第126話 モデル

 わたしが教室に着くと、数人の女の子たちがメイド服を広げてわちゃわちゃとはしゃいでいるところだった。


 「――あ、結衣だ。おはよー」


 「あ、瑞希ちゃん。おはよう~」


 教室に入ったわたしに気づいて最初に声を掛けてきたのは、北間瑞希ちゃんだった。


 「あれ、どうしたの結衣、なんか目元赤いけど……」


 「えっ……⁉ そ、そうかな……?」


 瑞希ちゃんに言われて、慌ててハンドミラーで確認する。

 ど、ど、ど、どうしよう……。さっき佳奈に電話したときに、気持ちが溢れてたくさん泣いちゃったのがバレてる……?

 泣き止んでからも少し時間を空けて、しっかり涙も拭いてきたのに……。


 屋外で見るのと室内で見るのとでは見え方が違うのかもしれない。さっき見たよりも目元の赤みがやや気になる。


 教室に来るまでにすれ違った顔も名前も知らない人はきっとわたしの顔を見ても何も気にすることはなかった。

 でも、ほとんど毎日顔を合わせているクラスメイトとなれば、話は違ってくるのかもしれない。


 わたしがだいじょうぶだと思っても、それはクラスメイトからしたら何かしらの変化であり、すぐに気付かれてしまうんだろうか。

 特に、色々なことに敏感で繊細な女の子同士だと、そういう変化に鋭いのかもしれない。


 「わ、わたしちょっとお手洗い――」


 荷物をその場に置くと、わたしは急いでトイレに向かう。洗面台のミラーでじっと自分の顔を見つめる。……うぅ、やっぱり赤い。


 急いでここまで来てしまったから、これを隠すことができる化粧品なんか持ってはいない。それに、たとえ化粧で隠せたとしても、すでに瑞希ちゃんたちにはバレてしまっているから、そこからまた変な追及が始まっても、それはそれで……。

 焦りと羞恥で熱くなった顔に手を当てて深呼吸を一つしてから教室に戻る。


 「結衣、おかえりー」


 「た、ただいま……あはは」


 お友達から何を言われるのだろうとちょっぴり不安を抱えて戻って来たけど、今の彼女らは私の目元なんかよりも、手元にあるメイド服の方が気になっているみたいで、わたしの心配は杞憂に終わった。


 「――結衣結衣ちょっと。結衣はどっちのメイド服にする……?」


 そう言って瑞希ちゃん見せてくれたのは、二種類のメイド服。一つはスカートの丈が地面に着きそうなくらいに長いもの。

 その横にいる高橋奈緒ちゃんが言うには、これは「メイド服の原点にして日本のメイドの至高の形」なんだとか。

 たしかに、わたしもメイドと言われると、このタイプのメイド服を想像すると思う。


 そしてもう一つは、さっきのよりもだいぶ丈が短いミニスカートタイプ。上半身の方の飾りにそこまで大きな違いはないと思うけど、やっぱり、この短い丈に目が行ってしまう。


 「な、奈緒ちゃん。これ……ちょっと短すぎない……?」


 普段着ている制服のスカートよりも絶対に短い気がするのはわたしだけかな……。


 「え~でも、アキバのメイドはこれが主流らしいよ~」


 「ア、アキバって……」


 わたしたちのクラスがやるのはあくまでも出し物としての「メイド喫茶」じゃなかったっけ。アキバってそういうところの本家とかじゃないの……?


 「と、に、か、く! ミニかロングかを決めたい――って思っていたんだけど……」


 「わ、わたしはこっちのロングが――」


 瑞希ちゃんが見せているロング丈の方のメイド服を指さそうとすると、瑞希ちゃんは衝撃の事実を口にする。


 「実は……奈緒の不手際でミニしか用意することができませんでした!」


 「え、えぇ……⁉ ほ、本当に……?」


 「うん。本当の本当に」


 「な、奈緒ちゃん……⁉」


 「えへへ……悪い悪い~」


 奈緒ちゃんは頭をポリポリとかきながらぺこぺこと頭を下げる。


 「そんなわけで、私たちのメイド喫茶は『本格アキバ風メイド喫茶』を目指していきたいと思いまーす!」


 「ねぇ、瑞希ちゃん。奈緒ちゃん……なんだか楽しそうだね」


 「た、たしかに。ミニしか来なかったのは奈緒の不手際っていってるけど、実は全員一緒にミニにしたいっていう陰謀があったのではないかと、わたしは踏んでいるんだよねー」


 「ま、まさかぁ……あはは」


 口ではそう言ったけど、奈緒ちゃんのあの楽しそうな反省の色が窺えない表情を見ると、今瑞希ちゃんが言った「奈緒ちゃん陰謀論」がどこか現実味を帯びてくる。


 「よ~し、それじゃあ朝のホームルームが始まるまでに試着とかしちゃおうよ」


 奈緒ちゃんはどこかアクセルを踏み続けているようにどんどんと事を先へ進めていく。


 「誰に着てもらおうかな……。う~んと……よし。わたしの独断と偏見で……結衣に来てもらおうと思いま~す!」


 「な、なんでわたし……⁉」


 突然の指名に思わず後ずさる。


 「だ~か~ら、わたしの独断と偏見って言ったでしょ? つべこべ言わずに着替えてみてよ~っ」


 奈緒ちゃんから「はい、レッツゴ~」と、メイド服を渡される。


 「も、もう……わかったよ……」


 教室内に作られたバックヤードに移動して制服を脱ぐと、渡されたメイド服にそでを通していく。

 メイド服って一人で着替えるのとかが大変そう……って思っていたけど、案外そうでもなかった。


 構造は家にあるようなエプロンとさほど変わらず、肩に施されているフリルといった装飾が多いくらいしか目立った違いはないように感じる。

 うん、たしかに着るのは意外と楽でよかった。それはよかったんだよ。

 でも、でもね……。スカートも制服のそれとは違って、バレエのスカートみたいに裾が斜め前を向いているから、足元が……とってもスースーするんだけど⁉

 いくらオーバーニーソックスを履いているとはいえ、そこから上の方の風通しが色んな意味でスースーしてるの。


 「――き、着たよ……」


 スカートの裾をきゅっと掴みながらバックヤードを出てみんなの前に立つと――


 「「「かわいぃぃい~‼ やばいぃぃっ‼」」」


 瑞希ちゃん、奈緒ちゃんを筆頭に、口々にそう叫ぶようにわたしに近づいてきたと思ったら、携帯のカメラを向けてパシャパシャとシャッターを切り始めてしまったのだ。


 「ちょ、ちょっと~! 恥ずかしいからやめてぇ~‼」


 わたしの必死のお願いも、際限なく切られるシャッター音の前には太刀打ちすることができず、そのまま数分の間ずっと写真のモデルになってしまった。

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