん」とスキップしながら歩いて行く結衣の後ろについて行く。


 「――瑞希ちゃ~ん、奈緒ちゃ~ん。連れて来たよ~!」


 「おぉー、本当に来てくれたんだね」


 「結衣ったらめっちゃ嬉しそうね~」


 「ちょ、奈緒ちゃん……⁉ べ、別にそんなんじゃないからっ!」


 「もー、結衣ったら、そんなに顔赤くしてまで必死にならなくていいんだからー」


 「も、もぉ……」


 なんだかとっても三人仲が良さげな雰囲気を感じる。

 果たして、このうまく嚙み合っている和やかな空間に、ほとんど部外者といってもいい俺が入ることは許されるのだろうか。


 「え、えっと……高岡で~す。よ、よろしく……」


 お堅い自己紹介をしてこれまで何度も失敗してきた。だから、ここでは少しフランクな言い回しを心掛けて見た。すると――


 「おぉ~、高岡くんがしゃべった~! あ、私は高橋奈緒、よろしくね~」


 「よ、よろしく……高橋さん」


 そう言って高橋は目をこれでもかというくらいに大きくしている。たしか、文化祭のときは率先してメイド喫茶の運営をしていた記憶がある。


 っていうか、「しゃべった~」ってなんだよ。俺いままでにも教室で発言してきただろうが。

 あと、初めて言葉を発する赤ん坊を見るような目を向けるのだけは頼むからやめてくれ……バブー。


 「えっと、私は北間瑞希。よろしくねー」


 「よ、よろしく……」


 「本当に、い……じゃなくて高岡くんが入ってくれてよかったよ~!」


 結衣は嬉しそうにほほ笑んでいる。その表情を見ていると、もしかしたら結衣も俺と一緒の班が良くて俺を――などと思ってしまい、少し頬が緩む。

 あ、あと、一応二人の関係は内緒だから、苗字呼びってことね。了解しました。ラジャー。


 「え、えっと……近藤さんも誘ってくれてありがとう。高橋さんも、北間さんも、よろしくね」


 「うん~!」「よろー!」「よろしくね!」


 どうにか最悪の事態を避けることができたようだ。

 それに、高橋さんや北間さんは俺に対して本当にフラットに接してくれるから、こっちも何かと話しやすい印象を受けた。

 結衣さん、このメンバーの中に誘ってくれてマジ感謝っす。


 こうして、結衣、高橋さん、北間さん、俺という、世にも珍しい組み合わせの四人班が出来上がったのであった。

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