第131話 思いの丈
ようやく文化祭実行委員の当日の仕事があらかた片づけることができた。実行委員たちは会議室から解き放たれ、各教室へと散っていく。
しかし、俺は他のみんなとは逆方向へと進む。
三階に繋がる階段を上りきると、奥の窓から夕日が差し込み始めていて、目を細めてしまう。
でも、そこには一人先客がいた。逆光ではっきりとした姿は見えないが、シルエットがこちらまで長く伸びている。
「――お、お待たせ……」
俺はその陰の出発点に向けて声を掛ける。
「せ、先輩……」
そこには村井凛が立っていた。
「そ、その……話ってなんだ……?」
村井が俺をこんなところまで呼び出して話があるといったのだ。きっと大事な話に違いない。
「そ、それなんですけどね……」
「お、おう……」
しかし、村井はどうも歯切れが悪く、なかなか本題には入らないでいる。
高校に入って感じている俺と話すときにたまに見せる、村井のちょっとしたためらいと、頬を真っ赤に染めて俯く姿。今日はそれがかなりはっきりとうかがえる。
「……よし」
そう一人でつぶやくと、改めて俺の方を向く。
「せ、先輩。今から言うことに笑ったりしたら、私本気で怒りますからね」
「べ、別に笑ったりなんてしないって」
「ぜ、絶対ですよ……」
「う、うん……」
「私――先輩のことが好きなんです」
「――ほえっ……⁉ お、俺のことが……?」
「は、はい……」
驚いた。腰を抜かすかと思った。あの村井が、俺のことを……。
「ち、ちなみにいつごろから……?」
「ちゅ、中学のときからです」
「そ、そんなに前から……?」
「は、はい……」
嘘だろ……。そんなに前から村井は俺に好意を寄せてくれていたのか。
「今まで全然気が付かなかったよ……」
「そりゃそうですよ。だって……気づかれないようにしていましたから」
「どうしてそんなことを? 俺が言うのもなんだけど、俺だったら中学のうちに言うと思うんだけど」
「そうですよね……」
村井は少し視線を下げて声音を落とす。
「私、実は中学のときに先輩に告白しようと思って、色々と考えていたんです。でも、私が告白しようと思った直前に先輩が――。だから告白したくても、何だか言い出しづらくて……」
「あっ……」
村井の言葉にわずかな空白が生まれる。
その閉じた口からは、そこは言いたくても言うことができない。そんなもどかしさを表しているかのように微かに震えているのが見える。
でも、その沈黙の先に何を言いたがっているのかは、俺は知っている。
「そんなに俺のことに気を遣い過ぎなくても、もうあの頃ほど状態はひどくはないから平気だぞ」
だってそうだろう。本人がそこまで気にすることなく生活できるようになったのに、周りにいる他人が本人よりも気にして、それどころか本人に気を遣ってしまうなんて、そんな逆転があるのは不自然だ。
「た、高岡先輩……」
村井の瞳が揺れたかと思ったら、次の瞬間、すーっと一筋の雫が伝っていく。
「そ、そういうところなんですよ……」
「えっ……? どういうところが……そういうところなの?」
前から村井には同じような言葉を言われてきたような気がするのだが、そのことがの真意がぼやぼやで、ここに来てもいまいちピンと来ない。
「だぁかぁらぁ! そういう何気ない優しさのせいで私は高岡先輩のことが好きななっちゃったんですっ! いい加減気づいてくださいよっ、この鈍感っ!」
「そ、そんなこと言われても……」
自分ではどうすることもできない鈍感さを指摘されて、でもそれによって村井が俺に好意を寄せてくれるようになった。なんとも複雑な気分だ。俺は思わず苦笑いする。
「えへへ……」
村井は目を赤くしながらも、俺につられて笑い出す。
何とも温かな雰囲気が漂い、村井の告白はうまくいって――と言いたいところではあるが、そうはいかない。
いくら村井からの告白とはいえ、それを二つ返事で受け入れることは、村井には申し訳ないができない。
「む、村井……さっきの告白のことなんだけどな――」
「知ってます。無理……なんですよね?」
「えっ……? どうしてそんなにはっきりと言えるんだ?」
だって断られると知っていて告白なんてできるか普通?
よく聞くのが「玉砕覚悟で告ってくる」っていうパターンだけど、今のって……。
「だって、先輩。彼女いますよね?」
「にょへやっ⁉」
「ちょっとなんですかそれ……。そのナマズがつぶれたような声やめてください」
「は、はいごめんなさい気を付けます……ってそうじゃなくてっ! ど、どうしてそう思うんだい村井さん?」
「だって、私が部活しているときに、並んで帰っているお二人を何度も何度も見かけたからです」
「そっかぁ……。バレてたか……」
「そりゃ、あれを見ちゃったら、誰だって気付きますよ~ははは」
村井ははつらつとした顔で笑いながら軽そうな口調でそう言うが、目はまったく言葉通りの感情を写してはいなかった。
「村井……そのことは最初に言うべきだったとは思ってるけど……その、無理だけはしないでくれるか?」
「っ……⁉」
たぶん俺のその一言が全てのリミットを解除してしまったのだろう。ほほ笑みが引きつった笑みへと、そしてすぐに顔中しわくちゃにしてわんわんと嗚咽を漏らしだす。
「私……先輩のことがずっと好きで……でも、あの事があったから……自分の気持ちに必死に蓋をしてきたんでず……。でも、先輩を追いかけだぐで……一緒の高校に入って……。先輩はまだその頃の気持ちを引きずってだげど……体育祭で復活してくれて……ぞじだら……また先輩への気持ちがぶわって溢れてぎで……。文化祭実行委員で一緒になれて……こんな奇跡はもう二度とないって……これを逃したらもうチャンスはないって思って……。先輩には彼女がいて、私に振り向いてくれることはないってわかっていだげど……それでぼ……この思いを伝えないときっと後悔するから……だから……うぅ……うぅ……先輩ぃ……――」
村井がしゃべり終わるまで、そして落ち着くまで、俺は一切の口を挟まずに、村井の目をしっかりと見つめる。
「――少しは落ち着いたか……?」
「は、はい。でも、先輩はひどいです……。フった女の子にこんなに優しくするなんて」
「そんなことないぞ。村井の告白には応えられないけど、俺は村井とはいい先輩―後輩の関係性をこれからも続けていきたいと思ってるからな。村井はどうだ?」
「そんなことしたらまた好きになっちゃうかもしれないですよ?」
「そ、それはちょっと……」
「ふふふ、嘘です。先輩にはフラれてしまいましたけど、私もこれからも今まで通り高岡先輩と仲良くしたいです」
「そっか、それはよかった」
今まで仲の良かった男女が、告白を機に疎遠になってしまった、なんてざらにある話だ。
なにも男女が仲良くするのは恋愛に限った話ではないだろう。俺は村井と築き上げてきた「先輩―後輩」の関係を、これからも大事にしたいと思っている。
「――村井、ちょっといいか」
「はい……?」
「これから行かないといけないところがあって……せっかく呼んでもらったのに、申し訳ない」
「やっぱりそうでしたか……」
「何が?」
「先輩……彼女さんと何かありましたね?」
「な、何でそれを?」
「そんなの、『先輩に彼女がいる』って言ったときの先輩の浮かない表情を見ればピンときますよ。これでも私も女子高校生ですよ。一般人以上に恋する女の子のそういうレーダーは鋭いですから」
「そ、そうですか……」
村井さんもどこか佳奈さんに似た系統なのかもしれない。注意せねば。
「――とにかく。今話すべき相手は私ではないと思いますけど……?」
そう言って村井は半ば強引に俺の身体の向きを反転させる。そして背中をぽーんと押した。
「っとっとっと……。村井……ありがとな」
俺はそう言い残し、結衣の待つ屋上へと駆け出した――。
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