第125話 限界
駅から学校までの道のり。
周りで歩いている生徒たちの話題は文化祭のことでもちきりで、誰もが浮足立っている。
そんな中、一人わたしだけがずっしりとした歩みを進めている。
あの日以来、悶々とした日々を送ってきた。
何に対しても集中することができず、凡ミス、凡ミス、凡ミス……の繰り返し。何をやってもうまくいかない。
あの光景は一体何だったんだろう。
伊織とクラスメイトの里沙ちゃんが二人でかわいい雑貨屋さんに入って行ったこと。
なんで休日にわざわざショッピングセンターで会っているなんて、そんなの理由は一つしかない――デートだったんだ。
きっと二人は実行委員という新しい共通点ができて、意気投合。そのまま平日の実行委員の仕事だけじゃなくて、休日に二人っきりで会うところまで進展しているのかもしれない。
そうでなかったら、あの場に二人が楽しそうにいたことが説明できない。
伊織は友達があんまりいないというところを除けば、かっこよくて優しくて、頼もしい。だから女の子から人気が出ないはずはないと思う。
――どっちから誘ったんだろう。
それはとても気になるところなんだよな……。
伊織から誘ったのであれば、わたしとしては怒るというか、その前に心がぽっきりと折れてしまうだろう。現に、あの光景を見たときに意識がもうろうとなってしまったのだから。
これ以上強い衝撃となると、わたしは耐えられる気がしない。
たとえ、伊織から誘っていなくても、優しい伊織のことだから、里沙ちゃんからの誘いを断るに断れないんだと思うけど……。それでもわたしの気持ちに亀裂が入ってしまうのには変わりない。
もし佳奈がわたしの立場だったらなんて言うだろう。
佳奈のことだから、きっと「達也が他の女子とデートしてた? でも、私が彼女だから大丈夫でしょ」とでも言うのかな……うん、たぶん佳奈ならそう言うだろう。
だって佳奈と宮下くんは信頼関係がとっても厚いから。
じゃあ――わたしと伊織の関係は……?
やっとの思いで付き合うことができたけど、それはどうして? わたしが伊織を好きだから? 伊織もわたしのことを好きだと言ってくれたから……?
佳奈たちに比べて、わたしたちの信頼関係が厚くないとしたら……?
それって、本当に好きと言えるの?
もしかしたら、わたしは本当に伊織のことが――。
そこまで考えたけど、怖くなってそこから先のことは想像しないようにした。
わからない。わからない……。こうして複雑な思いがいくつも交錯して、わたしは何を考えたらいいのかわからない――。
そんな不安定な状態のままだったから、伊織に話しかけられたときに、あのときの光景が鮮明に脳裏に映し出されてしまい、伊織と最低限の言葉だけで会話して、自分に降りかかる辛い思いを軽減しようとしてきた。
でも、それが伊織にとっては少しずつ負担になっていたのかもしれないとわかり始めた。それは、電話口から聞こえてきた伊織の怒りの感情がこもった言葉だった。
わたしは初めて伊織があんなに強い口調でしゃべるのを聞いた。
あまりの衝撃に、返す言葉がどこを探しても見つけることができず、結局そのまま黙ったまま通話を終えてしまった。
それからも、クラスの出し物の準備で伊織の近くを通ることがあっても、お互いに会話をすることなく、ただただ無言で事を進めていった。
だから、会話らしい会話というのは、あの日、伊織に怒気をぶつけられて電話が最後で、文化祭を迎えることになってしまった――。
気が付くと、わたしは華やかはピンク色にゴシック体で「桜門祭」と書かれた看板が掲げられた校門の前に立っていた。
わたしの沈んだ気持ちとは裏腹に、この先はきっと今日という日を待ち望んでいた人たちの笑顔溢れる空気が溢れているんだろうな……。
こんな気持ちもままここを一歩跨ぐことに抵抗を少し感じたけど、後ろから流れてくる生徒の波に呑まれ、あっという間に学校の敷地に吸い寄せられる。
「うわぁ………」
校門の前で見る景色と校門をくぐった後の景色とでは、たった数メートルの距離なんだけど、まるで全く別の場所にいるような感覚がしてきた。
笑い合いながら木材を運ぶ男子生徒。出し物で劇でもするのだろうか、ちょっとした衣装を身に纏って写真を撮り合っている女子生徒。そんな生徒たちを優しい目で見つめている先生たち。
今ここにいる生徒、先生だれもが晴れ晴れとした雰囲気でその始まりを、今か今かと待ちわびているんだ。
それに比べて、わたしはいつまでたっても引きずってしまっている。
今回のことに関して、佳奈は気を遣ってくれているのか、佳奈自身から深く事情を聞かれるようなことはなかった。
他人から望んでもないのに根掘り葉掘り聞かれるのは好きじゃないけど、かといって誰からも聞かれないということは、つまりその抱えている問題を自分一人で抱えるということを意味する。
もちろん一人が抱えられる心のバケツの容量はある程度はわかりきっている。だから、それがいっぱいになって溢れてしまうのだって、時間次第。
わたしの場合、人に相談したりすることが多かったから、そのバケツは普通の人よりもきっと小さい。
だからだろう。もう溜まりに溜まった気持ちが身体の内から溢れ出てきそうになってきている。
もう我慢できない……。
わたしはこれ以上一人でどうにかすることができないと思い、校舎の隅に駆け込んで電話をかける。
すると、一コール目で通話が繋がる。
「ようやく電話くれたね。待ってたよ――」
「か、佳奈……」
その優しい声を聞くと、いつものニカっとした笑顔が想像できて、わたしはかぁっと熱くなるのを感じた。
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