第127話 開幕

 写真の被写体になるという予想外の事態を乗り越えると、すぐにホームルームの時間がやってきた。


 もちろんわたしはメイド服から着替えていて、代わりに着ているのはクラスTシャツ。

 わたしたちのクラスでは、四月の時点で「この一年間のクラスの団結の証に!」ということで、オリジナルTシャツを一人一枚作ったのだ。

 それを着る機会は体育祭とか文化祭とか、そういった行事のときにしかないんだけど……。

 それでも、みんなと同じものを身に付けているから、数少ない着る機会を通して見ると、当初の目的だった「クラスの団結」というものを強く感じていると思う。


 これをするのは全クラス全学年共通ということではなくて、もちろんTシャツ自体を作らないクラスもあるらしい。

 わたしたちのクラスはラッキーなことに、たまたま作りたいという人が大勢いたんだとか。


 「た、ただいま……」


 恐る恐るバックヤードの布を捲ると、瑞希ちゃんたちが出迎えていた。


 「おかえりー。さっきは写真撮りまくってごめんね……。まさかあんなに結衣にメイド服が似合うなんて思ってもなくて。かなりレアだったんで、保存させていただきました」


 「ゆ、瑞希ちゃん……⁉」


 「あっ、私も私も~。あの恥じらいの中にあるキュートさが……もうたまらないっ」


 「も、もう……奈緒ちゃんまで……」


 さっきの恥ずかしさがぶり返しそうになったけど、そこで、瑞希ちゃんがあることに気づいたようだった。


 「あれ……結衣、クラスTシャツ着てるじゃ~ん」


 「本当だー。あのTシャツ学校じゃあんまり気ないからさ、私部屋着とかで使ってるんだよねー」


 奈緒ちゃんの言葉に、瑞希ちゃんも便乗する。


 「あ~わかるわかる! 何て言うか、使い勝手がいいよね」


 「メイド服でも集合写真とか撮るんだろうけどさ、クラスTシャツでも撮っておきたいな~」


 「それいいね!」


 わたしも奈緒ちゃんの意見に同意する。だって、もうこの先このクラスTシャツを着て何か行事をすることはないかもしれないから。

 もしあったとしても、このクラスで、このメンバーでは絶対にできない。だからこそ、個々での思い出を写真に収めておきたい。


 「じゃあ、適当なタイミングで声かけるからさ、そのときになったら集まってよね!」


 「「「わかった!」」」


 「ちょっと男子~。今の話聞こえてたでしょ? これクラス全員で撮るから、一人残らず連れてきてよね?」


 「はいは~い」


 奈緒ちゃんは近くにいた本田君にそう伝えると、こちらを振り返り、右手を高らかに掲げる。


 「さぁ、今日は文化祭、見せつけてやろう、私たちのメイドの実力とやらを!」


 「「「おぉー‼」」」


 「――何をそんなに盛り上がっているんだ?」


 わたしたちがちょうど大きな声を上げたところで、珍しく予鈴から少し遅れて柳先生が教室に入ってきた。


 「おはようござ――って、柳先生……⁉」


 瑞希ちゃんが驚愕の声を発する。わたしも、声には出さなかったけど、瑞希ちゃんの驚きには同感だ。


 「せ、先生が……スーツを着ていないっ⁉」


 「ん? それがどうかしたのか……?」


 柳先生はピシッとしたパンツスーツをいつも着ていて、もはやそれしか着ないのではないかと、わたしたちの中では密かに話題になったりもしたほど。それくらいパンツスーツしか……いや、それ以外の服装でいるとことを見たことがない。

 しかし、今の先生は見慣れたそれではなくて、わたしたちと同じクラスTシャツを着ていたのだ。


 「それは当たり前だろう。せっかく行事のときのためにTシャツを作ったんだ。文化祭の日に着ない理由がないだろう」


 「へぇ~先生も私たちと同じくらい文化祭楽しみだったんですね」


 いつも通りの口調で話している柳先生だけど、奈緒ちゃんのひと言で柳先生のクールさに綻びが生じ始める。


 「は、はぁ……? おいおい何を言っている。わたしはお前たちとは違って、大人なんだぞ?」


 「そう言われてもね……ねぇ結衣」


 「えっ……そ、そうだね……」


 たしかに、いつもの柳先生ならすまし顔で「それじゃあホームルームを始めるぞ」と言ってわたしたちの会話を強制的に終わらせちゃうんだけど、今日はむしろわたしたちのおしゃべりに交わろうという感じに見える。


 それに、気のせいか、声もいつもよりも高い。もしかしたら、文化祭は楽しみだけど、それを生徒に知られるのは教師としての威厳が――とか思っていて、なんとか我慢しているのかもしれない。


 でも、わたしたち高校生の洞察力はかなり高い方。だから、敏感ではない私ですらわかることを、他のみんながわからないはずがない。


 「先生、嘘つかないでください! もう裏は取れているんです! 『文化祭が楽しみで楽しみで仕方なかった』って白状して楽になりましょうよ!」


 その一言で男子サイドも勢いづく。


 「「「せ~んせっ! せ~んせっ! せ~んせっ!」」」


 男の子のあの急速に高まっていく団結性が恐ろしい。その場のノリが着火剤となって、みるみるうちに「先生」コールがクラス中に波及していく。


 「――あぁもうっ!」


 四十対一ではいくら柳先生でも敵わないと思ったのか、頬を少し上気させながらその声を頑張って遮る。


 「そ、そうだっ! 私はものすご~く楽しみにしていたさっ! 夏休みに入ってからもカレンダーに今日に印をつけて毎日眺めて想像を膨らませていたし、担任のクラスがメイド喫茶に決まってからは、色々とそれについて調べたりしてたよっ!」


 「そ、そうだったんですね……」「マ、マジか……」


 柳先生のクラスになってから約半年。

 クラスも折り返し地点を迎えたところで、先生の意外な一面を知ったわたしたちは、少しの間言葉に詰まってしまった。


 「――じゃ、じゃあ……」


 奈緒ちゃんは少し苦笑いを残してはいるけど、その場にすっと立ち上がる。


 「きっとさっきの盛り上がりに混じれなかった柳先生がかわいそうなので……」


 「お、おいっ! 確かに一緒に盛り上がりたいな~とは思わなくもなくもなかったが、生徒側から言われると恥ずかしいんだが……」


 「まぁまぁ。文化祭を私たちの何倍も楽しみにしていた柳先生と一緒にもう一度……文化祭、楽しもうっ!」


 「「「おぉ~~~‼」」」


 恥ずかしそうな柳先生だったけど、今の掛け声で一番大きな声を出していたのは柳先生だった。

 こうして、一抹の不安を抱えながらも、わたしたちの二回目の文化祭がついに幕を上げた――。

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