第123話 温度差
週明けの月曜日。
文化祭まで二週間を切ったこともあり、最近は実行委員に始まって実行委員に終わる、そんな忙しい毎日を過ごすようになってきた。
もちろん大変で文句の一つや二つも言いたくなるが、それでも続けられている理由がある。それは、文化祭当日に結衣にサプライズみたいな感じでプレゼントを渡すからだ。
一昨日、たまたまあった佐々木と会ったおかげで何とか入店、悪戦苦闘しながらも結衣に気に入ってもらえるようなものを選ぶことができたと思う。
それを渡すまであと二週間弱。
少し間が空いてしまうが、結衣がサプライズにびっくりして、でも嬉しそうな表情をしてもらえることを信じ、この期間を乗り越えようと思う。
「――結衣、おはよう」
自分の席に着いて隣に座っている結衣に声を掛ける。しかし、結衣の反応は意外なものだった。
「――あ……うん、おはよ」
「……結衣?」
いつもの結衣なら、笑顔で「おはよっ」と言ってくれるのだが、今日の結衣は何というか……「暗い」、その一言に尽きる。
「あ、朝から元気なさそうだけど、体調とか大丈夫……?」
「――うん。体調はだいじょうぶだから。気にしなくていいよ」
「そ、そう……」
体調とかが悪くなければいいんだけど……。結衣は口調もどこかそっけなく、いつもの明るく笑顔溢れる雰囲気とはかなりかけ離れている。
結衣に何があったのか気になったけど、すぐにチャイムが鳴って柳先生がホームルームを始めたから、聞くタイミングを逃してしまった――。
――それから数日が経った。
たしかに、俺の知らないところで何かあってそれを引きずっているというのなら、俺なんかがとやかく問うのも、それは返って相手を傷つけてしまうこともあるだろう。それに、相手から言われるほど億劫に感じることはない。
もしも自分が同じ立場だったとしても、同じことを思うはずだ。
しかし……しかし、だ。
結衣の態度の変化はそれということはできないものだった。なぜなら、俺以外の人とは笑顔で楽しそうに話しているからだ。
明らかに俺にだけそっけない振舞いをしていることが、ここ数日でわかった。
こういった結衣を見るのは海水浴のとき以来で、そのときは俺が結衣のことを名前で呼ばなかったのだ原因だった。
だから、今回も何か原因があるのではと思い、何度か結衣に声を掛けようとしてみた。
でも、いずれも「なんでもない」の一点張りで、なかなか教えてくれない。
話す機会が減ることは今まで何回かはあったけど、結衣がここまでの状況になることはなかった。
文化祭まで残りわずかとなり、仕事も大詰めになる。持ち帰り仕事も各自に課され得るようになったせいで、いつも手元にプリントを携えているほどになってしまった。
それが結衣の避けるような行動と相まって、さらに、俺と結衣の心理的、物理的な距離も徐々に開いていく。
つい先日までは、文化祭当日に結衣にサプライズで誕生日プレゼントを渡せると意気揚々だったのに、最近ではすっかりその気持ちは薄れ、結衣の態度に心がざわつくようになってしまった。
直接話せないなら、メッセージはどうだろうか。俺は帰宅後に結衣に何度かメッセージを送ってみることにした。
[結衣]
[なに?]
直接貼すことは避けられていても、まだメッセージの方は薄いながらも反応はしてくれることに、俺は少し安心する。
[最近俺のこと避けてない……?]
やべっ……。ちょっとストレート過ぎたか?
文面だけ見ると、俺が結衣を責めているような感じに見えなくもない……。
[べつに]
相変わらず結衣の返事はその一言で、飾りっ気がこれっぽっちもない。
[でも、学校であってもあんまり話せてなくない?]
[べつに]
[俺が何かしちゃったんだったら、謝るからさ。なんで結衣が不機嫌なのか教えてよ]
[べつに]
俺と結衣のやり取りだけ見ていても明らかな温度差がある。
俺はもう我慢できないと思い、着信ボタンをタップする。
「――もしもし」
さっきまでやり取りをしていたから、すぐ手元にあったのだろう、すぐに通話が繋がる。
いつもなら緊張で震えている手。今俺の手が震えているのは、それとはちょっと違う感情が沸き上がっていたからだ。
「何で教えてくれないんだっ!」
開口一番、俺は結衣に初めて怒気をあらわにした。
通話口からは一瞬息を呑むような音が聞こえ、数秒間の沈黙が流れた。
「べ、べつに――」
「べつにってなんだよっ!」
「っ……」
俺は結衣が黙りこくろうとも、そのままの勢いで息を繋ぐ。
「俺が何をしたって言うんだよ! それを教えてくれなきゃ直せることも直せないじゃないか!」
わかってる。結衣が何の原因もなくここまで機嫌が悪くなることなんてないって。もしかしたらその原因は俺の何かしらの言動にあるのかもしれないって。
今の俺は完全に逆切れ状態。自分に原因があるかもしれないことを棚に上げて相手を怒鳴りつける。つくづく俺ってやつは最低な人間だと思ってしまう。
でも、それでも――。
このままだと、結衣との関係が冷え切っていくのが目に見えてわかる。今までの奇跡みたいな日々が、本当に奇跡「だった」ものとして崩れ去ってしまう。そんな気がしたから。それだけはなんとしても回避したくて。
考えて考えて考えて考えて――それでも答えは出なくて。こうして足掻くことしかできていないのが現状なのだ。
「――頼むから」
俺はそれだけ言って一方的に通話を切る。
今の一分ちょっとの通話が、さらに俺と結衣との心の距離が広がることになる決定打になってしまったかもしれない。
ふと机に目を向けると、文化祭でサプライズとして渡そうと張り切って準備した結衣へのプレゼントに、少しばかり埃がかぶっていた。
今の状態でこれを渡したところで、結衣は喜んでくれるだろうか……。
不安を抱え、結衣とうまく話すこともメッセージを続けることもできないまま時間だけは流れていき、ついに文化祭当日を迎えることになった――。
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