第128話 本題

 わたしたちのクラスは「メイド喫茶」ということもあって、ドリンクやちょっとした食べ物の提供なんかを行っている。


 普段は質素に感じる教室も、今日のために一味も二味も工夫を加えてきた。

 教室が白基調であるのを活かし、柱をピンク色の模造紙で覆ったり、壁に色とりどりの水玉模様を施すことで、メイド喫茶らしい明るい配色になっている。

 木材の机は何個かまとめて設置し、その上から白いテーブルクロスを敷いて、教室の色との統一感を出してみた。


 本物のメイド喫茶を見たことが言えないからあれだけど、控えめに言って、この仕上がりは文化祭のレベルはたぶん超えているだろう。それくらい準備に気合を入れていた。


 その準備の成果が功を奏したのか、文化祭開始の放送が流れた途端、人の波が一気にわたしたちのいる教室に押し寄せてきた。

 もともと和やかにゆっくりとやろうと、席数はさほど多くは用意していなかった。

 それだけに、この予想外の人の数に、わたしたちは序盤から慌ただしくなってしまう。


 「申し訳ないけど、シフト云々よりも、まずはこの人たちをみんなでさばいてもらえる?」


 これだけの人数を数人のシフトで回せるはずもないと判断したのか、瑞希ちゃんがシフト表にメモを取りながらそうお願いしてきた。


 「わ、わかった!」「りょーかい、任せとけっ!」


 メイド服を着た接客担当の女の子と、裏でドリンクを注いだり、オムライスなんかを用意する担当の男の子も総出で作業に取り掛かる。

 もちろん、わたしもオープンから出動!


 「一番テーブルさんから……も、萌え萌えオムライス一つですっ!」


 最初はメイド喫茶独特のメニュー名に苦戦……というか口に出すのがちょっと恥ずかしかったけど、そう感じていたのも最初のうちまでだった。忙しすぎてそんなことを気にする余裕がなかったからだ。

 それでも、慣れてしまえばあとは手際をよくするだけで、わたしは自分でもわかるくらいに動きがスムーズになっていった。


 それから数十分が経った。


 「――すいませ~ん。注文いいですか?」


 「あ、はいっ!」


 わたしが素早く二人組のお客さんのところに向かう。


 「えぇと、私はオレンジジュースで」


 二人組の一人は、わたしが来るとすぐにそう告げるが、もう片方の人はメニューを覗き込むようにしていて、顔がよく見えないでいた。


 「えぇと、タピオカミルクティーとチェキを一枚……」


 「タピオカミルクティーと……チェ、チェキ?」


 メニュー表にもない聞き慣れない単語に、わたしは思わず首をかしげる。


 「え、えっと……チェキって……」


 「チェキっていうのはつまり――こういうことっ!」


 お客さんは突如携帯を手に持ってカメラを向けると、ぐっと顔を近づけてシャッターを切った。


 「ひゃっ!」


 いきなり写真を撮られてしまったけど、結局チェキって何だったんだろう……。「チェキ」という単語が頭をグルグルと彷徨っていたけど、目の前のお客さんは携帯の画面を見てニカっとほほ笑んでいる。あれ、ちょっと待って……。


 「――佳奈だったの? も~驚かせないでよ!」


 なんと、そのお客さんは佳奈だったのだ。


 「だって、私がいるってわかったら、結衣は絶対こっち来ないでしょ……?」


 「ま、まぁ……だってこんな格好なんて生まれて初めてだったから、知り合いに見られるのが恥ずかしくて……」


 「あははっ~結衣ならそう言うと思ったよ。いやぁ、結衣のメイド服が見られるなんてそうそうお目に係れないレアケースだからね。しっかりと写真に収めようと、コソコソ作戦を決行したんだよ。大成功大成功!」


 佳奈は上機嫌に何度も何度もわたし(メイド服)とのツーショットを眺めている。ちょ、ちょっと、わたしのところばっかり拡大するのやめてよっ!


 「まぁメイド服が見たかったのはあるけど……本題はそれじゃない」


 さっきまでにんまりと頬を緩めていた佳奈が、突然真面目な口調でそう切り出した。


 「それじゃない……って、本題はどれなの……?」


 てっきり、佳奈はわたしのメイド服姿を見たいがためだけに長蛇の列を並んでいたのだと思っていたのに……。

 佳奈は目の前の友達に「ちょっとごめんね」と前置きしてからわたしの耳もとに顔を近づけて小さめの声でこう言った。


 「――伊織くんとのこと」


 「うっ……」


 ズキっと心が痛む。さっきまで楽しんでいただけに、不意に来たその単語に、弱っているところを突かれてしまう感じがした。


 「さっき色々話してくれたから、少しは楽にはなったんだろうけど……。やっぱり仲直りしなきゃダメだよ」


 「わ、わかってるけど……。そんな簡単に言われても、佳奈みたいに強くない。今だって、伊織のことを考えただけで胸が苦しくなるの……」


 「――別に、私はそんなに強くないよ」


 そう言って少し距離をとると、佳奈はどこか遠くを見始める。その瞳は微かに揺れているように見えた。

 でもすぐにわたしに向き直し、「それに」と続ける。


 「それは伊織くんのことを思っているからでしょ。そうじゃなかったら何とも思わないって」


 「そ、そう……?」


 「そうだよ。結衣、あんまり難しく考えちゃダメ。もっとシンプルに。結衣は伊織くんのことをどう思ってるか。それだけでいいんだよ」


 「わたしが、どう思ってるか……?」


 「そうよ。せっかく『今日が今日』なのに、いつまでもグズグズしてないでさっさと仲直りすること!」


 「う、うん……」


 「――あ、あと注文したのも忘れずに」


 「へっ? あっ……はい。かしこまりました」


 最後の佳奈の『今日が今日』という意味が腑に落ちないでいたけど、裏に注文を伝えに行く足取りはさっきよりも軽くて、せき止められて滞っていた気持ちが少しずつでは前に流れ出していくのを感じた。


 それからしばらくしてようやく休憩時間に入ったわたしは、伊織との冷え切ったトークルームにいつぶりかのメッセージを送った。


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